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トラックに轢かれたら転生するんじゃなかったんですか!?

 意識が覚束ない中、眩しい光が視界に映り込む。顔を上げると、大きなトラックがクラクションを鳴らしながら私に迫って来ていた。咄嗟の出来事に頭が真っ白になりその場で立ち竦む。その瞬間私は悟った。


 あぁ、これは死んだな。


 ぶつかった後のことはよく覚えていない。かろうじて意識が残っていた時に会話が聞こえた。しかし、その会話の内容は私には分からないものだった。


「先生。この人死んだっぽいので、転生待機部屋に運んでおけばいいですか?」




 眩しい光が瞼に差し込む。余りにも眩しかったので右手で顔を覆う。瞼を開いたところ、見慣れない景色が視界に映り込んできた。


「どこ?」


 そう呟き目をぱちくりさせる。体を起こし周囲を見回すと、私と同じように横になっている人がたくさんいた。皆眠っているようにしか見えない。しかし、どこか霊安室のようだ。驚きや気持ち悪さも感じたが、何より今の状況に理解できなかった。そこに、どこかから誰かが走ってくるような音が聞こえてくる。振り返ると、そこには白衣に身を包んだいかにも研究職風な女の子が立っていた。


「あれ~? 死んでなかったんですか~?」


 女の子は口許を抑え驚いている。何か物騒なことを言われた気がしたが、それは一旦置いておいて、ここがどこなのか尋ねることにした。


「あの、ここはどこですか?」


 女の子は、「あれ~? しゃべることもできるんですか~?」と口にし、私の身体をぺたぺたと触っている。私は「なんだこの人」と思いつつ答えを待った。しかし、私の問いに対する答えは一向に返ってこない。もう一度尋ねようとしたところで、どこかから男の人の声が聞こえてきた。


「あーあー。テステス。なっちゃん聞こえる? 目を覚ましたその人、僕のところに連れてきてもらえないかな?」


 アナウンスされたその声に対し、女の子が、「はーーい、先生ーー」と元気よく答える。そして私に「歩けますか~?」と尋ね、私は頷き立ち上がったところ、女の子は私に付いて来るように促した。


 病室の大部屋のような部屋を出て、廊下を通り移動する。どこに向かっているのかは分からない。ただ、病院のようだったので何の疑いもなく付いて来てしまった。黙って女の子についていく。女の子はある部屋の前で立ち止まり、トントンとドアを叩いた。


「どうぞ~」


 中から先程の男の人の声が聞こえてくる。女の子が元気よくドアを開け中に入る。私も女の子の後に続いた。入口の室名表示板には『転生システム開発室』と書かれていた。


 中に入ると、女の子と同じ白衣を纏った男性が椅子に腰掛けモニターとにらめっこしていた。机が二つあり、大きなコンピュータがいくつも並んでいる。女の子が椅子を一つ用意し、私にそこに座るよう促した。私がそこに座ると、男性はモニターから目を離し、私の方へと向き直った。


「ええっと、先に自己紹介しておこうかな。僕はロバート。こっちは助手のなっちゃん。あなたは、うさみさんで良かったかな?」


 私は頷き答える。すると、ロバートと名乗った先生は、今の私の状況について事情を説明してくれた。


「実はね。大変言いにくいことなんだけど、うさみさん、このまま死んだことにしてくれたりってできないかな?」


「はい?」


 言っていることが理解できず驚きの声を上げる。


「そのね、こちらの手違いで。うさみさんがトラックに轢かれた時なんだけど、バグで死亡判定出しちゃったんだよね。うさみさんの身体はもう別の方に譲っちゃっててさ。だから戻るのが難しいというか……」


 先生は申し訳なさそうにしつつも苦笑いで答える。


「あの、言っている意味が分からないのですが……。死んだことにするってどういう意味ですか? 今私生きてますよね?」


 言っていることがよく分からない。話がよく分かっていない私に、先生はより詳しく説明してくれた。


「大きく分けて、死には二つのパターンがあってね。肉体の死と精神の死。うさみさんは、自分がトラックに轢かれたことを憶えているかな? 憶えてないかもしれないけど一旦話は進めさせてもらうね。

 うさみさんの場合、精神の死があったと私たちは受け取っちゃったのよ。それで、肉体の方にはもう別の精神を入れちゃったのよね。そういうのを転生と言ったりすることもあるんだけど、とりあえずその転生を行っちゃったわけ。

