第85話 限界のその先へ
数時間前―――。
サングラッセン修練の間。
「これでよし」
ミノス王はアレスの肩に置いていた手を離した。
「これだけか・・・? 一体何をした?」
「神術を使えるといっても、僕の力はそんな派手なものじゃあないんだよ。対象者に少し寄り添う程度の地味なモノさ」
「寄り添う?」
デイモスとエリスは首を傾げる。
「そう。僕の術を受けた者は、一時的に潜在能力を高める事ができる。振り幅は本人の中に眠る潜在能力に依存するんだけど、ただそれだけ。これで三人とも己の限界を越えられるようになっているはずだ」
アレスはいまいち実感できていないといった様子で体を眺めている。
「本来ならただそれだけなんだけど、僕の見立てでは君達三人は一時的なモノじゃない。きっかけさえあれば、引き出した潜在能力を定着させる事ができるんじゃないかって思ったんだ」
「特にアレス君、君はね。君は軍神の双槍の力を十分引き出せていないようだった。ランク5まで引き出せるようだけど、本当ならそれ以上引き出す事もできるんじゃないのかい?」
「ちっ!! コロシアムでしか見ていないクセに大した洞察力だ。・・・お前の言う通りだ」
アレスはふと天井を見る。
「イメージだけはずっと前からハッキリしているんだ。どんな色なのか、どんな形をしているのか・・・だが、いくら鍛錬を積もうがランク5以上の力を引き出す事は出来なかった。それがずっと、自分の中でもどかしくて仕方がなかった」
「俺の力は、まだまだこんなもんじゃねぇはずだ」
アレスは拳を握る。
「もしも君がその限界のその先を見る事が出来たなら・・・それこそ君が目指す最強へ、大きな一歩を踏み出せるんじゃないかな。パイドラ、アリアドネ」
ミノス王は後ろに控えていた従者二人に指示を出す。
パイドラはデイモスとエリスの前に、アリアドネはアレスの前にそれぞれ立つ。
「これから君達三人には、この二人と手合わせしてもらう。いくら潜在能力が引き出されていても、使いこなせなければ宝の持ち腐れだ。引き出した潜在能力を確実に物にするまでこの修練場から出る事は許さない。いいね?」
アレスは眉を上げる。
「こいつらは人間だろう? 殺しちまってもいいってのか?」
パイドラとアリアドネは目を閉じ黙っている。
「心配しないで全力でやってくれて構わないよ。彼女たちは人間だけど、引き出した潜在能力を一時的なものにせず、自分の血肉にする事ができた数少ない存在だ。恐らく、いい勝負になるんじゃないかな」
「フン。なるほどな。まあいい。遠慮しなくていいならその方が楽だ」
アレスの腹に刻まれた紋章が光りだし、黒い魔法陣が展開された。
≪軍神の双槍≫
アレスの手に漆黒の双槍が握られる。
「後悔するなよ!!」
アレスは高速でアリアドネに突撃する。
身体を捻り遠心力を利用し、漆黒の槍を思い切り振りぬく。
アリアドネは両腿に忍ばせていたナイフを抜き逆手に構えアレスの槍を受ける。
「ほう。片腕で止めるとは中々やるじゃねえか」
「お褒めいただき誠に有り難いのですが、この程度でしたら両手を使うまでもないと判断しましたので、賞賛には値しません」
アレスの腕に力がこもる。
「人間の分際で言ってくれるじゃねぇか!!」
アレスの右腕の筋肉が肥大する。
力に任せ思い切り薙ぎ払った。
吹き飛ばされたアリアドネは優雅に舞い着地する。
「ハッ!! これは退屈せずに済みそうだ!!」
アレスが槍を構えると、まるで水面に映したようにアリアドネの姿が揺らいでいた。
アリアドネはアレスの右サイドから綺麗な弧を描き無音で迫る。
「っ!!!!」
予想外の速さにアレスは一瞬後れを取る。
アリアドネはその華奢な身体をいっぱいに使い、体重を乗せた一撃を放つ。
「おおおおお!!!!」
アレスは漆黒の槍をクロスさせ咄嗟に反応する。
(こいつ、マジか?!)
