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第7話 エポヒと王の試練


オリンピア上級学院の会議室―――――。


「今年も『エポヒ』を輩出するため、『王の試練』を受ける生徒を選別する時期がきました。今年度は生徒の投票数が見事に割れたようですね。教授たちには十分吟味してもらい、選んでいただきます。」


比較的高齢の教授たち数人がラウンドテーブルを囲んでおり、その上座に座る月桂樹の髪飾りを付けた長い白髪の女性が微笑む。


オリンピア上級学院の学院長を務める、女神アマルティアだ。


「それでは始めましょうか。」


オリンピア上級学院では毎年卒業の季節を迎えるとその年の最優秀者『エポヒ』を選出する。


まず一般生徒に投票してもらい、その後教授達がその票数を考慮し会議によって候補者を選出する。


その後、候補として選ばれた者に『王の試練』が課せられ、見事課題をクリアした者に『エポヒ』の称号と共に勲章が授与される。


『エポヒ』は上級学院のその年度の顔となるが、歴史を振り返っても優秀な神が多く、選ばれるのは容易ではない。


簡単に言えば人気投票のようなものだが、そのような娯楽的なものではない。


オリンピア上級学院創設から続く、伝統的であり最大の伝統行事である。


『王の試練』は難易度が高く、命の危険すら伴うこともある。


「学業を通して様々な生徒を見てきましたが、今年の生徒は将来期待できる者ばかりです。すぐには決まらないかも知れませんな。」


集まる中で一番高齢らしき教授が自身の長いひげを撫でながら、生徒の投票結果をまとめた書類に目を通す。


「私はやはりアシーナですね。彼女のポテンシャルは他とは比べ物になりません。生徒からの信頼も厚く、リーダーとしての能力、カリスマ性も申し分ない。歴代の学院生の中でも間違いなくトップクラスでしょう。学院生は皆同じ神とはいえ、彼女は明らかに頭一つ抜けている。学生の領域を超えています。」


切れ長の目の知的な印象の教授が興奮気味に熱弁する。


「確かに。彼女に流れる血統を考えれば、当然と言えば当然ですがそれを抜きにしても恐ろしい才能の持ち主ですな。」


その場にいた全員が深く頷いた。


「どうやらアシーナは議論する必要もなさそうですね。他に候補はいますか?」


アマルティアは教授達に意見を仰ぐ。


そこに一人の教授が手を挙げた。


「そうですね。アポロンはどうでしょう? 彼は学院内でも、全ての能力において高水準で非常にバランスの取れた生徒です。それに加えて学生とは思えない聡明さを合わせ持っています。」


するとまた別の教授が手を挙げる。


「アフロディーテも悪くないと思います。立ち振る舞いにやや問題はありますが、彼女の持つスペックはかなり高い。生徒の投票でも多く名前が挙がるほど、生徒の間では人気があります。」