 今はもう、別の人の精神がうさみさんの身体で目を覚ましちゃってて。また同じ身体に戻すのは、すごく大変というか、面倒というか……」


「つまり、あなたのミスを隠蔽するため、私に死ねって言っているわけですか」


 そう答えると先生は「そんなハッキリと言わないでよ。僕だって悪いと思ってるんだから!」と何故か私が悪いみたいに言われる。先生は深く項垂れ、改めて謝罪の意を示した。


「ごめんなさい。僕が少しでも楽をしたいと思ったせいです。十数年前にようやく上司から許可が下りてね。死亡判定機と転生振替機を同時に開発したんだ。それで実装したはいいものの、実はバグが残ってたらしくてね。そのバグのせいで、今回のようなことが起こったんだ。

 死亡判定機の精神判定が”DIE”で処理されちゃったんだろうなぁ。転生振替機が、待機中の精神をまだ生きている肉体に転生させちゃったせいで、うさみさんはここで目を覚ましたんだと思う。ひとまずここまでが、うさみさんの身に起こった出来事だよ。それで僕は今、死亡判定機の修正に追われているわけ」


 そんなこと言われても……と思わずにはいられない。言われてみれば、眩い光に包まれたのち、トラックに轢かれた憶えがある。そこから目を覚ましたら、どこか知らない場所にいた。しかも、自分は死んだことにされていた。そんなの受け入れられるはずがない。


「ここが現実でないという証拠はありますか?」


 私が尋ねると先生が説明する。


「何を現実と取るかその定義が難しいところだけど。うさみさんの世界を現実とするなら、トラックに轢かれた後なのに、身体に怪我一つないことがその証拠になるんじゃないかな」


 その言葉を受けて私は体中を触ってみる。


 言われてみれば、確かに。どこも痛くない。服の中を覗き込んでみても、傷一つ見付からない。ここは本当に、私の知っている現実じゃないんだ。


「言っていることは本当だと、なんとなく理解出来ました。それじゃあ私は、これからどうすればいいのでしょうか?」


 尋ねてみる。すると、意外にもあっさりと答えが返ってきた。


「一応、さっき目を覚ました部屋でもう一度眠ってもらえれば、知らないうちに転生されてると思うよ。その時は、現実であったことと、ここでの出来事は全部忘れているけどね。

 でも、もしうさみさんさえ良ければ、ここで僕たちの手伝いをしてくれないかな。ちょっと困っていることがあってね」


 先生は笑顔で話す。一応気になったので、話の内容だけ聞いてみることにした。


「話した通り僕たちは、肉体に精神を移す、いわゆる『転生』の仕事をしていてね。だけどここ数年、転生先の世界の質がとても悪いんだ。本来なら、世界に対して転生者が存在するはずなんだけど、どうも、ここ最近は、その転生者を中心に世界が出来上がっているみたいなんだ。


Null ―ゼロ―

And ―と―

Revolution ―革命―

Of ―の―

Unlimited ―無限―


 これらの頭文字を取って、僕たちは『NAROU』と呼んでいる。そしてこのNAROU世界が創造される概念(テンプレート)を破壊することが、僕たちの目的なんだ」


「それって、言論弾圧や思想の自由に反しませんか?」


「うさみさんのいうことは尤もだと思うよ。でもね、完成した概念(テンプレート)は多様性を大きく損なう。僕たちはそれを危惧しているんだ」


 先生は続けて語る。


「全ての概念(テンプレート)を破壊し、それでもNAROUが生まれるのであれば、それが世界の正しい形なんだと思う。その時は僕も、転生振替機のバグ取りとアップデートだけに注力し、世界の行く末は見守るつもりだ」


 私はその話を聞いて、自分には何ができるのか分からないが、とりあえず「分かりました」と答えた。先生は、私が協力してくれることに感謝の意を述べつつ、なっちゃんさんにすぐに準備に取り掛かる様に告げた。私には、先程の部屋に戻り、私が目を覚ましたベッドの上で待っていてくれと言った。

 なっちゃんさんと一緒に部屋に戻る。ベッドに横になり先生の準備を待った。なっちゃんさんが両手をぐっと握り締め、「頑張ってください」と告げる。直後、先生からのアナウンスが入った。


「それじゃあ、最初に第一の世界に行ってもらうよ。最初の世界は、『トラックに轢かれる世界』だ。何の因果関係があるかは分からないが、転生者の多くはトラックに轢かれることが多いらしい。まずは、トラックに轢かれる人たちを救ってくれ」


「……えっ?」


 嫌な予感が頭を過ぎる。なっちゃんさんの姿がぐにゃりと歪み、目の前の景色が見えなくなる。最後に、先生の声が聞こえた。


「そうだ、一つ言い忘れていた。くれぐれも自分がトラックに轢かれるようなことはないように。転生者が転生直後に転生する話なんて、そんなの考えるのが面倒だからね」

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