第67話 時を超えし小さな命
「ハデスではない、だと?」
「そうだ」
メティスも驚きを隠せないといった様子だ。
「確かに、姿を拝見した時に以前お会いした時と、どこか様子が違うとは思っていましたが・・・」
「お前がハデスではないなら、一体何者だと言うんだ?」
俺は長髪の男を睨む。
男は静かに右手をかざす。
すると金色の装飾が施された黒い大鎌が姿を現した。
「クロノスと言えば、分かる者もいるか?」
メティスの額に汗が滲む。
「バ、バカな!! あり得ない!! クロノス神はこの星の創世記、『星の時代』を生きたウラヌスと並ぶ原初の神の一人! そもそも、4000年前のティタノマキアでゼウスに敗れ死んだはず!!」
「メティスと言ったか。お前の反応は至極当然だ。その認識で間違いない。俺は一度死んでいる」
クロノスは深く深呼吸する。
「いきなり話をしても混乱するだけだな。順を追って説明する」
「そうだな。まずはニケの質問に答えよう。俺がその少女の正体を見抜いた理由」
「それは、俺自身も巨神族だからだ」
あまりに突拍子もない話に理解が追いつかない。
しかし、クロノスと名乗るこいつが実際に巨神化する前にピュラの暴走を抑え込んだ事が何よりの証拠か。
「俺は巨神族であると同時に、一族を束ねる身でもあった。その少女の言うデウカリオンとは、俺の友であり良き理解者だった者の名だ。攻め入るゼウスの軍勢に押され、もはや壊滅的な状況の中デウカリオンはやるべきことがあると言い残し俺と別れた。それがあいつとの最後の会話になった」
「デウカリオンがこの場にいないという事は・・・あいつはその少女に託したのだな。巨神族の未来を」
「そのデウカリオンとやらは、ピュラを探しに行ったのか?」
クロノスはピュラを一瞥しうつむいた。
「恐らく、な。詳しい話はされていないが、匿っている少女がいると聞いていた」
「しかし、結局ピュラはどうやって現在まで生き延びた? いくら巨神族といえどそこまで寿命が長いとは思えない。いや、生き延びたとしても少女の姿のままというのは、どう考えてもおかしい」
俺が目をやると、ピュラはいつになく真剣に耳を傾けていた。
「それはデウカリオンの能力だ。今風に言えば神術だな。デウカリオンは時空を操る。推測だが、巨神族の破滅を悟ったデウカリオンは、滅ぼされる前にその少女を時空の障壁で覆い遥か未来の子の時代へ飛ばしたのだろう」
「俺の知る限り、あいつの力は強大が故に使用効果は限定的だったと記憶しているが・・・」
「でうかりおんは、どこにいるの? げんきなの?」
俺とクロノスは口を噤む。
「隠していても、その子のためにはならないな・・・」
クロノスはピュラの前で膝をついた。
「デウカリオンは死んだ。お前を守るために」
その言葉を聞いた瞬間、ピュラは美しく光る碧眼を見開いた。
「遥か未来に人を送るのは、相当なエネルギーを要するはずだ。恐らく、何とかお前を生かそうと持てる力を全て使ったのだろう。命を賭けて」
「なんで・・・? でうかりおん、いった。おれがずっとそばにいてやるって・・・」
「ぴゅらとやくそくした・・・ずっといっしょにいるって・・・」
「なんで、しんじゃったの・・・? ぴゅらをひとりにしないで・・・」
気付けば抱きしめていた。
今にも消えてしまいそうな程、震える小さな体。
何だ? この締め付けられるような、どうしようもない痛みは。
たまたま利害が一致していたから、行動を共にしていただけだろう?
年端もいかない少女に死なれたら目覚めが悪い、ただそれだけの事だろう?
―――違う。
失いたくなかったんだ。
見ていたかったんだ。
ピュラの、はしゃぎ回る元気な姿を。
食べ物を夢中で頬張るその姿を。
どんなものよりも美しく綺麗で、どこまでも純粋なその笑顔を。
「ぴゅらは、どうしたらいいの・・・?」
「やだよ・・・でうかりおんがしんじゃったなんて、いやだよ・・・」
「・・・俺がずっとそばにいてやる。約束する。俺はどこへも行ったりしない。デウカリオンの代わりにはなれないかもしれない。それでも、俺がそばにいてやるから」
ピュラは俺の腕の中で泣き叫ぶ。悔しさを吐き出すように。どうしようもない苦しみをぶつけるように。
孤独である事の苦しみは、痛いほど分かる。
長い間待ち続け、ずっと会えると信じていたピュラの喪失感は察して余りある。
何故ピュラがこんな目に遭わなければならない。
俺はただ黙ってピュラを受け入れた。
メティス達はピュラの心情を思うと、たまらず目を背けた。
「済まない・・・俺がもっと上手くやっていれば、巨神族を滅ぼす事もなかった。全ての責任は俺にある」
・・・ゼウス。
あいつの身勝手な行動でピュラは・・・
「話してくれるか? 2000年前の大戦・ティタノマキアの事を」
クロノスは頷く。
「もとよりそのつもりだ。安心していい」
星々の作る幻想的な光の帯に見守られる中、俺達はクロノスの話に耳を傾けた。
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