第4話 道しるべを求めて
アテナ島・アテナイ村。
巨大な木の下で少女を後押しするように優しくそよぐ風が、瑠璃色のブレザーと気品を感じさせる黒ベースに赤チェックのスカートをはためかせている。
風になびく美しい常盤色の長髪を押さえ、燃える宝石のような真紅の瞳は悲しげな表情を浮かべ上を向いている。
きっちりと制服を着こなすアシーナは、心身ともにより麗しく、より優美に成長していた。
首に掛けられたオリーブのお守り。そして胸元には金色の勲章がきらりと輝く。
見上げる彼女の視線の先には、虹色に輝く巨大な神木が空に向かい伸びている。
オリーブの神木だ。かなりの老樹だが、それを感じさせない堂々とした佇まいでそびえている。
「ニケ。きっと生きているよね? どこかで元気にしているよね?」
アシーナはお守りを握りしめ神木に問いかけるように語りかける。
反応はない。
「私の声には答えてくれないの? それとも私にはまだその権利がない?」
再び問いかけるがやはり返事はない。
「・・・・・はぁ。」
しばらく神木を眺めていたが、諦めたように肩を落とす。
唇をぎゅっと結びお守りを強く握りしめもう一度神木を見上げる。
「このままじゃダメだ。もっと成長して、神託を聴けるようになって・・・」
「ニケを見つけ出す。必ず。」
彼女は強く誓う。何のために進むのか。誰がために力をつけるのか。その顔に迷いは一切感じられない。
誓いを胸にアシーナは神木に背を向け空間移動術・『ゲート』を開く。
一度だけ振り返り、神木を再度見つめる。そして覚悟を決め、緊張した面持ちで『ゲート』に消えていった。
神木は、立ち去る彼女を見守るかのように優しく輝いていた。
薄暗い石畳の袋小路にブーツの重厚な足音が響く――――。
少年だった黒髪の男は、見違えるほど逞しく、大きくなり服の上からでも分かる程鍛えられた肉体へと成長していた。
汚れた衣服に身を包み衣類から覗く手や脚は包帯のようなもので巻かれ、使い古された黒いボロボロのマントを羽織っている。
右手に仄かに光る球体を浮かせ辺りを照らす。
「これだけ探し回ってもまだ出口は見つからないのか・・・」
俺は心底うんざりしていた。
「一体どれほどの時間迷宮を彷徨っている?」
生き延びると誓いはしたが、さすがにこれだけ長い期間彷徨い続けていると諦めたくもなってくる。常人ならとうに心が折れていただろう。
俺は呪われたこの力で何とか生き延びることができた。何よりも―――――。
俺は首に光るお守りを握る。
「俺が今どこにいるのか、それすら分からん・・・果たして本当に出口に近づいているのか?」
「そもそも登っているのか、降っているのか・・・伊達に迷宮を謳ってはいない、か」
辺りを見回しながら進むと道角の奥から光が差し込んでいるのが見えた。
「こんなところに光?」
俺は思わず光に向かい駆け出した。
光の差す場所へ着くと、眼前に広がる景色にしばらく呆然とした。
視界全体に広がる果てしない空、無造作に浮遊する古代の家々や岩々が目の前に広がっていた。
中央あたりに不自然なほど手入れされたような綺麗な岩があり、整備された柱が二本立っている。その床の真ん中に光る魔法陣のようなものが見えた。
本当に迷宮の中にいるのか疑ってしまうほど開放感のある景色だ。
ふと横を見ると大きく螺旋を描いて階段のように下っている岩々が目に入った。岩の階段は魔法陣の光る中心へと続いている。
「あそこが出口か。」
俺はようやくたどり着いた達成感を胸に浮遊する岩々の階段へ向かい歩き出した。
