第89話 魅せられし者達
アシーナは落下するニケの後を全力で追いかける。
「ニケ!!!」
地面に激突する寸前でニケを抱きとめる。
「『モード・反射』!」
純白の盾が受け皿となり二人を受け止める。
度重なる連戦の疲弊から純白の盾はその姿を保つことができず、すぐに消えてなくなった。
「あぁっ?!」
アシーナは地面に打ち付けられ、うめき声をあげる。
「ニケ! しっかりして! ニケ!!」
ニケをゆするが返事はない。
「すぐに治すから!!」
アシーナは手に意識を集中させる。
しかし治癒神術を発動するどころか、まともにエーテルをコントロールする事すらできなくなっていた。
アシーナの額から大量の汗が滴り落ちる。
「ハァッ・・・ハァッ・・・!! こんな時に、どうして・・・?!」
「次は貴様の番だ。アシーナ」
ゼウスはアシーナに向け手をかざす。
アシーナは息を切らし虚ろな瞳でゼウスを睨む。
「裏切り者め。もはや貴様は用済みだ。そんなにその災厄が愛おしいのならば、望み通り共に葬ってやろう」
アシーナはニケを守るように抱きしめた―――。
「に、け・・・?」
デイモスとエリスの二人を相手取っていたピュラの手が止まる。
スイッチの切れた機械の様に、脱力した手から短剣がするりと落ち乾いた金属音を鳴らす。
「一体どうしたっていうんだ?」
デイモスは距離を取り様子を伺う。
「あんな無防備な状態、そうそうないですわ!!」
デイモスはエリスの前に立ち彼女の追撃を制した。
「どうして?! せっかくのチャンスですのに!!」
「ダメだ。理由は分からないけど、そんな気がする・・・」
デイモスは深刻な表情にエリスは不本意ながらもその手を収めた。
「・・・まずいですね」
テッサは肩を押さえデイモスとエリスのもとへ歩いてくる。
「テッサ?!」
エリスはテッサに駆け寄る。
「アレスさんに一本取られましたね」
テッサは笑顔を取り繕うが、痛みに顔をしかめ咳払いした。
「無事でよかった・・・」
エリスは安堵の表情を浮かべる。
「私は大丈夫なのですが・・・」
テッサはアース神殿の方を見上げる。
小さな人影が宙に浮き、その頭上には金色の稲妻が轟き輝きを放っていた。
「ゼウス様・・・」
ミノス王もエリス達の横に立ち神殿を眺める。その頬に一筋の汗が伝う。
ピュラは乱暴に短剣を拾い全速力で神殿へ駆けて行った。
「お待ちくださいピュラさん!! 危険です!!」
ピュラはテッサの制止を無視し、振り返ることなく消えていった。
テッサも急ぎ後を追う。
「あっ!! テッサ?!」
デイモスとエリスは二人の様子にただ呆気に取られていた。
「僕達も急ごう。嫌な予感がする」
ミノス王の追い詰められたような表情に、デイモスとエリスは唾をのんだ―――。
気付けば辺りはすっかり日が落ち、空には星空が輝き始めていた。
「これは・・・」
唯一、クロノスのみが広がる星空に違和感を覚えていた。
「ゼウスの様子、何か変じゃない?」
クロノスは頷く。
「ああ。どうも様子が変だ」
「あれは、ゼウス様なのですか・・・?」
ガイアのもとに、アルテミスを背負ったアポロンも合流する。
「アッピー!! 無事だったのね?! 心配したんだから!!」
「う・・・ん」
アルテミスはガイアの大声で目を覚ました。
「あれ? お兄様? アシーナ様は・・・」
アポロンはアルテミスをゆっくりと降ろし小さな人影を指差した。
「あそこだ」
すぐに状況を悟ったアルテミスは思わず両手で口元を覆う。
「ゼウス様が、どうしてアシーナ様を?! 助けないと!!」
アポロンは駆け出すアルテミスの腕を掴み首を振る。
「ダメだ。あの圧倒的な重圧の中に俺達の入る隙などない。近寄れば真っ先に雷撃の標的にされるぞ」
「でも!! アシーナ様が!!」
「気持ちは分かるが、無理だ」
アルテミスはどうする事もできないもどかしさに、悔しさを滲ませた。
「クロッチ。あれって・・・」
ガイアはその目を大きく見開き驚きを露わにする。
「ガイア、まさか視えたのか?」
クロノスは頷く。
「お前の予感は恐らく正しい。これは・・・厄介な事になるかもしれん」
「どういうことですか? クロノス様・・・」
ペルセポネは首を傾げる。
「まだ確信は持てないが、ゼウスのエーテルに僅かだがウラヌスの気配がある」
クロノスの言葉にその場にいた全員は言葉を失った。
「ウ、ウラヌス神?! ウラヌス神と言えば、『星の時代』に存在したクロノス神と並ぶ遥か昔の原初の神!! まさかそんな気の遠くなるほど長い年月を、エーテルは星に還らずに留まっていたと言うのですか?! いや、仮にそうだとしても・・・」
「その原初の神の一人がここにいる」
クロノスは大鎌を大地に突き立てた。
「ほ、本物・・・?」
アポロンは信じがたい事実に動揺する。
「そう言えば、アッピー達には言ってなかったわね。彼は正真正銘、クロノス神よ。元々ハデスだった身体に、クロノス神のエーテルの結晶、つまり魂が入る事で転生したのよ。数千年もの時を経て、ね」
「その理由は定かではないけれどね」
アポロン、アフロディーテそしてアルテミスの三人は言葉を失っていた。
「あらあら。そんなに驚かなくてもいいじゃないの。私はクロノス様のような最高にダンディーな殿方に出会えただけでも、神に感謝しかないわ!!」
ペルセポネは祈るように手を合わせ妄想に浸る。
「あ、神は私か♪」
思い出したように悪戯っぽく舌を出す。
「あんたね・・・くだらない冗談で話の腰を折らないでくれる?」
和みかけた空気をかき消すように、今にも押し潰されそうな重圧がその場にいる全員を襲った。
「ちょ、ちょっと?! 何なのよこの圧力・・・」
アフロディーテは背筋の凍るような圧力に青ざめる。
アルテミスは耐えられずその場に座り込んでしまった。
ミノス王、そしてデイモスとエリスはテッサ達を追い走っていたが、ゼウスの姿を捉えた瞬間にとてつもない重圧にさらされ、それ以上進むことができなかった。
「な、何だ! この潰されそうな圧迫感は・・・!」
デイモスは必死に抗おうとするが、立っているだけで精一杯だった。
「何よ・・・これ・・・」
エリスは恐怖のあまりその場に崩れ落ちた。
(ゼウス様にしてはあまりにもエーテルが尖っている。普段はもっと余裕のある感じなのだけど・・・より洗練されたこのエーテルは一体・・・)
「僕の直感が大分研ぎ澄まされてるなぁ・・・」
ミノス王はのしかかる重圧の中苦笑いしていた。
重圧にさらされ身動きを封じられたクロノスは、ゼウスへ向かっていく二つの人影を捉えた。
「あいつら・・・この重圧をものともしないとは・・・恐るべき胆力だ」
クロノスは全力で重圧を跳ね除けようと試みるが指先一つ動かせない。
「くっ!! 完全に転生できていれば・・・」
クロノスは己の不完全さを悔い、二人の背中を見守る事しかできなかった。
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