第79話 あの日置いてきた温もり
「『モード・灼熱』!!」
赤い魔法陣と共にアシーナの背後に円形の真赤な盾、それを囲うように小さな盾が六つ出現した。
アシーナの怒りが具現化するように周囲の温度が急激に上昇していく。
「おいおい。そこまで私を恨んでいるのか? さすがに少しショックだぞ」
≪環世界の彼方≫
メティスは自身に薄い重力の膜を張る。
「今更母親面しないでって言っているでしょ?!」
アシーナは手をかざし、円形の盾がメティスの周りを取り囲み回転し始める。
「『天の怒り』!!」
メティスを取り囲んだ盾から円筒形の巨大な炎柱が立ち昇る。
轟音と共に燃え盛る柱はやがて細くなり消えていく。
「『穣』。」
笑みを浮かべるメティスの背後から、アシーナに向かい巨大な瓦礫が浮き高速で襲い掛かる。
「『モード・反射』!!」
アシーナのかざす左手から純白の美しい盾が出現し、更に威力を増し瓦礫を跳ね返す。
「『漠』。」
返された瓦礫はメティスの手前でピタリと動きを止め浮遊する。
メティスが右手を天にかざすと瓦礫は粉々に砕かれた。
「捌き切ってみろ」
細かく砕かれた瓦礫は縦横無尽に宙を駆けまわり不規則な動きでアシーナに迫る。
「このっ!!」
アシーナが右手をかざすと、純白の盾が更に一枚出現した。
瓦礫に合わせて高速で盾が反応する。
全ての瓦礫を跳ね返し盾は姿を消した。
「さすがは私の娘だ。これくらいは朝飯前だったか?」
「どうせ羽を伸ばせる好敵手もいないのだろう? 来い。存分にその力を振るうと良い」
アシーナは歯を食いしばる。
「私を捨ててずっと傍に居なかった癖に!! 知った風な事言わないでよ!!」
アシーナの周囲が突如凍り始める。
「『モード・大氷河』」
アシーナの両脇に氷柱を模した鏡のように美しく反射する氷の盾が左右に三枚ずつ出現した。
アシーナが腕を空へ突き上げると、上空に無数の氷の針が生成されていく。
「『集中豪雨』!!」
腕を振り下ろすと同時に、その名の通り激しい豪雨の如く氷の針がメティスに襲い掛かる。
メティスは不敵に微笑む。
「『瞬息』。」
メティスが呟くと、一斉に襲い掛かってきた氷針は全て空中で停止した。
「『極』。」
氷針は残らずアシーナに向かい跳ね返る。
「くっ?!!」
アシーナは氷柱の盾を操作し弾き落としていく。
しかしその圧倒的な量を捌ききれず、間を縫った氷針が肌を貫通する。
「ああっ!!」
アシーナは激痛に声を上げ、地面に膝をついた。
氷の盾は形を保てずその姿を消した。
「その程度の傷で済むとは大したものだ。これでも割と本気で殺すつもりでいたのだぞ」
「・・・あなたに褒められたって、嬉しくも何ともないわ」
アシーナはメティスを睨み上げる。
額に汗が滲む。
「まさか、あのアシーナが膝をつく姿を見る事になるとは・・・あの余裕。女神メティス、なんて恐ろしい女神だ・・・」
アルテミスを抱えるアポロンは二人の戦いに驚愕していた。
「さてアシーナ。次はどうやって楽しませてくれる? お前の力はまだまだそんなものではないだろう?」
メティスは髪を掻き上げる。
「・・・当然」
アシーナは肩を押さえ何とか立ち上がる。
「フッ。強がるな。立つのがやっとではないか。休憩するか?」
「っ!!! 馬鹿にしてっ・・・!!」
「『モード・大地』!!」
アシーナは両手を天に掲げる。
すると地面が激しく揺れ始めた。
「な、何だ?!」
アポロンは思わず体制を崩す。
大地はさらに激しく揺れ、やがて立っていられない程大きくなり土煙が舞い上がる。
メティスは笑顔で様子を見守る。
やがて揺れが収まり視界が晴れていく。
アシーナの左右には、まるで浮島のように巨大な岩のような重厚な盾が二枚出現し、アシーナの周りをゆっくりと回っていた。
「もういい。手加減なんてしない。邪魔するなら、例えお母様でも・・・許さない」
メティスは高らかに笑う。
「何だアシーナ!! ちゃんと感情を吐き出せるじゃないか!!」
アシーナは歯を食いしばる。
「誰のせいでこうなったと思ってるのよ!!!」
しばらく喜びを噛みしめていたが、すぐに真剣な眼差しに変わる。
「それでいい。全て、私が受け止めよう・・・」
メティスは小さな声で呟いた。
「この気配・・・」
メティスはふと周囲が暗くなった事に気が付く。
