第88話 重なる想い
「・・・クロッチ!!」
石化が解けたガイアはクロノスに駆け寄ろうとしてバランスを崩す。
クロノスは手を伸ばし倒れそうになるガイアの腕を掴んだ。
「あれ・・・?」
「どうやら俺達はあの娘の神術で動きを封じられていたようだ」
クロノスは顎でアシーナの方を指した。
「そうそう!! 直前に千里眼で石化する未来が視えたから、クロッチだけでも助けようと思ったのよ!」
ガイアはアシーナと戦いを繰り広げる漆黒の男を目で追う。
「あ! あの子がニッキー?! 思った通りいい男じゃないの♪ やっぱり私の目に狂いはなかったわ!」
「お前、術が解けたばかりだと言うのに元気だな・・・」
クロノスはため息をつく。
ふと目をやるとゼウスも術に掛かっていたようで、しばらく呆けた顔でアシーナを見ていた。
しかし、その表情は怒りへと変わっていく。
「アシーナぁ・・・」
ゼウスは一人で何かをつぶやいていた―――。
「『モード・灼熱』。」
アシーナの背後に緑の装飾が美しい真っ赤な円形の盾が出現する。
「『天の怒り』!!」
アシーナのかざす掌の前で回転した盾から圧縮された高温度のエネルギーの塊が放出され大地を抉りながらニケに迫る。
「面白い。火力比べといくか」
俺は迫る高火力の火の玉に向かい手を開く。
「『大恒星』。」
掌から発せられた超巨大な炎の塊が天の怒りと激しくぶつかり合う。
「!!!!」
大恒星は怒りの炎を飲み込み、火力を倍増してアシーナに迫る。
「くっ?!!」
アシーナは真っ赤な盾で大恒星を受ける。
「あああっ!!!!」
全力で衝撃を上方へ受け流し何とか直撃を免れる。
「フッ!!」
火球の背後に潜んでいたニケはアシーナの脇腹目がけて黒霧の拳を振り上げる。
アシーナは瞬時に盾を目の前に移動させるが、クッションにすらならず一瞬で砕け散った。
「きゃあっ?!!」
盾を破壊された衝撃で大きく吹き飛ばされた。
空中で体を回転させ着地する。
完全に息が上がっている。
(何なの? この胸が鷲掴みにされたような感覚は・・・)
アシーナは自分の両手に視線を落とす。
「私が・・・怯えている・・・?」
その手は小刻みに震えていた―――。
戦いを見守っていたクロノス達の所へアフロディーテとペルセポネがやってくる。
「あ! アッフィー!! 無事だったのね!!」
ガイアはアフロディーテに飛びつき、顔を摺り寄せる。
「だ、だから!! その呼び方止めてって言っているでしょ?!!」
アフロディーテは全力でガイアを引き剥がす。
「もう! 相変わらず反抗期なんだから~」
ガイアは頬を膨らませるが、すぐに安堵した表情に変わる。
「本当に、無事で良かった」
アフロディーテは鼻を鳴らしそっぽを向く。その頬は仄かに赤くなっていた。
「あなたがペルセポネね? アッフィーを助けてくれてありがとっ♪ 初めて会ったけど、綺麗で可愛い子ね!」
ガイアは急に真剣な様子で考え込む。
「う〜ん・・・名前長くて呼びにくいからペポネに決定!!」
ガイアは得意げに指指した。
ペルセポネは思わず周囲を見渡す。
「ペポネって・・・もしかして私?」
「おめでとう。これであなたもガイア様の脳内ニックネーム張に記録されたわね」
アフロディーテは皮肉を込め口元を押さえ笑を堪える。
「ペポネ・・・・イイわね!」
「・・・・え?」
アフロディーテは思わぬ反応に目を丸くする。
「でしょ?! このセンスが分かるなんてあなたもやるわね! あなたとは仲良くなれそうね♪」
額に手を当てるアフロディーテを尻目に二人は熱い握手を交わす。
「それにしても、あの温室育ちの甘ちゃんに説教の一つでもしてやろうと思ったけど、ニケ様に先を越されちゃったわ」
ペルセポネはどこかホッとした様子で胸に手を当てる。
「うん・・・?」
クロノスはしばらくガイア達のやり取りに目を奪われていたが、いつの間にかゼウスの姿がない事に気付いたーーー。
「満足したか?」
俺は瓦礫の上からアシーナを見下ろす。
「・・・冗談言わないで」
アシーナは歯を食いしばる。
全く。頑固にも程がある。
頑なに拒絶するアシーナを見て頭を掻いた。
「アシーナ、本気で来い。俺を殺すつもりでな」
俺は黒霧の濃度を上げる。
「そんな余裕ぶって。本当に死んじゃっても知らないから・・・」
アシーナは目を閉じエーテルを集中させる。
