代償
ぽたた…
雫
零れる
目の前には
知らない女性
酸素マスクをつけてる
眠っているのか目を瞑ってる
綺麗な女性─…
あれ?
何だか見覚えがある
気が、する
けど、知らない
記憶にない
というか、僕は何で知らない病室に?
知らない男が病室にいるのを
この女性の家族や知り合いに見られでもしたら…
そして
僕は慌てて病室を出た
『お前の恋人の命を助けてやる』
俺は、男にそう言った
どのくらい泣いていたのか
男は目を泣き腫らしていた
男の彼女は事故に遭って
今夜までの寿命だった
ベッドで横たわる
死にかけた女の家族が
病室を出ていったのを確認すると
俺は男に近づいた
『俺は記憶を食う化物だ。これまでのお前とその女の記憶を食わせてくれたらその女の命を助ける』
俺がそう言うと、男は目を見開かせた
『それは…彼女との思い出が失う…彼女のことを忘れるってことか?』
『ああ、そうだ』
男は俯き、悩んでるようだ
…暫くして
『…本当に彼女の命が助かるんだな?』
『ああ、それは保証するさ』
『わかった、俺の彼女との記憶を食え。それと引き換えに…彼女を生かして…下さい』
『…了解』
ぱちり
目が、覚める
ぼんやりとした視界に、私の家族が映る
「覚えてる?あなた、事故に遭って3日も生死を彷徨ってたのよ」
泣きながら、お母さんが言った
みんなも、ぼろぼろと涙を溢している
その中には彼が…いない
「彼は?」
「それが…昨日ここを慌てて出ていったきり見てないの。それまでは3日間ずっと、あなたのところに来てたわ」
私が目覚めて暫くしても、彼は私の目の前に現れなかった
すると、彼の代わりに…
「俺は、記憶を食べる化物だ。お前の恋人の男の記憶は俺が食った。だからあの男はお前のことを覚えていない。お前の存在すら知らない」
牙のある少年が、私にそう言った
「そんな…」
私は、その場に泣き崩れた
私の今ある命は、彼のおかげ
その代わりに、彼の記憶から私の記憶が失った
彼の中に、私は生きていない
いや、存在すらしていない
すると、道向こうで歩く彼が見えた
知らない女の人と手を繋ぐ、彼
彼は幸せそうに微笑んでいた