第78話 少女を縛る鎖
アシーナは目の前に立ち塞がる男に驚いていた。
「アポロン・・・どうして・・・?」
動揺するアシーナと反対に、アポロンは冷静に語りかける。
「女神ガイアに援護を頼まれた。これを拒否する事は俺の正義に反する」
「・・・アシーナ。ここは引いてくれないか?」
アシーナの表情が引き締まる。
「それはできない相談ね。これはゼウス様の命。今は従うしかない」
「その『今』によって取り返しのつかない事になったとしても、か?」
「ゼウス様の行動が正しいとは言わない。私も止めようとした。だけど、侵略行為は始まってしまった。であるなら、女神ガイアに降伏してもらうしかない。降伏してくれれば必要以上に殺生しなくて済むでしょう? それがこの戦争を収める最善の手。それが、今の私にできる最善の行動」
アポロンは首を振る。
「それは違う。お前はゼウス神がどういう男か分かっていないはずはないだろう? 仮に女神ガイアを降伏させることに成功したとしても、後に待つのは悲惨な末路だ。これまでのゼウス神のやり方を見て、俺はそう確信している」
「『千里眼』を利用できるだけ利用し、奈落の闇を殲滅。その後、もはや利用価値の無くなった女神ガイアは殺される。そうなれば、ほどなくしてニケにも手が及び、この星を救う手立ては完全になくなる。皆仲良く星もろとも滅ぶだけだ。ゼウス神は、その行動が星の寿命を縮めている事に気付いていない」
アシーナは拳を握る。
「あなたも・・・お母様と同じ事を言うの? 奈落の闇がこの星を蝕んでいるのでしょう?! 実際、私達を襲った奴らは皆人々のエーテルを根こそぎ吸収していたじゃない!」
アポロンは空を仰ぐ。
「確かに、あの惨事を見ればそう思うのも無理はない。彼らのやり方が過激であったことは事実だ。そこに関しては、女神メティスの采配に問題があったと言えよう。本来であれば、殺さずともエーテルの譲渡は可能だ。己の持つ神術をニケに差し出せば済む話だと、女神ガイアは言っていた」
「女神メティスがあの行為に及んだ最大の目的は、ニケにエーテルを譲渡し星にエーテルを返還する事にあった。ゼウス神はあの性格だ。その話をしたところで聞き入れてもらえるはずもなければ、黙って従うはずもない。強硬策に頼らざるを得ない程、事態は深刻だったという事だ」
「考えてみればそれも納得だ。ウラヌス神が紋章を、ゼウス神が神術を確立させた事でこの星のエーテル消費量が激増し、その寿命が縮まった。裏を返せば、神術さえ確立しなければ普通に生活する事ができ、このような事にはならなかったのだから」
アシーナの頬に冷や汗が伝う。
「その話を・・・信じろと言うの?」
「俺は女神ガイアに全てを聞いた。三分割されたこの世界の事も、ゼウス神の事も。俺を含め、ユピテリアに住む者は皆ゼウス神のいいように利用されていたに過ぎん。一種の洗脳のようなものだ。娘であるお前も例外ではない。お前がゼウス神を信じたい気持ちは分からなくはない。父親なのだからある意味当然だ。だが、今伝えた事が正真正銘の真実だ」
アポロンはアシーナを見据える。
「お前はゼウス神という、どうしようもなく大きい存在に身動きが取れないだけだ。ゼウスの娘という鎖がお前を縛り上げている。お前自身が・・・」
「そんな事は分かってる!! 仕方ないじゃない!! 私にはどうする事もできないのよ!! 今は従うしかないの!!」
「絶対的な力を持つお父様に逆らえるわけないじゃない!! それに、私にとってはたった一人の父親なのよ!!」
ようやく追いついたアルテミスは、行く手を阻むアポロンと声を荒げるアシーナを包む空気を、ただ不安そうに見守った。
「お、お兄様・・・アシーナ様・・・」
「お願いだからそこを退いてアポロン。でないと、私はあなたを倒さなければならなくなる」
アシーナの左脚のオリーブの紋章が光り出す。
アポロンは首を振る。
「それはできない。例え戦う事になろうとも、俺は俺の正義を貫く」
アポロンはアルテミスを見る。
「例えお前でも、戦うと言うのなら容赦はしない」
アルテミスはいつになく真剣な兄の姿に思わず唾をのむ。
三人の間に緊張感が漂う。
「私はお前をすぐ暴力に訴えかけるよう育てた覚えはないぞ? アシーナ」
三人の上空から何かが降り立ち砂煙を上げる。
着地した何かの周りの空間が歪み始めた。
そして一人の女性が姿を現した。
「お、お母様?!」
「この細目が言った事が真実だ。お前はあまりにも知らな過ぎた。ゼウスの元で育ったお前に、どう説明しようか悩んだものだが・・・受け止めきれるか心配でな」
メティスは髪を振り、埃を払った。
「お前は決断しなければならない。ゼウスと共にその他全てを敵に回し、この星と一緒に朽ち果てるか、我々と共にゼウスを殺しこの星を救うか。二つに一つだ」
アシーナは困惑する。
「私は・・・」
「アシーナ様! 私は・・・」
アルテミスはアシーナに駆け寄る。
メティスはアルテミスに向け指先を弾く。
「きゃっ?!」
アルテミスは凄まじい勢いで飛ばされ廃墟の壁に激突し、意識を失った。
「アルテミス!!」
「可愛い娘を慕ってくれている事には母親として素直に礼を言うが、今はしばらく寝ていてもらおう。話をこじらせたくない。それに、巻き込むのは危険だしな」
アシーナは歯を食いしばる。
「どの口が言うの? その愛娘の前から姿を消し、奈落の闇にまで堕落したくせに・・・」
「弁論の余地もないな・・・」
メティスは苦笑いする。
「いくらお母様とはいえ、邪魔をするならアポロンもろとも倒すまでよ」
アシーナの足元に魔法陣が展開される。
「おい細目。あそこで寝ている娘の友人の介抱をしてやれ。足手まといがいるとかえって邪魔だからな」
「だ、大丈夫なのですか? 相手はあのアシーナです」
「私を誰だと思っている?」
メティスは鼻で笑う。
「分かりました・・・」
アポロンは遠くで倒れるアルテミスの元へ向かった。
「さて・・・こうしてまともにやりあうのは初めてだったな。どれほど成長したのか私に見せてくれ」
「今更母親面しないで。私にとってあなたはただの敵よ」
「やれやれ。やはり離れるべきではなかったな。ここまで甘えたがりに育つとは。私の責任だ・・・」
メティスの黒い紋章が光り出す。
「どれ。娘の再教育といくか」
「言いたい放題言って!!」
アシーナは構えるメティスに向かい神術を展開した。
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