第12章 守刀の意味 1
まずは港町ハイネを目指すことにした。
宿屋の主人に首都ローゼンへの行き方を聞いたところ、途中に険しい山脈があり陸路で行くのは難しい、と言われたのだ。
ローゼンに行くには港町のハイネから定期船に乗るというのが、一般的なルートらしい。港町のハイネまでは徒歩で大体10日くらいの旅路だ。
初めてAliceにログインした時の感動は薄れ、2人にとって、草原の移動はただただ退屈な作業になりかけていた。
いぶきは神官帽を被り直す。
「なんか乗り物とかないのかなぁ。足が疲れたんだけれど」
そんなものが無いことなど、分かっているのだ。でも、言わずにはいられない。
あかりは、やや呆れ顔をしている。
「そんなものあるわけ……」
と、、、。
2人は指をさして叫んだ。
「あーっ!!」
遥か向こうに荷馬車が見える。
荷馬車には、御者台で手綱を握る商人風の男と、用心棒のような剣士が乗っていた。
少し幌が破れたりしているようだが、ふたりは構わず駆け寄った。
あかりは躊躇なく話しかける。
「この馬車どこにいくんですか?」
いぶきは人数の少なさに違和感を感じた。
モンスターに備えるにしても、強盗に備えるにしても、2人だけでは心許ない。
それに、2人は身なりこそ悪くなかったが泥に汚れ、馬車にも矢が刺さったような跡が残っていた。
すると、案の定だった。
商人は困った様子で答えた。
「港町ハイネまで荷物を運ぶ途中で盗賊に襲われまして。護衛の者と2人で命からがら逃げてきたんです。あなたたちは冒険者の方ですか? 腕に自信があるのなら、わたしたちを護衛してくれませんか?」
いぶきは、『そらきた』と思った。
こんなところで、無用な戦いに巻き込まれる義理も必要もない。
そもそも、冒険者とはいっても、いぶき達は、ヒーラーと(たぶん)バッファーの後衛パーティーなのだ。『助けるどころか、モンスターに搾取される側のパーティーですよ?』と思った。
ところがである。
いぶきは断ろうと思ったが、あかりは即答で了解してしまった。
「いいよね? いぶき。馬車にも乗せてもらえるかもしれないし」
……って、事後承諾だし。
いぶきは、乾いた笑顔で無気力に頷く。
商人は、救世主を見るようなキラキラした眼差しで自己紹介を始める。
「私は、商人のサイと言います。こちらの護衛の方はグラスさんです。腕利の剣士ですが、他の後衛の方がいなくなってしまって不安だったのです」
——不安でいっぱいなのは私の方ですよ。
いぶきは心の中でつっこまずにはいられなかった。
一同は馬車でハイネを目指す。
いぶきは、最初こそ不満顔だったが、馬車の揺れは思いの外心地よく、楽もできたので満更でもなかった。
馬車だと7日もあればハイネに着くらしい。
それに、汗をかかなくて済むのはとても有り難かった。汗をかくと、あかりはすぐにお風呂と言い出す。
お風呂にしても水浴びにしても「いぶきも一緒に」と誘われるので、口実をみつけて断るのが大変なのだ。
夜になると野宿をして過ごす。
焚き火で暖をとりながら、ハムやチーズを炙って食べるのだ。炎の揺らぎはユラユラと穏やかで、心を落ち着けてくれるように思えた。
サイはよく喋るが、グラスは無口だった。そんなグラスが、焚き火を見つめながら、ボソッと身の上話をした。
「俺は結婚していた……」
グラスは元は傭兵団の団長をしていて、家族もいたらしい。しかし、今は1人ということだった。
どういう事情かは分からない。
しかし、グラスが眉間に皺を寄せて、時に俯いて、大の大人が歯を食いしばりながら悔しそうに話す姿を見ると、根掘り葉掘り聞いてはいけないことなのだと思った。
きっと、忘れたくても忘れられない話しなのだろう。
3日ほど馬車に揺られる。
あと半分ちょっとだな、といぶきが思っていると。
ガタッ。