見た目に反した重い一撃にアレスは吹き飛ばされる。
ミノス王は真剣な眼差しで二人の戦いを見守っている。
「なるほどな」
アレスは深呼吸し意識を集中させる。
「『ランク2』。」
アレスの双槍が赤いオーラに包まれる。
「ここからは本気でいく」
アレスは槍を構えアリアドネに向かっていった――――。
数時間後――――。
「ハアッ・・・ハアッ・・・」
アレスは肩で息をしていた。
滴る大量の汗を拭う。
自慢のバンダナは破れ去り手には真っ赤な長槍が握られている。
(こいつ、一体何なんだ。たかが人間相手にランク5まで解放して漸く互角だってのか・・・)
流石に疲弊してきたのか、アリアドネは額の汗を拭っていた。落ち着いてはいるが若干息が乱れている。
デイモスとエリスも同じ状況だった。
アレスはミノス王を一瞥する。
「あいつの引き出す潜在能力がまさかここまでとは・・・正直、舐めていた」
アリアドネは息を整え精神を集中させる。
身体に白いオーラを纏う。
「そろそろ終わりにしましょう」
アリアドネは高速でアレスに迫る。
「ちっ!!!」
アレスは真っ赤な長槍で渾身の突きを放つ。
アリアドネは飛び込みつつ軽く跳ね、身体をねじる。
華麗な体捌きで突きを躱し逆手に持ったナイフでアレスの肩へ切り込んだ。
「くっ!!!!」
受けた重い衝撃がアレスを伝い地面は大きく陥没する。
行動を予測していたアリアドネは更に大きく踏み込み、間髪入れずにもう一方のナイフでアレスの脇腹へ切り込んだ。
「くそっ!!!」
その直後、アレスの脳に電撃が走った。
無意識に長槍を解除していた。
「『ランク6』。」
刹那の放心状態でそれらは手に握られた。
まるで空と海を表現するかのように美しい、青と白色マーブル模様の双槍。
アレスは無心で槍を振り抜いた。
「うっ?!!」
アリアドネは何とか防御するが、振り抜いた軌道から発せられた波打つ衝撃波により大きく吹き飛ばされた。
「あっ!!!」
アリアドネは激しく壁に衝突し血を吐いた。
脇腹を押さえ、震える足で立ち上がる。
アレスは放心状態のまま青白い槍から二本の衝撃波を放つ。
ミノス王はアリアドネの前に立ちはだかり、乾いた音と共に衝撃波を消し飛ばした。
「はい、お疲れ様。ここまででいいよ」
「・・・ふぅ」
アリアドネは大きく息を吐きその場に座り込んだ。
「ごめんねアリアドネちゃん。ちょっと負担が大きかったかな」
「私は構いませんよ」
ミノス王は苦笑いする。
「お、俺は一体・・・」
アレスは漸く意識を取り戻した。
「おめでとうアレス君。ついに、限界を超えたようだね」
「あ? 一体何の・・・」
アレスは己の奥底に芽生えた感覚を握りしめるように拳を握る。
「こいつは・・・」
アレスは手に握られた青白い双槍を見つめる。
「君はもう大丈夫だ。一度その感覚を覚えてしまえば、後は上り詰めるのみだよ」
「あっちも終わったみたいだね」
デイモスとエリスも汗だくになっていたが、パイドラの様子を見て上手くいったであろう事が分かった。
「もしも、アシーナちゃんが道を踏み外しそうになった時は、その力で彼女を止めて欲しい」
アレスは頭を掻く。
「確かに。こいつがあれば無敵かもな」
「だがそれでも、上手くいく保証はねぇぞ。あの泣き虫真面目野郎はそれだけ化け物だ」
ミノス王は微笑む。
「君が限界突破したその力を使いこなせるようになれば、それこそ化け物が誕生するだろうさ。僕の勘が正しければ、君は十分アシーナちゃんに匹敵する実力の持ち主だよ。君にはそれだけの力が宿っている」
「フン。言ってろ」
アレスはミノス王の言葉を胸に刻み、祈るように槍を握るその手を額に当てた。
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