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第5話 少女との出会い


天空領域ユピテリアは五つの巨大な浮島からなり、それらの総称だ。


オリンポス・ミュケナイ・アテネ・クレタ・デロス。


オリンポスを中心に、北東にミュケナイ、北西にアテネ、南東にクレタ、南西にデロスがそれぞれオリンポスを囲むように浮いている。


オリンポス神殿は巨大なオリンポス島のほぼ真ん中に位置している。


クレタ島を除きそれぞれの島を神が統治しているが、一か所のみ未だに統治する者が決まっていない。


アテネだ。


元々は女神メティスが統治していたのだが、ニケやアシーナが生まれる少し前に突然失踪し連絡が途絶えた。


現在はゼウスが兼任することで一時的に落ち着いている。


穏やかな風が吹き、青々と生い茂る芝がゆらゆらとなびいている。


何もない雄大なその場所に、小さな電撃が走り次元の裂け目が入った。


裂け目は次第に大きくなり、大人一人分程の大きさの楕円形をした異次元空間が出来上がった。


そこから全身黒ずくめの男が飛び出し、ゆっくりと芝の上に着地した。


「・・・・・」


男は何気なくかがみ、手で芝をむしり風に流す。ほのかに芝の香りが鼻をつく。


「ようやく外に出られたか。」


俺は久しぶりの新鮮な空気をいっぱいに吸い込んだ。


「ここはどこだ? どうやら見知った場所ではなさそうだが。」


辺りを見回す。何もない。


ただ風に揺らぐ生い茂った芝が広がっているだけである。


「微かに肉の焼ける匂い、それと人の話す音が聞こえるな。」


視界には町らしき建物は見当たらない。


ニケは、常人では気づくことができないほど遠くの僅かな香りを嗅ぎ分けた。


迷宮で数多の魔物を取り込んだせいで、嗅覚をはじめ五感が常人のそれを遥かに超えてしまったのだ。


「とりあえず行ってみるか。」


俺は匂いのする方向へ歩き出した。


小一時間程歩いていると、家らしき建物がちらほら建つ集落が見えてきた。


夕焼けが家々を真っ赤に染めている。


「当面は雨風をしのげればいい。あそこでしばらく滞在させてもらうか。」


村へ入ると家畜の匂いや土の匂いに包まれた。どこか安心する匂いだ。


「おう、兄ちゃん旅人かい?」


匂いに癒され佇んでいると、横から声をかけられた。


農作業を終えたのだろうか、タオルを首からかけ所々土で汚れたおじさんだ。


「ムーロに旅の人が訪れるなんて珍しいこともあるもんだ。」


おじさんは豪快に笑う。


「ムーロというのはこの村の名前か?」


聞いたことのない名前だ。


オリンポス周辺の地名なら、読んだ本からある程度把握しているつもりだがムーロという名前は初耳だった。


「そうだ。クレタ島の外れのど田舎だよ。」


「クレタ島だと?」


俺は予想外の言葉に驚き聞き返した。


「そうだ。あんた、南の都市から来たんじゃないのかい?」


いきさつを話したところで信じてもらえないだろう。適当に合わせておくことにした。


「まあそんなところだ。急に押しかけて済まない。しばらくここに滞在させてほしいのだが、可能だろうか?」


俺は断られるのを承知の上で尋ねた。


(こんな得体のしれないよそ者が急に押しかけてきたらさすがに警戒されるか。元々そこまで期待はしていなかったし、ダメなら他をあたろう。)


