第65話 回り道
ピュラはペルセポネの角に目を輝かせ勢いよく飛びついた。
「ニケ様達は奈落の闇についてはご存知ですか?」
「大体聞いている」
「さすがはニケ様! 話が早いですね!」
ペルセポネの表情が明るくなる。
「説明したのは私だがな」
「それにしては少し足りないようだけど?」
ペルセポネは勝ち誇ったようにメティスを煽る。
「ほう? それは宣戦布告と受け取ればいいのか? よかろう。いい機会だ。この場で決着をつけようではないか」
「血気盛んね。これだからユピテリアの奈落の闇は勘違いされるのよ」
俺は睨み合うメティスとペルセポネの間に割って入った。
「待て。じゃれ合うのは勝手だが、その前にちゃんと説明しろ」
「あらあら! さすがはニケ様!! このオバサンが放つ殺気の中に平然と入ってこられるなんて、なんて勇敢なのでしょう!!」
メティスの眉がピクリと動く。
「お前はいちいち反応が大袈裟だ」
「それより、お前も神なのだろう? 紋章が見当たらないが・・・」
「あらあら! さすがはニケ様! そこにお気付きになられるとは!」
ペルセポネは俺の手を取りその手を豊満な丸みにそっと触れさせる。
「私の紋章は少し見えづらい所に刻まれているのです。御覧になります?」
ペルセポネは上目遣いで扇情的な眼差しを向けてくる。
「バッ?!! や、止めろ!!」
「あんっ!」
俺が咄嗟に手を振り払うと柔らかいそれは軽やかに弾み、ペルセポネはいやらしい声を出した。
「変な声を出すな! わざわざ見せなくていい! それと、自分の身体を安く見るな! もっと大切にしろ!」
俺は目のやり場に困り、目を背けた。
「あらあら。ニケ様には少し刺激が強かったかしら? ニケ様なら私、全然構いませんのに~」
ペルセポネは異様な威圧感を覚える。
「黙っていれば、随分と好き勝手してくれるな。どうやら本当に死にたいようだ。安心しろ、痛みを感じる間もなくすり潰してやる」
「あらあら。冗談も通じないなんて、メティスも老いたわねぇ~」
ペルセポネはここぞとばかりに挑発する。
「貴様!!!」
「・・・頼むから止めてくれ。このままでは本当に話が進まん」
俺は心底面倒臭くなり肩を落とした。
ペルセポネは咳払いする。
「タルタロスには私を含め奈落の闇は三人います。私は二人を束ねるリーダーです。ユピテリアに関してはご存知の通りかと思いますが」
「アースにもいるのか?」
「はい。アースにも存在しますが、アレらは少し特殊でございますね」
俺は腕を組む。
「一つ、聞いていいか?」
「何なりと」
ペルセポネは優雅な所作で頭を下げる。
「前から思っていたのだが、どうしてメティスやお前はこうして普通に会話ができるんだ? 闇の力を持つ者は話が通じないと思っていたのだが」
ペルセポネはメティスを見てため息をつく。
「あらあら。それは運が悪かったですね。それに関しては、メティスの管理がなっていなかった、という事でしょう」
「どういうことだ?」
「ご存知の通り、ニケ様や奈落の闇の持つ闇の力は他の生物のエーテル・生命力を吸収する力です。しかし、それと人々を襲うのは全くの別問題です。それによって快楽を得るような事はない。つまり、闇の力の影響でその者の人格が変わる事はない、という事です」
俺は眉を上げる。
「ますます分からん。実際に俺達はメティスの配下に襲われたぞ? それもかなり猟奇的な奴らにな。俺達だけでなく神殿に住まう神々も襲われ、多大な被害が出た。神々の事はどうでもいいが、奴らは皆エーテルを求めていたように見えた。アトラスは比較的人格者だったように思えるが・・・」
「それは、元々その者が殺人に快楽を得る人格の持ち主だったというだけです。現に、私の二人の配下は人や他の動物を意図的に襲った事はありません」
「冥界であるタルタロスの性質も関係しますが・・・私達は主に、生命を全うし燃え尽きたエーテルだけを吸収していた。なぜなら、タルタロスでは生命を終えた個体はエーテルとなり、星に還らないからです」
「言ってしまえば掃除屋ですね」
テッサはペルセポネの角にぶら下がり、こちらに向かいはにかむピュラを見て微笑み返す。
「ちょっと待て。お前の話が本当なら、死んだ生物を構成していたエーテルはどこへ行く?」
「あなた方は既にご覧になっているはずですよ。タルタロスの空に溶け込んでいます。一度タルタロスの空に落ちれば、何万何億と蓄積した生命の情報が一気に流れ込み、一瞬にしてエーテルに浸食されその一部となるでしょう」
ピュラが地面に映る空に足を踏み入れようとした時、テッサが反射的に止めていたのを思い出した。
「だからテッサはあんなに必死だったのか」
テッサは頷く。
「ただ空に落ちるだけならば、救出は難しくありませんので」
「なるほどな・・・話を戻そう。つまり、メティスの配下がたまたま血の気が多い輩の集まりだったと、そういう事か?」
ペルセポネは頬を膨らませメティスを睨む。
「だから~。メティスの管理がなっていなかった、と言ったのです」
「放任主義なのでな。任務以外は自由にさせていたのだ」
「あらあら。あなたの事だからどうせ面倒くさかった、とか言うんでしょう?」
メティスは腕を組む。
「なかったとは言わん」
俺は首を振る。
「やれやれ。とんだ回り道をさせられたものだ。初めから分かっていれば、無益な戦いをせずに済んだものを。アトラスや他の連中も救えたかも知れない。貴重な戦力を失ってしまった」
「メティス。あなた・・・」
ペルセポネは冷ややかな眼差しを向ける。
「・・・・・・」
どこか思いつめた表情のメティスは、ただ沈黙した。
「そう言えば、赤髪の可愛らしい少女の姿が見えませんね。どこに行ったのかしら?」
ペルセポネは首を傾げる。ぶら下がるピュラも全く同じ顔をしている。
「・・・お前、本気で言っているのか?」
「ニケ様。ペルセポネはこういう女なのです」
俺はペルセポネに分かるように指さした。
「さっきからずっと、その自慢の角にぶら下がっていたぞ」
「あらあら?! そうだったのですね! 全く気付きませんでした!」
ペルセポネはピュラを抱き上げその豊満な胸に顔を埋める。
「わっぷ」
「んもぅ!! 悔しいくらい可愛いですね! 食べちゃいたい♪」
ピュラはペルセポネの胸の中でジタバタもがく。
「・・・それはいいから、早くハデスの所へ案内してくれ」
ペルセポネはすっかり顔の火照ったピュラを解放する。
「あらあら! 私としたことがすっかり忘れていました!」
ペルセポネは悪戯っぽく舌を出す。
のぼせきって仰向けになるピュラを尻目に、俺達はただ呆れていた。
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