空を見上げると、そこにはまるで惑星のような超巨大な岩が形成されていた。
大地からエーテルの粒子が湧き、次々に巨大な岩に吸収され更に巨大化していく。
「消えてなくなれ!!『天隕石』!!」
アシーナが手を振り下ろすと同時に巨大な岩がメティス目がけて落下する。
あまりに巨大な岩に、周囲の廃墟や魔物達は岩に吸い寄せられ張り付いていく。
「これだけ豊富な種類を扱うだけでも常軌を逸しているのに、ここまでのエーテル量とはな。駄々をこねる娘にも困ったものだな。とはいえ、さすがに煽りすぎたか?」
メティスは両手を合わせると、メティスの足元に巨大な黒い魔法陣が展開された。
「『阿摩羅』。」
手をかざすと巨大な岩は重力の膜に包まれた。
衝撃の強さにメティスの立つ地面が大きく陥没する。
「はあああっ!!!!」
メティスが手を閉じると、急激に外側へ向かう力の作用により、巨大な岩は中心部から崩壊し木っ端微塵に吹き飛んだ。
少女には、僅かに生まれた一瞬の隙が見えていた。
「『モード・聖母』。」
神術の同時展開。
呼吸をするように流れるような所作で反射的に展開した聖属性。
吹き飛び砕け散った岩の雨が降る中、メティスは視界の端でアシーナの巨大な岩の盾の後ろに現れた背中に光り輝く聖なる盾を捉えた。
メティスの口から一筋の血が滴り落ちる。
視線を落とすと、三本の光の剣が胸部と腹部を貫いていた。
「がはっ!!」
怒りに支配されていたアシーナは我に返る。
その瞬間、岩の盾も光の盾も全て消え去った。
「お母さん!!」
アシーナは倒れゆくメティスの身体を何とか抱える。
「・・・ははっ。少し怒らせ過ぎたか・・・」
「今治すからっ!!!」
メティスは首を振りアシーナの手を降ろさせる。
「聖属性で、貫かれた。私の中に流れる闇の力と相性が悪い。致命傷だ・・・」
アシーナは首を振る。
メティスの頬に涙が落ちる。
「何を・・・泣いている? 私はお前の敵だ。こうなる事は・・・覚悟していた。お前も、そうだろう・・・?」
アシーナは全力で首を振る。
「何で・・・? 何でお母さんと戦わなくちゃいけなかったの・・・? 私はただ、侵略行為を止めたかっただけなのに・・・お父様を止めたかっただけなのに・・・お父様と、お母さんと幸せに暮らせればそれで良かったのに・・・」
「どうして、こうなっちゃうの・・・?」
アシーナの顔は涙でボロボロになっていた。
「私の判断が・・・間違っていた・・・あの時、無理をしてでもお前を連れていくべきだった・・・巻き込みたくなかったのだ、幼かったお前を」
「全て・・・私の責任だ・・・お前を導いてやる事が、せめてもの罪滅ぼしだと・・・」
メティスは激痛に血を吐く。
「お母さん!!」
「いいか、アシーナ・・・ガイアの言う事も、アポロンの言う事も真実だ。あいつを・・・ゼウスを止められるのは・・・この星を救えるのは・・・ニケ様と、お前しかいない・・・」
アシーナはひたすら首を振る。
「嫌だ。もう嫌だよ・・・星も世界も、そんなのどうでもいい。お母さんが死んじゃう・・・いなくなっちゃう・・・」
メティスは優しく微笑む。
「生きていれば・・・いつかは死ぬさ。早いか遅いかの違いだ」
「・・・だが、愛娘の成長を見届けられないと、いうのは・・・やはり、寂しいものなのだな・・・」
メティスは一度深呼吸をする。
「・・・アシーナ。頭を、撫でさせてくれるか・・・?」
アシーナは泣きじゃくる顔を近づける。
無意識に母親を抱きしめる。
「温かい・・・」
頭を撫でる血塗られた手は、優しくアシーナの頬を包む。
「懐かしい・・・な。この温もりの様に、優しい子に育ってくれた。それだけで、私は・・・」
アシーナの頬を撫でる手がするりと落ちる。
「母さん? お母さん!!」
アシーナは必死にメティスの身体を揺さぶる。
「嫌だ!! 逝かないで!! 傍にいてよ!! お母さん!! お母さんっ!!」
返事はない。
「嫌だ・・・嫌だよ・・・私を置いて行かないで・・・」
アシーナは横たわるメティスをただ抱きしめる。
「・・・なんで? どうして・・・?」
アシーナは伝えられなかった想いを吐き出すように泣き続けた。
安らかに瞑るメティスの瞳には、一筋の涙が伝っていた。
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