「いや、それならアレスも負けてはいない。こと戦闘センスにおいては天才的な才能の持ち主だ。将来オリンポスを引っ張っていく素質が十分にある。」


教授たちの議論は徐々にヒートアップしていく。


先に挙がった4名で教授たちの意見が割れ平行線が続いていた。


選出の基準は、生徒の入れた投票結果に加え教授達の客観的な意見に基づく。


なぜわざわざ試練まで課して『エポヒ』を選出するのか。


それは、ユピテリア国力の強化が大きな理由である。


優秀な若い神を囲い込み、ユピテリアが持つ軍に戦力として迎え入れる事で軍事力を強化するためである。


そのため、選ばれた者は国からの待遇も手厚くなり、権力も与えられる。


議論が始まってから二時間ほど経過していた。


アマルティアが軽く手を叩く。


「これ以上議論を進めても変わらないようですね。」


アマルティアは覚悟を決めたように深呼吸する。


「今年度の候補者は、アシーナ、アポロン、アレス、アフロディーテの4人とします。」


「なんと・・・4人も、ですか。教団に立って久しいですが、これは初めての事態ですな。」


長いひげの教授は目を丸くする。


会議室がざわつく。


「オリンピア上級学院始まって以来の、異例の出来事ですが、4人も候補者が出るなんてとても素晴らしい事です。それだけ今年の学院生のレベルが高いと言えるでしょう。」


「確かに。おっしゃる通りですな。生徒の投票数こそアシーナが一番でしたが、他の三人の差もわずか数票。何より4人とも他と比べると能力が段違いです。」


教授たちはアマルティアの言葉に深く頷いていた。


会議も終わろうとしていたその時、それまで黙っていた一人の女性教授が手を挙げた。


「あ、あの。い、今更なんですが・・・もう一人候補がいるのですが、よろしいでしょうか?」


「構いませんよ。レト教授。どなたかしら?」


アマルティアは優しく微笑む。


「・・・・・アルテミスを推したいのですが。」


レトは小さい声で恐る恐る提案した。


教授たちはその名を聞いてもあまりピンと来ていないようだった。


「アルテミスですか。アシーナにいつもくっついている。確かにとても真面目で勤勉な生徒ではありますが・・・」


教授たちの反応は微妙だった。


「そうですね・・・決して出来の悪い生徒ではないとは思うのですが・・・」


教授の一人は書類を見返し頭を掻いている。


「4人に比べると、どうしても霞んでしまうというか。見劣りしてしまうというか・・・上位ではありますが、4人ほど投票数も多くはないですし・・・」


他の教授たちはなるべく言葉を選んだ発言し、誰もレト教授の顔を見ようとはしなかった。


レトはその様子を見てうつむく。


何かを言いたそうにしていた彼女を察したアマルティアが口を開く。


「レト教授。ぜひ話してください。アルテミスの事を。」


「アマルティア学院長・・・」


アマルティアはレトに微笑みかけた。


オリンポス神殿、王の間にて―――――。


「今年度の候補者のリストになります。」


「なるほど。報告ご苦労だったアマルティア。」


玉座に腰かけるゼウスはアマルティアのまとめたリストに目を通す。


「ほう。今年は例年よりも多いな。実に良い。これならばオリンポスの未来も明るいな。」


ゼウスはリストの一番上に記載されたアシーナの名前を見て口角が上がった。


「特にアシーナには期待している。あやつにはいずれこの国を引っ張っていく器になってもらわないと困るのでな。」


「アシーナはリストの生徒の中でも群を抜いています。同年代で彼女と肩を並べられる者は、ガイアやタルタロスを含めても恐らくいないでしょう。私から見てもアシーナの実力は本物だと思います。」


アマルティアは同意し頷いた。


「であろうな。何せ私の娘なのだ。当然の評価よ。」


ゼウスは満足げに声を出して笑う。


「そのうち本格的に結婚相手も探さねばならんな。オリンポスの血統を守るためにも。」


「アシーナ程の女神であれば名乗り出る殿方は多いでしょうね。釣り合う者が現れればよいのですが。」


「私が見込みのある男を吟味する。万が一にも無能を選ぶことはない。しかし―――――。」


ゼウスは立ち上がりステンドグラスの外を見つめる。


「何か問題が?」


ゼウスはため息をつく。


「アシーナは厄介な問題を抱えているのだ。」


「・・・ニケ、ですか。」


「その名を聞くだけでも気分が悪くなる。」


ゼウスはアマルティアに背を向けたまま答えた。


「ニケは神の血を引きながら、紋章を持たずして生まれた。更にオリンピア学園の開花の儀により、あろうことか世界を破滅に導く闇の力を発現させた。災厄を払うべく私はニケを異空間迷宮に追放した。無論、殺すつもりでな。」


「ヤツは人の形をした災厄だ。」


「アシーナの手前、その場で命を取ることまではしなかったが、異空間迷宮に放り込まれては流石に生きてはいまい。」


「アシーナは今でもニケが生きていると信じ、探し続けている。あの呪われし災厄の幻想を追いかけているのだ。」


ゼウスは深いため息をつく。


「アシーナはニケを愛しているのですね。」


「厄介なことに、な。人間の方がまだマシよ。」


しばらく沈黙が続き思い出したようにアマルティアは口を開いた。


「ところでゼウス様。」


「どうした?」


アマルティアは真面目な顔でゼウスを見る。


「実はここ最近、気味の悪い感覚を感じる事があるのです。うまく言葉にできませんが、何か良くない事が起こる前触れといいますか。嫌な予感がするのです。」


「ほう?」


「数日前にオリンポス神殿に入るためにゲートを開いたのですが、ほんの一瞬でしたがうまく繋げられなかったのです。」


「学院の教授からも数件、同じ現象を報告されました。どれも一瞬だったので誤差の範囲だとは思うのですが・・・」


ゼウスはしばらく考え込む。


「ゲートは空間と空間を繋ぐ神々にのみ許された空間移動術だが、使用する者の技量により多少の歪みや繋げ辛さを感じる事は稀にある。が、アマルティアをはじめとする上級学院の教授たちがゲートを繋げ損ねるとはいささか考えにくい。」


「その現象は今も続いているのか?」


「いいえ。今のところその一度だけです。ゲートが開けなかったわけでもなく、ほんの一瞬違和感を覚えただけですので、誤差の範囲だとは思いますが・・・」


「うむ。こちらでも気にかけておこう。それと・・・」


「ミノス王に連絡を頼む。」


ゼウスは思い出したように言う。


「構いませんが、何か急ぎの用ですか?」


「特別急いでいるわけではないがアシーナの課題は既に決めてある。サングラッセンを経由させる故、ミノス王に声をかけておこうと思っていたのだ。」


「そうだったのですか。分かりました。こちらから連絡しておきましょう。」


アマルティアが退室した後、ゼウスは剣を掲げる像の前に立ち顎に手を当て何かを考えていた。


「ゲートの接続不具合、か。まさか・・・な。」


ゼウスはガラス越しに外を眺める。今にも雨が降りそうな重い雲が辺り一面を覆っていた。


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