第58話 冥界の番人
真っ黒なコキュートスの湖の真ん中に鎮座し、まるで切り立つ懸崖のような、いかにも冥界の城といった禍々しい雰囲気の巨大な黒城。
俺達はコキュートス湖を挟んでニュクス城を望む。
「イメージ通りというか、城自体は特に代わり映えがないな」
片膝をつき背中のピュラを降ろす。
「何せ冥界ですからね。オリンポスと比べると派手さは全くありません」
「しかし、さすが冥界を治める王の城。ここからでも感じる威圧感は凄まじいものがありますね」
「それぞれの領域を治める三神の一角だからな。それも当然だろう。ハデスと戦う事になる可能性も十分考えられる。万が一の場合に備えて、警戒はしておけよ」
テッサは頷いた。
「にけ!! あそこからすごくいいにおいがする!!!」
ピュラは興奮気味に城を指さす。
キラキラと輝く碧眼を見てため息をつく。
「しばらく治まっていたと思ったらまたか・・・今度は一体どんな匂いだと言うんだ?」
ピュラは匂いを嗅ぐ仕草をする。
「う~ん・・・わかんない!! しってるにおい?」
「疑問形で言われても困るのだが・・・いいか。あまり適当な事ばかり言っていると、いつか誰からも相手にされなくなるぞ」
ピュラは首を傾げる。
「良いではありませんか。それに、ピュラさんは私の持つ断界七刀に宿る精霊の匂いを嗅ぎ分けた。案外いい指標になるかもしれませんよ?」
テッサはピュラの頭を優しく撫でる。
「確かにそうかも知れんが、こいつが基本反射で生きている動物である事もまた事実だ。それが無駄にこいつに対する判断を鈍らせる」
「と思えば、発言の単純さの割には俺の言った事や、会話の内容はしっかり覚えていたりする。全く。知れば知るほど、わけの分からん生き物だ」
俺は不思議そうに見つめるピュラを見て肩を落とした。
「ニケさん、言いすぎですよ」
テッサは苦笑いする。
「元来、巨神族は五感および身体能力が恐ろしく優れた種族と聞いた事があります。その少女もそれをしっかりと受け継いでいるのでしょう。その人間が言うように、的を射ている可能性もありますよ。それに、巨神族もウラヌス神の血統とは違えど神族。その少女の持つ潜在能力を測るには、いささか早計かもしれません」
俺は頭を掻く。
「とてもそうは思えんがな。まあ、二人が言うならそうなんだろう」
「それで、肝心のケルベロスはどこにいる? そいつを倒さないとハデスに会えないのだろう?」
「普段は姿を消しているようですね。門の近くまで行けば、すぐに姿を現すかと」
「そうか。それなら、さっさと倒してハデスに会うぞ」
「くれぐれも気を付けてください。私も簡単にはいかなかった相手です」
「問題ない。冥界の番人が準備運動に値するか、測ってやろう」
俺達は城へ伸びる大きな橋を渡り、ニュクス城の巨大な赤い門の前に辿り着いた。
「ここが入り口か。それらしい姿は見当たらないが」
俺は門の前に立ち片手で押してみる。
「ニケさん!!」
テッサに釣られ上を見る。すると、天の地面に巨大な魔法陣が展開され黒い液体に包まれた何かが落ちてくる。
やがてその液体に包まれたそれは、巨大な獣の形を形成していく。
漆黒の獅子の身体に三叉の長い尾と、竜のような翼。
そして特徴的な三つの頭を持つ魔獣、ケルベロス。
「グオオオオオオーーーー!!!」
激しい咆哮が空気を振動させる。
「ほう。いい殺気だ。少しは楽しめそうだな」
俺は三人の前に立つ。
ケルベロスは大きな口を開け高エネルギーの塊を形成する。
やがて光球は魔獣ほどの大きさにまで膨れ上がった。
「やれやれ。いきなり殲滅しようというのか? 気の短いヤツだ」
ケルベロスの口から巨大な光球が放たれ、まばゆい閃光と共にニケ達に襲い掛かる。
『黒の鼓動』。
腕を組むニケの背中から迫る光球と同等の大きさの黒霧の腕を生成する。
漆黒の手で光球を握り潰し、そのまま吸収する。
黒霧の腕を払うと、高速で眼前に迫るケルベロスを捉えた。
ケルベロスは太い前足を振り下ろす。
激しい衝撃に、戦いを見守る三人は思わず顔を覆う。
「ニケさん!」
テッサは叫ぶ。しかし、その心配はすぐに驚きに変わる。
ニケは自身の何十倍も大きい魔獣の前足を片腕で制していた。
「犬にしてはなかなか力があるな」
腕を軽く振り上げるとケルベロスは体勢を崩した。
そのまま上方へ羽ばたき距離を取り、地面に着地しニケを見下ろす。
「グオオオ!!」
ケルベロスは悲鳴のような声を上げる。
ニケに触れた前足が変色し煙が立ち上っていた。
「言っていなかったな。今の俺に触れれば毒に浸食されるぞ」
「グオオオオオ!!!」
ケルベロスは三つ首からそれぞれ高温の火球を作り出す。
燃え盛る火球はここが冥界である事を忘れるほど激しく辺りを照らす。
三つの火球が取り囲むようにニケに迫る。
ニケは静かに掌を下にかざす。
ニケの足元周辺が氷に変わると同時に三本の巨大な氷柱が突き上がり、火球を貫いた。
瞬時に冷却された火球は大きな音を立て蒸発する。
「これで終わりか? もう少し色々試したいのだが」
挑発行為にケルベロスは勢いよく大地を蹴り下降し、翼を羽ばたかせ複数の風の衝撃波を発生させる。
「その類は効果がないと学ばなかったか?」
ニケは再び背後から数本の腕を生成し、悉く衝撃波を握り潰す。
衝撃波の下に忍ばせたもう一枚の衝撃波は腕をすり抜け、ニケの身体を両断した。
「にけ?」
ピュラは目を大きく見開き言葉を失う。
両断された身体は土に変わり霧散する。
「その図体で繊細とは、獣の割に頭を使ったな。」
ニケの声にピュラは辺りを見回す。
ニケはケルベロスの背中に立っていた。
「いい実験台だった。礼を言おう」
「グオオオオオ!!!」
三つ首を捻り背中のニケを噛み砕こうと襲い掛かる。
ニケは自身の土人形を三体作り出し、それぞれ首を掴み動きを止める。
そのままケルベロスのエーテルを吸収していく。
「グオオオーーーーー!!!」
更に三つの黒いキューブを生成し三頭を覆った。
ニケが手を閉じるとキューブは瞬時に収縮し、ケルベロスの頭を削り取った。
頭部を失い制御できなくなった巨体は、ニュクス城門前に墜落し土埃を舞い上げた。
ニケは砂埃を払い、感覚を確かめるように掌を開閉しながら歩いてくる。
「なるほど。どれも、それ自体にエーテルを吸収する力はちゃんとあるんだな」
「全く・・・規格外ですね、あなたは」
テッサは苦笑いする。
「流石です。既に取り込んだ力を自在に操るとは」
「それを確認したかっただけだからな。ペットが相手ならこの程度だろう」
ピュラは勢いよくニケに抱き着いた。
すると、赤い大きな門は重厚な音を立て自動的に開いた。
「入城の許可が下りたという事か。よし、行くぞ」
三人は頷く。
俺達は警戒しながらニュクス城へと入って行った。
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