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第52話 歪み始める思い


アテネ神殿、大通路―――――。


「お父様!! 納得できません!! 侵略なんて反対です!! 考え直してください!!」


ゼウスはアシーナの声が聞こえていないかのように無視して歩き続ける。


「お父様っ!!!」


「くどい!!!」


「あっ!!」


ゼウスはローブの裾を掴むアシーナの頬を思い切り叩き、弾き飛ばした。


ゼウスは倒れるアシーナを睨み下ろす。


「既に決定した事をいつまでもぐだぐだ言いおって。汝は何も考えず私の為にその力を振るえばよい。誰が、何の為に手塩にかけ育ててやったと思っている?」


「・・・・・」


アシーナはただゼウスを睨む。


「うあっ?!」


ゼウスは反抗的な娘の態度に苛立ち、アシーナの髪を乱暴に掴み上げた。


「まだ己の立場が分かっていないようだな。このユピテリアに、オリンポスに生まれたという事は私の為に尽くすという事だ。たとえ主神である私の娘であろうとそれは変わらぬ」


アシーナの髪を掴んだまま顔を床に押し付ける。


「神も人間も、私が導く。他者では愚かな歴史を繰り返すのみ。その為にも、この世界の覇権を握る事は絶対かつガイアの持つ千里眼(プロフィティア)が必要不可欠だ」


「汝らはただ黙って私に従いその力を振るえばよい」


ゼウスはゴミを放るようにアシーナを離した。


「領主としての自覚が足りないようだな。いつまでも学生気分でいるようではこの国の為にならん。くだらん事を言う前に目の前の仕事を着実にこなせ。」


「この私に意見するなど1000年早い。たとえ我が娘だとしても、役に立たぬのなら汝に存在価値などない」


ゼウスはそう言い放ちその場を去った。


「・・・・・・」


アシーナは床に倒れたまま拳を強く握る。その紅蓮の瞳は涙で歪んでいた。


アシーナは何とか立ち上がりゲートに身を投じる。


アテナイ村の領主室に戻ると、召使いの一人が部屋の清掃を終えた所だった。


「お帰りなさいませ。アシーナ様」


「・・・・ただいま」


召使いはアシーナの顔を見て青ざめる。


「アシーナ様?!! お顔が!! それにその髪は!!」


アシーナの頬は赤く腫れあがり、美しい常盤色の髪はボサボサになり汚れていた。


「すぐに手当てしますのでお待ちください!」


召使いは急いで部屋から出ていった。


「・・・・・」


魂が抜けたように椅子に腰かけぼんやりと窓の外を眺めていた時、一羽の鳥の使い魔が窓をすり抜け入ってきた。


『―――アシーナちゃん。これから少し、時間あるかい? この言伝を聞いたら、サングラッセンに来てほしい。待ってるよ』


使い魔はそう言い残し消滅した―――――。



サングラッセン王の間にノックする音が響く。


アシーナは扉をゆっくりと開き中へ入る。


扉に控えていた二人の召使いは少女の顔を見て思わず両手で口を塞ぐ。


「・・・お待たせして申し訳ありませんでした。ミノス王」


「アシーナちゃん。今はそういうのはいいから」


ミノス王はいつになく険しい顔をしている。


腫れる頬に張られた布にボサボサの髪。王に謁見するにしては、どう見ても身だしなみが行き届いていなかった。


普段の彼女ならまずこうはならない。

 

「っ!!」


彼女の痛々しい姿にミノス王は目を逸らす。


「何か・・・御用でしょうか?」


アシーナの眼には明らかに生気が宿っていなかった。


「済まない。僕がもっと・・・粛清覚悟で食い下がるべきだった。君には何の落ち度もない。君は正しかったよ。あの場にいた誰よりも」


「僕もアシーナちゃんに完全同意だ。わざわざ戦争なんて仕掛ける必要なんてないと思っているし、争わないに越したことはない。だから・・・」


「もういいんです。決定した事ですから。私はエポヒとしてゼウス様に従い、任務を全うするのみです」


ミノス王はアシーナの肩を掴む。その手に力がこもる。


「・・・痛いです。ミノス王」


「だめだ! アシーナちゃん!!」


「君はその手を汚してはいけない!! 君が、君だけがオリンポスを! ユピテリアを変える事が出来る唯一の希望なんだ!」


「ゼウス様の娘として生まれ、類稀な才能に恵まれ、それでいて一切(おご)る事のない人格者! この間違ったやり方を変えられるのは、君しかいないんだ!」


ミノス王は取り憑かれたようにまくし立てる。


「・・・取り乱しちゃってごめん」


「僕は・・・分かっていたんだ。ゼウス様のやり方は、決して正しくないという事が。ユピテリアの神々の考えが歪んでいる事が」


「だけど、たかが一人間でしかない僕には、行動を起こす勇気が持てなかった。誰かが代わりにやってくれるのをずっと待っていたんだ。そんな時、神殿で君と出会った」


「まだ幼い少女とは思えないほど達見で、思いやりのある優しい子だと思った。この子しかいないと思ったよ」


「ほとんど会う事が出来なかったから、せめて会った時は僕の持つ知識や考え方をどうにか教えようとした。ずるい事なのは分かってる。そして君に全て押し付けるような、酷な事を言っている事も重々分かっている」


ミノス王の手の力が緩む。


「それでも、君にしか頼めないんだ・・・」


「・・・だったら」


「だったら・・・私は、どうすれば良かったのですか? ・・・私にできる事は何だったのですか? どうすれば・・・争いのない、平和な世界になるのですか?・・・」


「どう、すれば・・・?」


アシーナは顔を覆う。


「だったら、教えてください。教えてくださいよ・・・・ミノス王。あの頃のように」


泣き崩れる彼女を優しく抱擁したミノス王の表情はいつになく険しいものになっていた。


ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます!


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