そんな事を考えていた。


「おう!そりゃあ構わねえけどよ。一応村長に話は通さねえといけねえ。ちょっと待っていてくれるか? 村長を呼んでくるわ」


意外な反応に驚いた。


「済まない。助かる」


見渡すとログハウスのような木造の家がぽつぽつと建っている。


どの家の庭にも手入れされ新鮮な野菜が実をつけている畑があり、家の前で野菜を抱え世間話をしている夫人がいる。


とてものどかな村だ。


村の外れに一軒だけの小さな家が目に入る。


根拠はないが何となく気になった。


「ようこそいらっしゃいました。旅のお方。」


先ほどのおじさんが長髪で白髪の村長を連れてきた。白いローブを身につけ右手で年季の入った杖をついている、いかにも村長らしい容姿である。


「しばらく滞在したいとお聞きしました。もちろん歓迎させていただきます。しかし・・・」


村長は歯切れの悪い言い方をする。


「何か問題があるのか? 場所がないというなら、もちろん無理にとは言わない。」


「いえ、当てはあるにはあるのですが・・・そこに住む娘が少々人見知りと言いますか、なかなか他人に心を開けない子でして・・・」


村長は北の外れの小さな家を見る。


俺もつられて同じ方角を見る。先刻気になっていた家だ。


「旅のお人にそのような家をお貸しするのもどうかと思うのですが、あいにくその一軒しか案内できず・・・」


嘘は言っていない。北の家を優しく眺める村長の表情に偽りがないことは十分伝わってきた。


「分かった。あの家で構わない。あそこに泊まらせてくれ。」


俺は頭を下げた。


「わかりました。それではついてきてください。」


村長が北の家へ歩き出す。


「ゆっくりしていきな。」


気さくなおじさんと挨拶を交わし俺は村長の後を追った。


あまり手入れされていない農道といった感じの、緩やかな坂道を登る。


北の家はぽつんと一軒だけ丘の上に建っており、来た道を振り返ると村を見渡すことができた。


(それにしてもクレタ島か・・・クレタ島といえばオリンポスの南東に位置する島だ。随分遠くへ来たものだ。)


坂を登りながら一人で考えながら進んでいると、村長は古びた家の前で立ち止まった。


「ここです。少し待っていてもらえますか。」


村長はドアの前に一歩前に出て軽くノックする。


「ピュラや。おるかの? 出てきてくれんか?」


ノックしながら村長は少し声を張って尋ねた。


返事はない。


「ピュラや。おらんのか?」


もう一度尋ねながらノックする。


やはり返事はない。


「ここまで歩かせておいて申し訳ない。ピュラは留守のようです。勝手に上がり込むわけにもいきませんし、今晩はわしの家に泊まることにしましょうか。少々狭く、本来であればとてもお客様にお貸しできるような家ではないのですが・・・」


村長は申し訳なさそうに笑った。


「そのピュラというのがここの住人か?」


「そうです。見た目は10歳くらいの少女です。実を申しますと、彼女には色々と事情がありまして・・・」


村長は慎重に言葉を選びながら語る。


先程もどこか慎重に少女の事を語る様子に気付いていたが、俺は黙って耳を傾けた。


「二年ほど前、この村の入り口で血まみれの状態で倒れていたところを発見されたのです。」


「彼女自身は見た目ほど重症ではなかったのですが、うなされながら誰かの名前をずっとつぶやいていました。」


「今でこそ村の住人には少し心を開くようになりましたが、目覚めた当初はそりゃあ嫌われたものでして。」


村長は空を仰ぐ。


「根は優しく、とてもいい子なのです。」


「ピュラに頼もうと思っていたのですが、仕方ないですね。暗くなってきましたし、そろそろ参りましょう。」


村長に促され後を追い歩き出す。


人の気配を感じふと横を見ると、燃えるように長い赤髪をはためかせ、顔には部族を思わせる黒い模様に長く尖った耳。


澄み渡る空のような青い瞳の少女が艶色のいい野菜を入れた木製のザルを抱え、真っすぐこちらを見据え立っていた。


見た目は明らかに幼女なのだが、どこか謎めいた雰囲気を持っている。


「かみのにおいがする。かみはきらい。」


赤髪の少女は無表情で言う。


「ここに神などいない。」


俺は同じように返した。


「ひとのにおいもする。」


少女は大きな碧眼をさらに少しだけ大きくして興味を示した。


「お前、人間ではないな?」


俺が尋ねると少女は無視してドアへ向かって歩き出した。


振り返った村長は少女を見ると笑顔になった。


「おお! ピュラや! 帰ったのか。」


「急に押しかけてすまんの。実はしばらくこのお方を家に泊めてあげて欲しいのじゃ。」


ドアノブにかけた小さな手が止まりこちらを振り返る。


しばらく俺を見つめたまま動かない。


「ピュラや?」


村長は心配そうに声をかける。


ピュラと呼ばれた少女は俺を一瞥し歩き出した。


「すきにすればいい。」


ピュラはドアを開け中へ入っていった。


「ふぅ。とりあえず寝床は確保できましたな。」


村長は胸をなでおろす。


「大丈夫なのか? 嫌われているように見えたが。」


「いえいえ、そんなことはありません。彼女は歓迎してくれていますよ。」


「そうなのか? とてもそういう風には見えなかったが。」


「今更言う事ではありませんが、実はあの子が初対面の人を家へ入れてくれるのはとても珍しいことなのです。半分諦めていたのですが安心しました。」


村長は安堵した様子で大きく息をついた。どこか嬉しそうな表情を浮かべている。


「ピュラはあなた様に興味があるのでしょう。しばらくの間ですが仲良くしてやってください。」


村長は軽く会釈し緩い丘を下って行った。


「まあいい。どの道少しの間だけだしな。」


村長を見送った俺は、すっかり夜の帳が下りきらめく星々を背に家の中へ入った。


ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます!


評価およびブックマークありがとうございます!


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