第70話 アイテール
早朝―――――。
それぞれの領主は軍を率い、各島の指定されたポイントで待機していた。
シンプルでありながら煌びやかな、純白の軍服に身を包むアシーナの表情は曇っている。
その華やかさとは対照的だ。
アルテミスはアシーナの横に立つ。
「お気持ちは察しますが、今は作戦に集中しましょう」
「ええ。分かっているわ」
『各隊準備はできているか?』
五つの浮島全体にゼウスの声が響き渡る。
『アースには神殿を囲うように広がる広大な町一つしかない。ユピテリアの浮島はアース神殿を囲うように配置している。各隊は、アースに到着次第速やかに神殿を目指せ。立ちはだかる者は全て排除せよ。ただしガイアだけは殺すな』
「テュラーの対策はどうなさるのでしょう? さすがに生身の身体では持ちません」
『案ずるな。テュラーを経由する必要がないよう、指定した場所に集めたのだ』
アルテミスは首を傾げる。
「一体、どうするというのでしょう? ゲートのようなものなのでしょうか・・・」
(テュラーを経由しない・・・?)
アシーナは言葉にできない不安に駆られた。
「テュラーを経由しない、か。まさか・・・」
ミノス王は考え込む。
「何か心当たりがあるのか?」
アレスはミノス王の様子に気付き声をかける。
「ん? ああ、少しね」
デイモスとエリスも不思議そうに見つめていた。
「それはそうと、例の件については頼むよ。君達が頼りだ」
「期待するのは勝手だが、上手くいく保証はねぇ。それは忘れんな」
「信じているさ」
ミノス王は優しく微笑みかける。
アレスは舌打ちしその目を逸らした。
「何してんだデメテル?」
獅子の毛皮を纏った巨大かつ屈強な男が作業中のデメテルを覗き込む。
「遅いですよ。ヘラクレス」
「固い事言うなよ。これでもクレタ島から急いで飛んで来たんだ」
「本来ならクレタ島領主であるミノスの隊に加わる所を、わざわざこちらに来てもらったのです。これでも感謝はしていますよ」
「まあ、お前の隊はどちらかと言えば守りの隊だ。ゼウス様も、俺を加える事でデメテル隊のバランスを取ったのだろう。それより、さっきから何しているんだ?」
ヘラクレスが顔を上げると、デメテルの前には行列ができていた。
「あなたの言う通り、私の隊は防衛主体ですからね。兵士たちに、一時的な体力と自己治癒力向上の印を刻んでいたところです。ささやかではありますが、何もしないよりはマシでしょう」
ヘラクレスは首をさする。
「俺一人いれば何も問題ないと思うが・・・」
「戦は何が起こるか分からないものです。あなたを過小評価するつもりはありませんが、万が一に備えておくのは無駄ではありませんよ」
「はははっ!! 確かにな!! しかし、あの人当たりのいいミノス王ですら嫌う、筋金入りの人間嫌いのデメテルにそこまで言われるのは悪い気分じゃない」
ヘラクレスは豪快に笑う。
「あなただけですよ。私なりに信頼しているという事です」
「そいつはどうも」
ヘラクレスは空を仰ぎデメテルの作業を待った。
「いいかイリス。誰が立ちはだかろうと手加減はするな。叩き潰せ」
「ぶっそうだなぁヘラは! 心配しなくても大丈夫! 言われなくても分かってるよ」
虹色の美しい髪が印象的なイリスは機敏に敬礼して応えた。
ヘラはため息を漏らす。
「お前は返事だけは俊敏だが、本当に理解しているのか疑わしい時があるからな・・・」
「大丈夫だって! 全員殺せばいいんでしょ?」
イリスはあどけない表情で笑いかけた。
「お前の方が余程ぶっそうだろう。まあ、その通りなのだが」
ゼウスはオリンポス島のとある地点にて巨大な魔法陣を描き、目を閉じ集中していた。
魔法陣の中心にはエーテルが集まり形成された光の剣が浮いている。
「準備は万端のようですね。ゼウス様」
羽の生えた深碧色の帽子を被った男が語りかける。
純白の軍服が帽子を際立たせている。
ゼウスはゆっくりと目を開けた。
「間もなく完成する。いつでも行けるようにしておけ、ヘルメス」
「私はいつでも行けますよ」
ゼウスは鼻で笑う。
やがて浮遊する光の剣は鮮やかなオレンジ色に変わっていく。
ほどなくしてそのオレンジ色は夕焼けのように真っ赤に染まり上がった。
ゼウスの口角が上がる。
『時は満ちた。これより、アース侵攻戦を開始する』
ゼウスが宣言すると同時に、各隊の目の前にオリンポスと形状の同じ真っ赤な光の剣が姿を現し、ゆっくりと降下する。
ゼウスは魔法陣の中心に光の剣を突き立てた。
各隊の前に現れた剣も同じ動きで地面に突き刺さり、魔法陣が展開された。
赤い光の障壁が物凄い速さで下方向へ伸びていく。
「やはりそうか・・・」
ミノス王は目の前の光の障壁を見て確信した。
「何がだ?」
「この光の粒子、エーテルではないね」
アレスの眉が上がる。
「どういう事だ?」
「アイテール」
「ア、アイテール・・・?」
デイモスとエリスは唾をのんだ。
「そう。アイテールは質のいいエーテルが凝縮して作られる非常に高濃度なものだ。アイテールの持つエネルギーは、エーテルとは比較にならない。それこそテュラーをものともしない程に。本来であれば、いくつもの条件が重なって偶然できる自然が作り出すもので、普通に生活していたらまず見る事はない貴重な資源なんだ」
ミノス王の額には汗が滲んでいた。
『蹂躙せよ』
ゼウスは赤い光の障壁の中へ身を投じる。
各隊もゼウスに続き障壁へ入っていく。
「行きましょう。アシーナ様」
アルテミスは手を差し出す。
「アルテミス。無茶はしないでね」
「それはお互い様です」
アルテミスは悪戯っぽく微笑む。
二人は覚悟を決め障壁へ踏み出した。
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