第97話 お守りに導かれて
「ソフィア、だと・・・・?」
ソフィアは俺を生んですぐに亡くなった、俺の母親だ。
ゼウスがそう話していたのを聞いた事がある。
あり得ない。クロノスのように特殊な条件で転生するならまだしも、ソフィアは人間だ。
こうしてここにいるなんて到底信じられない。
だが、不思議と納得できる自分がいる。
このざわつく心の正体が知りたい。確信が欲しかった。
「・・・母さん、なのか・・・?」
ソフィアは頷き慈愛に満ちた眼差しで微笑みかける。
「ここまで大きく成長してくれて、本当に嬉しいわ」
どこまでも深く優しく包み込んでくれそうな安心感。
この女性が・・・俺の母親・・・
胸の奥で何かが動いた気がした。
「アシーナちゃんも、すっかり美人さんになったわね。その純粋な瞳はあの頃から変わっていない。それと、ずっと大事にしてくれてありがとう」
ソフィアはアシーナの首につけられたお守りを見て微笑んだ。
アシーナの瞳はキラキラと輝きだした。
「まさか・・・このお守りをくれたのって・・・?」
俺は光るオリーブのお守りを手に取る。
「そう言えば、どこで手に入れたのか聞いていなかったな」
「あの日、『開花の儀』を受ける前に、一度だけアテナイに立ち寄ったの。お父様に何度か連れられたことがあったから、巨大な神木の事は知っていたけれど、どうしてその時に行きたくなったのかは分からない。無理を言って仕方なく連れて行ってもらった事だけは覚えてる」
「私が神木に見惚れていたら、葉枝の間から雪のように小さな光の玉が二つ落ちてきたの。手に取ると、それは吸い込まれてしまいそうな程透明なのに、うっすらと虹色に輝いていた。そんな不思議な輝きに目を奪われたわ」
アシーナはお守りを手に取り微笑んだ。
「私は、あなた達二人の放つ存在感はずっと感じていた。大きく成長した二人が手を取り合う姿が目に浮かんだわ。アシーナちゃんが初めてここへ訪れた時、それは確信に変わった。だから何とか二人が離れ離れにならないように、道を踏み外す事が無いように、二人の行く道を照らしてあげたかった。希望を持たせてあげたかった」
「アシーナちゃんは賢い子で、幼いながらに神術の片鱗を見せるほどの逸材。私の発するメッセージを本能的に汲み取れたのでしょう。だから私はアシーナちゃんに託す事にしたの」
「やっと繋がった。ずっと不思議だった。どうしてこのお守りを見ると心が落ち着くのか」
俺はお守りを優しく握りしめる。
「ずっと、ソフィアが・・・母さんが見守っていてくれたんだな。俺は、一人じゃなかったんだ」
「あはっ。ニケ、すごい顔してるよ?」
アシーナに言われるまで涙が頬を伝っていた事に気付かなかった。
「それはお前も同じだろう?」
「あれ? 何で・・・」
アシーナはどれだけ拭っても溢れる涙を隠すように顔を覆った。
「あはは・・・嬉しいはずなのに。ニケが・・・独りぼっちじゃなかったんだって・・・ちゃんとお母様に・・・愛されていたんだって・・・それが、どうしようもなく嬉しくて・・・それでっ・・・」
アシーナは声を何とか絞り出そうとするが、涙が溢れ言葉を詰まらせる。
思わずそんな彼女を抱きしめた。
「本当に、アシーナちゃんは優しい子ね。何だか私まで嬉しくなっちゃうわ」
俺はソフィアへ向き直る。
「全部、話してくれるんだよな?」
「もちろんそのつもりよ。その為に、あなた達をここへ呼んだのだから」
ソフィアは笑顔で応える。
気のせいか、その笑顔はどこか寂し気に見えた。
「そうね。まず、今あなた達がいるこの世界は幻。夢の中だと思ってくれていいわ。現実世界では、あなた達はゼウスに負わされた傷が原因で眠りについている。皮肉にも、重体の状態でありながらこのアテナイの地に二人揃って訪れる事になった。私が授けたオリーブの実を持って」
「それが引き金となって私の作り出した世界に導くことができたってことね」
「ニケ。あなたはもうクロノスに会ったわね?」
「ああ。タルタロスでな。世界の真実はそこで聞いた」
アシーナは目を丸くする。
「クロノス?! クロノスって、『黄金の時代』を築いた、あのクロノス神?!」
アシーナの声に耳を塞ぐ。
「いきなり大声を出すな」
「だって! クロノス神と言えば原初の神の一人でしょ? そんな神がどうして現代にいるのよ?」
「説明してやるから少し落ち着け」
俺はクロノスと出会った経緯とその正体、そして彼に聞いた話をかいつまんで話した。
「そういう事だったのね・・・ていうか、ピュラちゃんの事もそうだけど、ニケがクロノス神の息子だったなんてそっちの方が驚いたわ」
「安心しろ。それが普通だ。本人から話を聞いた俺自身が信じられなかったくらいだからな」
「あれ? クロノス神がニケのお父様、そして今ここにいるソフィア様がお母様・・・どういう事? そしたら何でニケはここにいるの? う~ん・・・?」
アシーナは頭を悩ませる。
「さすがに賢いアシーナちゃんでも分からないわよね。無理もないわ。ニケがこの時代でこうして生きている事は、普通なら絶対にあり得ない事だもの」
「クロノスとの間にあなたを身ごもった私は、世界を救える存在であると確信した。だから、どうしてもあなたの命を未来に繋ぐ必要があったの」
「世界を救う、救世主・・・」
ソフィアは頷く。
「このままではいずれエーテルは枯渇し星は死に絶える。それだけは、何としても阻止しなければならない」
「・・・・・」
アシーナは申し訳なさそうにうつむいた。
「アシーナちゃん。顔を上げて? アシーナちゃんが負い目を感じる必要なんてないわ」
「でも・・・お父様のせいでエーテルが・・・世界が・・・」
「クロノス神も・・・」
ソフィアは少し困った様子で微笑んだ。
「あの時代はまだエーテルに満ち溢れた世界だったからね。クロノスの言う事を信じる者の方が遥かに少なかった。クロノスですら、最初は私の言葉に耳を傾けてくれなかったくらいだもの」
「そこだ。そこが疑問なんだ。どうして人間であるソフィアに星の行く末が分かったんだ? 俺が世界を救う可能性があった事も。ガイアと同じ千里眼でも使えるのか?」
ソフィアは首を振る。
「ガイアちゃんの千里眼と私の未来を見据える能力は全くの別物よ」
「だったら何故・・・?」
ソフィアは優しく二人に微笑んだ。
「それは、私は星自身が直接生み出した生命だからよ」
ソフィアの発言に俺もアシーナも言葉を失った。
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