「『モード・破壊』。」
アシーナの背中に黄色い装飾の施された漆黒の細長い盾が三枚現れた。
アシーナは右腕を真っすぐ空へ伸ばす。
体は大地を離れ、ゆっくりと浮きあがり上昇していく。
まるで夜になったかのように空は闇に塗りつぶされていく。
「これを受けてなお、その余裕を保てるかしら?」
「『終焉の彗星群』。」
アシーナが眼下のニケに向かい腕を降ろすと、黒く塗られた空から小さな光が気泡の様にぽつぽつと現れた。
やがてそれらは次第に大きくなっていき、地上に向かい光の尾を引き接近してくる。
「まずいな」
危険を感じたクロノスは大鎌を構えガイア達の前に立つ。
アレスは一人目を逸らすことなく真っすぐと、ただ静かに彗星群を見上げていた。
「やれやれ。隕石やら小惑星まで引き寄せるのか。優秀な血筋とはいえ限度があるだろう」
俺は祈るように高濃度に圧縮した黒霧を左手に集中する。
「メティス。力を貸してくれ」
「『那由他』。」
ニケは握る左手を水平に突き出す。
大地を揺さぶる低い音と共に、瞬く間にニケの足元が巨大なクレーターと化す。
対照的にごく小さな重力の歪んだ玉がニケの握る左手からゆっくりと大気に揺られながら空へ昇っていく。
その様子はどこか頼りなく、弱々しくすらある。
迫り来る彗星群は、打ち上げられた小さな重力の玉に残らず引き寄せられていく。
「なっ?!!!」
アシーナは拒絶するように手をかざすがまるで反応がない。
制御を失い吸い寄せられていく彗星群を見つめ驚愕するしかなかった。
やがて全ての彗星群は小さな重力の玉に吸い込まれ、辺りは束の間の静寂に包まれた。
ニケは、捕まえた蝶を逃がすようにゆっくりとその手を開いた。
合図を待っていたかのように、重力の玉は一気に膨張し吸い込んだ彗星群の膨大なエーテルを重力の衝撃波に変えて吐き出した。
大量のエーテルを放出された空に大爆発が起こり、辺り一帯の廃墟や魔物の群れは木っ端微塵に消し飛び嵐が吹き荒れた。
ガイアは咄嗟に土の分厚いドームを形成、クロノスは大鎌を大地に刺してドームを強化しガイアを援護する。
アレスは真っ白のバルディッシュを地面に突き立て、受ける衝撃を全て無力化する。
「きゃあーーー!!!」
爆発のエネルギーに巻き込まれたアシーナは、空気の抜けた風船が空気中を縦横無尽に駆け回るように大気に揉まれながら吹き飛んでいく。
「『黒の支配』。」
俺はアシーナの周辺の空間を闇の力で支配し固定した。
吹き飛ぶ瓦礫や魔物の死骸は、まるで闇の空間だけ時が止まったようにゆっくりと通り過ぎていく。
闇の力に身体を支配されたアシーナは闇の空間から出ることなくその場にピタリと留まった。
俺は漆黒の羽を生成しアシーナの元へ飛んでいく。
「アシーナ!!!」
俺は漂う瓦礫を押しのけアシーナに向かい手を伸ばす。
アシーナは必死に手を伸ばしその手を掴んだ。
アシーナを力いっぱい抱き寄せる。
お互いに呼応するように、二人の首に下げられたお守りが強く輝いていた。
「もうゼウスの元にいる必要はない。俺の傍に居ろ」
俺はアシーナを抱いたまま耳元で囁いた。
「・・・ずっと、ずっと。待ってたんだよ? その言葉を。」
「その手で引っ張って行ってくれるのを・・・ずっと・・・」
アシーナの腕に力が入る。その腕は震えていた。
「ニケ・・・ごめんなさい。本当にごめんなさい」
「アシーナは悪くない。初めからこうするべきだったんだ。俺はずっと、復讐心に支配されて周りが見えていなかった。大事なものがまるで見えていなかったんだ。いつも、ずっと近くにあったのに・・・」
「済まなかった。アシーナ」
俺はその細い身体が壊れそうな程強く抱きしめた。
俺を包むアシーナの腕は震えながらも、必死に答えるように力強さを増した。
「行こう」
俺はアシーナの手を引く。
振り返ると、そこには長年の仇敵が静かに浮いていた。
気付いた時には遅かった。
激しい雷光が辺りを包む。
「『裁きの天雷』。」
轟く空から巨大な雷の柱がニケの体を直撃した。
握られていた手はアシーナの手をすり抜け、焼け焦げた身体はゆっくりと落ちて行く。
「ニケーーー!!!!!」
アシーナは黒煙を上げ落下するニケに必死に手を伸ばした。
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