急に馬車が止まった。
いぶきが馬車から外の様子を窺うと、馬車の前に4人の男が立ち塞がっている。
男達は、無精髭や薄汚れた身なりをしていて、一見して盗賊と分かる風貌だった。
男達は、こちらの荷馬車の方をチラチラ見る。
そして、いかにも下品な笑みを浮かべながら、いぶきに聞こえるように話す。
「おい、お前ら。荷馬車ごと置いていけ。女どもが乗ってるんだろ。分かってるんだよ。ケケケ。お楽しみができたからよぉ。男共は逃してやるよ」
いぶきは、全身に身の毛がよだつのを感じる。そして、吐き気がするほどの嫌悪感。
自分が男だったからこそ、余計にそう感じるのだろう。いぶきは、下品な男に性的な視線を向けられることが、ここまで不快だとは知らなかった。
一方、グラスは、男達が女目当てだと気づくと、目を吊り上げ口をへの字にした。そして、左拳で荷馬車の柱をガンッと叩くと、有無を言わさず飛び出した。
鷹のような眼光で男達を睨みつけ、サーベルを右手に地を這うように走る。そして、その勢いを利用して、飛び上がるように斬りかかった。
1人目は剣を握る間もなく、左肩からの袈裟斬りを受けた。
体重がのった一撃は、いとも簡単に男の鎖骨を断ち切る。サーベルは、バキバキッという切創には不似合いな音をあげながら、男の右腹部まで切り裂いた。
そして、グラスは、眉ひとつ動かさずに左手にもったナイフを下から男の喉仏に突き刺す。
男の喉からは、水風船を叩き割ったように血飛沫があがり、辺りの地面には血溜まりができた。
男は言葉を発することなく絶命する。
鮮やかだった。
不謹慎かもしれないが、いぶきは、その様子を見ていて盛大な拍手を送りたい気分になった。
そんな車中の様子など関係なく、グラスは返す刀で2人目にも切り掛かった。
2人目は悲鳴を上げながら、逃げようと体を翻したが、グラスは、猪のような踏み込みで、すぐさま距離を詰める。
そのまま背後から、盗賊の肩甲骨を避けるように角度をつけ一突にする。サーベルは身体を貫き、男の胸から剣先が露出した。
グラスは、左手をサーベルの柄に添える。
そして、反時計周りにサーベルの軸を半回転させ、広背筋を切り裂くようにそのまま右側に振り切った。
サーベルを構え直し、盗賊のリーダーと思われる男の方に駆ける。
盗賊は、鎌のようにカーブしたシミターを右手に構え、グラスを斬りつけた。
グラスはそれを刃で防いだが、駆けた勢いが殺しきれずにバランスを崩す。
盗賊はニヤリとすると、左手で腰に差した短刀を抜き、グラスの胸を突き刺した。
グラスは、辛うじて倒れることは免れたが、口からは血を吐き、サーベルを持つ手は震えている。
出血とダメージで手に力が入らないのだろう。左手で口の血を拭いながら、地面に片膝をついた。
その様子を見ていたいぶきは、馬車から飛び出した。走りながら、幾分か慣れた所作で回復の加護を唱え始める。
「彼方より来たりて、此方へ過ぎ去りし旅人の運命よ……」
その時。
もう1人の盗賊が、背後からいぶきに襲いかかった。
あかりは守刀を抜きさえすれば、男より先に一撃を与えられる位置にいた。
しかし、一瞬、男を刺すことを躊躇してしまった。
『相手は魔物じゃない。人なのだ』
あかりの様子に気づき、いぶきは叫ぶ。
「そいつはNPCだ、迷うな!」
しかし、あかりの頭の中には、ロコ村で出会った2人の顔が浮かんでしまう。
いぶきの叫びが響かない。
『NPCさんだって心があるよ』
その直後。
いぶきは右太腿を刺された。
動脈が傷ついたらしい。
噴水のように血が吹き出し、純白のローブが瞬く間に赤く染まる。
痛みと出血で気が遠のいていく中、いぶきは、刻一刻と赤く染まっていく、自らのローブを眺めていた。
いぶきの視界はどんどん暗くなっていく。
否応なしに予感させられる。
——殺される。




