第62話 盤上の駒
ミュケナイ島、ケレス神殿―――。
レトはベッドに横たわり眠るアマルティアの手を握る。
「目を覚ましてください。アマルティア学院長・・・」
「そっとしてあげなさい。レト教授」
デメテルが部屋の中へ入ってくる。手に抱える花瓶には色とりどりの見ているだけで元気がもらえそうな花が咲いている。
「デメテル様・・・」
レトは握る手をそっと放した。
「見た目こそ重症ではありませんが、闇の力による彼女を構成するエーテルの汚染が深刻です」
「治るのでしょうか・・・?」
「アマルティア学院長次第ですね。彼女の生命力が、闇の力に打ち勝てるか・・・それに掛かっています」
レトは不安な様子でアマルティアを見つめる。
「不安な気持ちは分かります。私もアマルティア学院長の教え子の一人ですから。ヘラと共に一期生として上級学院に入学した時の担任がアマルティア学院長でした。当時の事は今でも覚えています」
「デメテル様は一期生だったのですか。それは知りませんでした」
「言った事ないですからね。ヘラが生徒会長、私は副会長をやっていたのです。時が経つのは早いものですね」
レトは真剣な表情でデメテルに向き直る。
「地上領域アースに、侵攻するのですよね?」
デメテルはその眼差しを受け逃げるように息を吐く。
「そうです。協議の結果、決定されました」
「アシーナさんは反対したと聞きましたが、デメテル様は賛成なのですか?」
「今ここでそれを話したところで、意味はないでしょう」
「それは・・・そうですが・・・」
デメテルはため息をつく。
「私は・・・」
語りかけたところにゼウスが部屋に入ってきた。
「アマルティアの様子はどうだ?」
「今は安定しています。ですが、いつ悪い方へ傾いてもおかしくない状況にあります。目を覚ますのはまだ当分先かと」
「そうか。アマルティアの能力を使いたかったのだがな。軍事作戦の戦力からは外さざるを得んか」
「ゼウス様! 寝たきりの病人ですよ?!」
レトは怒りを露わにする。
「何を感情的になっている? 国の為に戦力を確保するのは当たり前だろう? アマルティアの力は貴重だ。回復していれば事を有利に運べた」
「そんな言い方!!」
「何か文句でもあるのか?」
ゼウスはレトを睨む。その気迫に押されレトはうつむいた。
「いち個人の事を考えるのは国を統一した後だ。その後に存分に思いやればよい。今はアース統一が最優先。国の統一には戦力が必要だ。そして有能な駒は多いほどいい。そうすれば戦の収束も早まる。結果的に平和な世界が近づくのだ」
「何より奈落の闇、あの厄災どもにいつ襲撃されるか分からん。奴らの殲滅の為にもアースを統一する事は必須」
「7日後の早朝に作戦を決行する」
デメテルは深く頭を下げた。
ゼウスはレトを一瞥し部屋を出ていった。
「・・・どうして、平気であのような事が言えるのですか。命を、何だと思っているのですか・・・」
デメテルはため息をつく。
「レト教授の言いたいことも分かります。ですが、腹を立てたところで何も変わりません」
「国民の安寧を願うのが王の務めではないのですか?! その為の土台を作り上げるのが、私達神の役目ではないのですか?! それなのに侵略行為だなんて、やっている事が矛盾しています!!」
デメテルは口に人差し指を当てる。
「病人の前ですよ」
「・・・すみません」
レトは椅子に腰かけ、拳を固く握る。
「レト教授、あなたのいう事は正しい。私もそれは理解しています。ですが、ゼウス様の意思がユピテリアの意思。こればかりはどうしようもありません。彼が一時代を築き、一国を創設し、この三領域を作り上げた。そのようなお方の考えなど、我々では到底理解する事ができないでしょう」
「ゼウス様にとって私達は単なる駒の一つに過ぎません。それ以上でも以下でもない」
(だからこそアシーナを見ていると・・・)
「とにかく。持たざる者は、従うしかないのです」
レトはうつむいたまま返事をしなかった。悔しさに口を堅く結ぶ。
「一方で、ゼウス様のおかげで危険に脅かされずに生活できている事もまた事実。アースやタルタロスに攻め込まれずに済んでいるのも、互いに干渉できぬよう行き来しにくい環境にした事も、ゼウス様が国を思ってこその行動。私はそう信じます」
「例えそうだとしても、個人の命を軽く扱っていい事にはなりません。私達にだって意思があるのですから・・・」
レトは眠るアマルティアに目を向ける。
窓から差し込む光がアマルティアの頬をオレンジ色に染めていた。
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