第60話 高みを目指して
「ようこそ! 僕の城へ!!」
サングラッセン王の間にミノス王の声が高らかにこだまする。
ドアの前に控えていた二人の召使いは静かに耳を塞いだ。
ゲートから出てきたデイモスとエリスは口を開いたまま王の間を見渡している。
「フン。わざわざこんなところまで呼びつけておいて、くだらん話ならすぐに出ていくからな」
「まあまあ。そう言わずに仲良くしようよ。熱心にこの町の名物であるコロシアムに遊びに来てくれているんだ。感謝しているんだよ」
アレスはミノス王を睨む。
「勘違いするな。遊びじゃねえ」
「ごめんごめん! そんなつもりじゃなかったんだけど、ついね」
ミノス王は咳払いをする。
「君達はまだ知らないと思うから伝えておく」
「近いうち、ユピテリアは地上領域アースに戦争を仕掛ける」
デイモスとエリスは口を開いたまま立ち尽くす。
「既にそれぞれの島は戦に備え軍を編成し、準備段階に入っている。このクレタ島も例外ではない」
「ちょっと!! そんな、いきなり言われても!!」
「混乱するのも無理はない。しかし、領主会議にて既に決定された事だ」
「領主会議という事は、アシーナの奴も会議に参加していたんだろう? あの泣き虫真面目野郎が、それに賛成したのか?」
「野郎ってアレス君、レディに対して失礼だよ」
「うるせえ。問題はそこじゃねえだろうが。あいつは侵略行為に賛成なのか聞いているんだ」
ミノス王は首を振る。
「止めようとしたさ。あの場にいた彼女だけが、明確に反対の意を伝えた。だけど、まだ経験の浅い新参者の意見など誰も聞いてくれなくてね。ゼウス様も元々好戦的な考え方だ。ゼウス様をはじめ、他の領達からも圧力をかけられたアシーナちゃんは黙るしかなかった。会議なんて名ばかりで、実際はゼウス様の決めた方針を聞かされるだけのものさ」
「会議の後も、アシーナちゃんは何とか侵略行為を止めさせようと食い下がったんじゃないかな。様子を見るつもりで彼女をここへ招いたのだけど、頬を腫らしボロボロになった彼女の姿には目も当てられなかったよ」
エリスは青ざめ口元を押さえる。
「現在、彼女の精神はこれ以上ない程に不安定だ。例えるなら、コップに限界まで入った水が僅かに波打ち、辛うじて留まっている状態。ほんの少しのきっかけで溢れ出しかねない。そうなれば彼女は二度と戻ってこられなくなる」
アレスは深くため息をつく。
「俺にアシーナをぶん殴って正気に戻せ、とでも言いたいのか?」
「アレス君は野蛮だねぇ。相手は女の子だよ」
「フン。最早あいつだけは性別という枠の外側にいる。男だろうが女だろうが、止める事なんてできやしねぇ」
「そういえばアレス君、以前アシーナちゃんにコテンパンにされたんだって? 君が言うと説得力があるね~」
ミノス王は指を鳴らし激しく頷いている。
「ミノス王! それはっ!!」
デイモスとエリスは激しく動揺する。
「・・・・いい度胸じゃねえか。喧嘩売ってんなら即買いするぞ」
アレスは凄まじい殺気を放つ。
「おっと! ごめんごめん! 忘れてくれ!」
「コホン! 要は、彼女の様子を見守ってほしいんだ。コップの水が溢れてしまわないように。そして彼女が道を踏み外しそうになったら、それを止めて欲しい」
ミノス王は王冠を取り、頭を下げた。
「おい。一国の王がそんな簡単に頭を下げていいのか?」
「時と場合によるさ。国のためになるのなら、個人のプライドなんてあってないようなもの。玉座でふんぞり返って命令する事だけが王の仕事じゃない。必要と感じれば、誰にだって頭を下げるさ。神であろうが、人間であろうが、ね」
ミノス王は頭を下げたまま続ける。
「それくらい、彼女の持つ力の影響は大きいと言える。アシーナちゃんがその気になれば、彼女一人でアースを蹂躙してしまう可能性すらある。彼女にはその手を染めて欲しくないんだ」
「どうしてそこまであの泣き虫野郎に肩入れする?」
「アシーナちゃんには、ユピテリアを引っ張って行く素質がある。幼い彼女に出会った時、それを感じた。直感だけどね。彼女には今の間違ったユピテリアを正し、いい方向へ導いていって欲しいんだよ」
「あとは・・・親心みたいなもの、かな。ほら、自分の大切な娘には罪なんて犯してほしくないだろ? ま、偉そうに親心を語る僕は未婚だけど」
ミノス王は大笑いする。
ミノス王の態度に呆れたアレスは頭を掻く。
「あいつの化け物っぷりは痛感している。一度敗れた俺では役不足だと思うがな」
「そこで、僕の出番というわけさ♪」
頭を上げたミノス王は得意げに指を立てる。
「君達を今よりも強くしてあげよう」
