第53話 女神ガイア
世界の三領域には『テュラー』と呼ばれる領域間を繋ぐエーテルの流動が発生している場所がある。
理論上はこのエーテルの流動に乗ることで三領域間を行き来することができるのだが、通常この流動の負荷に耐える事はほぼ不可能である。
一度この流動に身を投じれば、体内には個体の持つ許容量を遥かに超えたエーテルが流れ込み、瞬く間にエーテルの一部となる。
「心の準備はできた?」
「アースに踏み入れると決めた時点で、覚悟などとうにできている」
アフロディーテとアポロンは、ミュケナイ島のとある場所で『テュラー』の前に立っていた。
「そ。それじゃ、行くわよ」
アフロディーテは自身とアポロンをケストスで包み込む。
「もう少しこっちに来なさいよ。あまり離れると外に投げ出されるわよ」
「分かってはいるが・・・これでは近すぎないか?」
アフロディーテは構わずケストスの締め付けを強めた。お互いの体は更に密着する。
「何よ。この程度の触れ合いでいちいち動揺してるの? 初心ねぇ~」
「うるさいぞ。お前みたいにたらしではないんだ。俺の反応は健全なはずだ」
「・・・ばーか」
「せいぜいエーテルの流動に放り出されない事ね」
「それを制御するのがお前の役割ではないのか?」
アポロンの不安をよそに、アフロディーテはケストスにエーテルを送り込む。
すると美しい刺繍が仄かに輝きだした。
ケストスに保護された二人は『テュラー』に身を投じた―――――。
小一時間程経過し、目下には広大な大地が広がる。そして傍らにそびえる巨大な純白の神殿が目に入った。
「あれがアース神殿」
「そうよ。女神ガイアは未来予知能力を持つ。私達が来ることも既に視えている。嘘や隠し事は一切通じない。誠実に本心で接する事。いい?」
「分かった。とはいえ、特に隠すようなこともないがな」
二人は神殿正面の立派な大門の前にゆっくりと着地した。
正門と思われる巨大な門は線対象に作られ白銀が輝く見事な美しさ、それでいてどこか開放的かつ包み込まれるような感覚を覚えた。
両脇には警備兵が直立不動で武器を構えている。
「女神ガイアに謁見したいのだけど」
「お帰りなさいませ。アフロディーテ様」
警備兵はアフロディーテに敬礼する。
「どうぞ。ガイア様にお通しするよう言われております。」
「ありがと♪ さ、中へ入るわよ」
アフロディーテは金髪をなびかせる。
二人は敷かれた赤い絨毯の通路を進んでいく。
白銀のシンプルな作りが美しく、よく整備された神殿は不思議と歩いているだけで気分がよくなっていくのが分かった。
「何故か親近感が湧くと言うか、落ち着く雰囲気の神殿だな。オリンポスとはまた随分と感じが違う」
「そうでしょうね。オリンポスは私にとって窮屈だったわ。オリンピア上級学院も。統治する神によって感じ方が変わるのかもね」
「なるほどな。一理ある」
しばらく進むと、これまでの整備された景色と一転して神殿のデザインの中に違和感を感じる、まるで植物園のような植物の生い茂った大きいホールが見えてきた。
植物たちの葉の先から小さな青白いエーテルがぽつぽつと空に飛んでは消えていく。
芝を踏みしめる度にエーテルが舞う幻想的な風景。
床よりやや高い位置に祭壇のような場所があり、そこに佇む大きな玉座が目に入った。
「アフロディーテにアポロンですね?」
植物の庭園に入るや否や、女性が声をかける。
アポロンは思わず息を呑んだ。
深碧色のローブに身を包み、母のように優しく微笑みかける大地色の美しいウェーブの髪の女性。
女神ガイア。
「ただいま戻りました。ガイア様」
アフロディーテは跪き頭を垂れる。
アポロンもアフロディーテにならい膝をつく。
しばらく沈黙が続きようやく玉座に座る女神ガイアが口を開く。
「それで、アッフィ・・・こほん! アフロディーテ。オリンピア上級学院は楽しめたかしら?」
(ん?・・・気のせい、か?)
「そう! 気のせいですよ、アポロン」
「は、はぁ・・・」
拍子抜けしたアポロンは開いた口が塞がらなかった。
「こほん! 二人とも楽にしなさい」
「・・・ガイア様、もう遅いですよ」
アフロディーテは息を吐き立ち上がった。
「な、何よぅ。あなたが友人を連れてくるって言うから、少しは女神としての威厳を示そうとしたんじゃない」
「そもそも、そのような演技など慣れていないでしょうに・・・無理に好感度を上げようと慣れない事するからボロが出るのですよ」
アフロディーテは髪を掻き上げる。
アポロンは訳がわからず跪いたまま硬直していた。
「ほら、あなたも立っていいわよ。」
「あ、ああ・・・」
「ちょっとアッフィー?! それ私のセリフ! 私が言おうと思っていたのに!」
ガイアは頬を膨らまし抗議する。
それを見たアフロディーテは深いため息をついた。
「ガイア様。そのアッフィーというの、やめてくださいって何回も言っていますよね?」
「だ、だってぇ~。そのほうが呼びやすいじゃない? アフロディーテなんて、長くていちいち毎回呼んでいられないわ。噛みそうだし」
「・・・ガイア様、何気に酷い事言っていると気付いていらっしゃいます? それに、既に何度も噛まれています」
「もうっ! 細かい事はいいじゃない。長いのは本当なんだし。ねぇ? アッピーもそう思わない?」
「ア、アッピー・・・?」
アポロンは己がイメージしていたガイア像が凄まじい速さで崩壊していく感覚に追いつけていなかった。
「それにしても、あの人見知りだったアッフィーが友人を連れてくるなんてね~♪ それも男の子♪ よほど気に入ったのね!」
「ち、違います。こいつにアースに来たいと頼まれたから、手を貸してやったまでです」
「照れちゃって可愛いー♪ ちゃんと青春してるじゃないの。お母さん安心しました♪」
「いつから私の母になったのですか・・・」
アフロディーテは額に手を当てる。
「そんなことより。こいつ、ガイア様に用があるんですって」
アポロンは一歩前に出る。
「ガイア様に教えていただきたいことがございまして、謁見しに参りました。突然来訪したご無礼、お許しください」
アポロンは深々と頭を下げる。
「ちょっと! 畏まらないでよアッピー! 同じ神族なんだから仲良くしましょ♪」
「は、はぁ・・・分かりました。善処します、女神ガイア。」
「実は・・・」
「この世界の、星の歴史。そして『銀の世界』が始まるきっかけとなった大戦、ティタノマキアについて知りたいのよね?」
ガイアは呆然とするアポロンにウインクする。
「いいわ。私の持つ知識でよければ教えてあげる。どうして三国が対立したのかも」
アポロンは自然と姿勢を正しガイアの言葉に耳を傾けた。
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