第51話 冥界の空
冥界領域タルタロスは、この世界を構成する三領域の最下層に位置する。
元々タルタロスは神や人間は住んでおらず、地上領域アースで暮らしていた者が罪を犯した時に島流しにされ、そこで繁栄した者達の子孫という歴史的背景がある。
「ここがタルタロス・・・」
黒いゲートをくぐり俺達は広い草原に降り立った。どうやら直径数メートルほどの小さな島らしき場所に着地したらしい。
天空領域ユピテリアの自然豊かな雰囲気とは反対に、薄暗く自生する植物も生気がない色をしていた。
「にけ!!」
ピュラは俺の服の裾を強く引っ張る。
「そんなに騒がなくても聞こえている。どうした?」
俺は呆れてピュラの指さす前方に視線を移す。
地面に満天の夜空が広がっている。思わず見とれてしまう程美しい星空だ。
ふと天を見上げる。
空には広大な大地が広がっていた。
めちゃくちゃな構造の風景に、俺はしばらく立ち尽くしていた。
「驚かれたでしょう? この冥界領域は天地が逆転しているのです」
「不思議な感覚だ・・・まっすぐ立っているのに、空と地面だけが真逆なのか」
「それにしても、まるで訪れたことがあるような口ぶりだな。」
「ええ。とはいえ、私が訪れた事があるのは奈落の闇に選ばれ闇の力に目覚めた後。それも一度きりです。ですので、あなた方と似たようなものですよ」
メティスは苦笑いする。
下に広がる満天の星空は、よく見ると水面に映るように揺らめいている。
ピュラはその碧眼を輝かせ、好奇心から満天の夜空が広がる地面へ足を踏み出そうとする。
「ピュラさん!!!」
テッサは咄嗟にピュラの腕を取り自分の方へ引き寄せた。
「てっさ? いたい・・・」
「も、申し訳ありません」
テッサはすぐにその手を離した。ピュラの手首は赤く腫れている。
「どうした? 追い詰められたような顔して」
「い、いえ。何でもありません」
テッサは語ろうとはしない。
「その巨神族の少女、あのまま飛び込んでいたら確実に死んでいたでしょう」
メティスの言葉に俺は眉を上げる。
「どういうことだ? 海に空が映っているだけではないのか?」
メティスは首を振る。
「先程もお伝えしましたが、冥界領域タルタロスは天地が逆転している世界。つまり、水面に映る空に落ちれば二度と戻ってこられない、正真正銘の『空』なのです」
「この場所は周りが海の姿をしているので分かりにくいですが、とにかく地面に映る空は本物です。その幻想的な美しさに惑わされてはいけません」
「ここ冥界領域では太陽を拝むことはありません。常に夜で明かりは月明かりのみですので、うっかり空に落ちないように注意したほうが良いでしょう」
「なるほど、そういう事か。良かったなピュラ。テッサのおかげでリタイアせずに済んだぞ。感謝しろよ」
ピュラは首を傾げる。
「それにしても、お前になぜそれが判断できた? メティスは一度来た事があるようだから分かるが・・・まさかお前、タルタロスに来た事があるのか?」
テッサは軽くため息をつく。
「そういう所にはしっかり気付くのですね。あなたのそういう所は少しイラッとしてしまいます」
「気分を悪くしたのなら済まなかった。ただの好奇心だ。答えたくなければ答えなくていい」
テッサは首を振る。
「構いませんよ。私はタルタロス出身。ただそれだけです」
「ほう。貴様はタルタロス出身なのか。ならば話は早い」
「だが、タルタロス出身でありながら何故ユピテリアにいた? 世界の構造上、タルタロスとユピテリアは互いに一番遠い場所にある。神でもない人間のお前が、どうやってユピテリアにたどり着いた?」
メティスの問いにテッサは沈黙を貫いた。
「それよりメティス。これからどうするつもりだ? まさか観光に来たとは言うまい?」
「まずは冥王ハデスに会います。詳しい話はそこでいたします」
「ただ、ハデスの住まう城の門にはケルベロスという三つ首の魔獣が門番を務めています。ケルベロスを倒せない者には謁見の許可すら与えられない」
「怨霊の類でなければ問題はない。その魔獣とやらは殺してしまっても構わないのか?」
「ケルベロスはハデスの霊獣。使い魔のようなものです。倒されてもハデスが生きている限り何度でも召喚できるようです。倒してしまって構いません。」
「なるほどな。目的地が決まっているのなら早いとこハデスに会いに行くぞ」
俺とメティスが方向性を話し合っている間も、テッサは会話に加わろうとはしなかった。
「テッサ、それでいいか?」
「え? ええ。いいと思います」
俺はテッサの態度に疑問を抱いたが、しばらく様子を見る事にした。
「それでは参りましょう」
「勝手な行動して死なれたらかなわんからな」
俺はピュラの前で背中を向け、片膝をついた。
ピュラは勢いよく俺の背中に抱き着いてきた。
「ごー! ごー!」
ピュラは早く進めといわんばかりに手を振り上げる。
あまりにも能天気なこいつに、もはやため息すら出なくなっていた。
ピュラを背負い、俺とテッサは星空を映す幻想的な海に浮かぶ島々を軽々と越え、先を行くメティスの後についていった。
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