「えぇ?! どういうこと?!」
デイモスは大声を出す。
「正直、誰にこの役を頼もうか困っていたんだ。人選の意味でコロシアムを観戦していたのだけど、タイミングのいい事に君たちの活躍が目に入ったものでね。すぐに接触を図ったんだ」
「特にアレス君。君はコロシアムの熱心な利用者のようだからね。普段から僕の自慢の闘技場で遊んでくれているなら話が早いと思ったんだ」
「断る。なぜよく知りもしない他人に指導されなきゃならねぇんだ。ましてや人間の力を借りるなどあり得ん」
「それに言わなかったか? 俺達は遊びでコロシアムを利用しているわけじゃねえ。あまり適当な事言っていると・・・」
「遊びさ」
ミノス王の表情が険しくなる。
「コロシアムなんて、どこまでいっても娯楽なんだよ。確かに、強力な魔物を保有・制御しているし世界から強者が集まる場所だ。一種の訓練場としての機能している部分もあると言える。もちろん、それなりに命の危険だってある」
「でもね、所詮は決められたルール・場所、鳥籠の中に用意された舞台に過ぎないエンターテインメントの類なんだよ」
「本物の戦場、実戦ではルール無用の何でもありの残酷な世界。そこに善も悪も、綺麗も汚いもない。単純な命のやり取りだけだ。君達は、その事をよく知っているはずじゃないのかな?」
アレスは言い返せなかった。ミノス王の言う事があまりにも的確だったからだ。
あの時、実戦でしか感じる事がないであろう、言葉にできない死への恐怖から判断を誤った。そして自分が負けるはずがないと、恐怖から逃げるように、無意識に相手を甘く見積もっていた。
今思い返せば、戦場の緊張感ゆえにあの奈落の闇の女と対峙した時、どこか焦っていた気がする。その時点で勝敗は決していた。
だからこそ、死に際にアシーナの言葉が頭をよぎったのだ。
デイモスとエリスは黙り込むアレスの様子を伺うように見つめている。
「・・・お前の言う通りだ。強くなりたい一心で、迷走していた。ただがむしゃらに動く事で、気を紛らわし自分を納得させてた」
ミノス王の表情が晴れ穏やかになる。
「君達を見ていて勿体ないと思ったのが正直なところなんだ。君達はエーテルの使い方が理解し切れていない節がある。三人とも、持っているものは悪くない」
「特にアレス君。君はさすが『エポヒ』になるだけはある。持っているモノはとてもいい。上手く使いこなせていないだけだよ。エーテルの使い方をちゃんと理解し、君自身の神術に真摯に向き合えば今よりも飛躍的に向上する。それは僕が保証しよう」
ミノス王は王冠を高々と放る。
「お前、王とはいえ人間だよな? 一体、何者なんだ? お前といい、テッサの野郎といい、化け物みたいな人間を見ると自分の無能さに吐き気がするな」
「アレス君、テッサちゃんに失礼だよ。それにしても、テッサちゃんも物凄い能力の持ち主だよね。分かるよ。人間の器であそこまで精霊と心を通わし一体化できる「入れ物」は少ない。というより、いないんじゃないかな。それに、何より可愛いし♪」
「知らん」
「えぇ~!! 可愛いじゃない、テッサちゃん。僕は割と好みだよ」
ミノス王はパチンと指を鳴らす。
「もしや、君はアシーナちゃんみたいな子がタイプなのかな? それも分かるよ! あんな才色兼備で良くできた子、そうそういないもんね。でも残念~! 彼女には心に決めた人が・・・」
「う、うるせぇぞ!! そんなんじゃねぇ!! 勝手に決めんな!! 黙って聞いてりゃ適当な妄想垂れ流しやがって!!」
アレスは怒鳴り散らす。耳まで赤くなっている。
「あれ? その動揺っぷりはまさか図星? あっはは! アレス君といいアシーナちゃんといい、皆素直だねぇ~! 分かりやすい!」
「うるせえって言ってんだろ!!」
ミノス王とアレスのやり取りを見ていたエリスは頬を膨らませていた。
「冗談はさておき、まだ答えを聞いていなかったね。僕の提案、受けてくれるかい?」
三人は意を決し頷いた。
「お前が何を企んでいるかは知らんが、今はお前の口車に乗せられておく」
「決まりだ。軍事作戦決行まであまり時間がない。過酷なものになるかもしれないけど、君達ならやり切れると信じているよ」
「フン。侮るなよ人間。そのセリフ、後悔させてやる」
ミノス王はゲートを開く。
「城を破壊するわけにもいかないからね。場所を移そう」
ミノス王は召使い二人を連れて先にゲートをくぐる。
「俺達もいくぞ」
三人もミノス王の後を追いゲートをくぐった。
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