浮遊する岩々の階段を軽快に飛びながら下っていく。
「このまま何事もなく出られればいいが・・・」
リズミカルに地面を蹴り下り中心部に着地する。
魔法陣に踏み出そうとしたとき、上空から巨大な斧が俺に向かって飛んできた。とっさに高く身を翻し、飛んできた方向を見る。
浮遊する大きめの岩と同じくらいの大きさの、上半身は角の大きな牛、下半身は人間の魔物が赤い目を光らせこちらを凝視していた。
「ミノタウロスか。なるほど。どうやら当たりらしい。」
本で読んだことがある。数ある異空間迷宮には、それぞれ迷宮を守る番人がいると。その中にミノタウロスの名前もあった。
浮遊する岩に着地し、上を見上げる。先ほどの巨大な斧は戻るようにミノタウロスの方へ飛んでいく。
「グオオォォーーーーー!!!!!」
それを掴みミノタウロスは咆哮をあげる。しゃがみ込み力を溜め、力強く岩を蹴り迫ってきた。
跳躍した衝撃で足場は砕け散った。凄まじい速さで眼前に迫る。
「いい速さだ。」
俺は闇の力で黒く濃い霧を発生させその場から消えた。同時にミノタウロスの大きく振りかぶった斧が空を切る。
衝撃波が空を切った先に飛んでいき、まるで紙を切るように抵抗なく岩々を切断していった。
「伊達に番人はしていない、か。」
俺は上空に浮く岩に姿を現し、ミノタウロスの放った衝撃波の方向を見つめる。
「グオオォォーーーー!!!!」
ミノタウロスはこちらを見据え、激しく咆哮し再びこちらへ向かって突撃してくる。
「やれやれ。血気盛んだな。まあ、こちらとしても能力を試すいい機会だ。準備運動にはちょうどいい。」
≪黒の鼓動≫。
足元から徐々に真黒に染まっていく。
眼前に迫ったミノタウロスは力いっぱいに振りかぶり目にもとまらぬ速さで斧を振り下ろす。俺の黒く染まった右腕と斧の切っ先が激しく衝突する。
強烈な金属音が響き渡り俺の立つ地面が大きく陥没する。
魔物の息が激しく乱れる。
「グオオオオーーーーーー!!!」
魔物は左手で掴みにかかる。俺は左手でそれを難なくガードする。
人の二倍はある大きさの魔物と力比べをしても顔色一つ変わらない。
「どうした? その程度の力では、俺は壊せない。」
ミノタウロスは渾身の一振りで競り合っていた俺を弾き飛ばした。追い打ちをかけるように両手斧を振りかぶり俺に迫る。速い。
「グガァァーーー!!!」
雄叫びと共に全力で斧を振り下ろす。
俺は瞬時に真黒の刀を生成し振り下ろされた斧に合わせる。
軽快な金属音が響き渡る。斧は真っ二つに割れ落下していく。
「惜しかったな。」
俺は瞬時に黒霧の刀を狼の爪に形を変え、魔物の心臓部に突き立てた。
「グオオォォアアアアーーーーー!!!!!」
ミノタウロスは苦痛で必死にもがくが突き刺さる黒い爪はびくともしない。もがいている心臓部が徐々に闇に染まっていく。
「安心しろ。お前は俺の血肉となる。無駄にはならない。」
ミノタウロスは唸り声をあげながら激しくもがきながら必死に抵抗している。
悲鳴に近い唸り声が激痛を物語る。
数秒経ち、抵抗していた魔物は脱力し黒い爪にもたれ掛った。
爪は霧状となりミノタウロスの全身を包みこみ、やがて液状に変化し俺の右手に吸収されていった。
「準備運動としては少々物足りなかったが、まあこんなものだろう。」
吸収した力を確かめるように手のひらを開閉する。
ようやく魔法陣の前に立つ。
「やれやれ。やっとここから出られるな。」
安堵と同時に怒りがこみ上げてくる。
「ゼウス・・・あいつは必ず俺の手で殺す。」
俺は魔法陣の中心に立ち目を閉じた。
身体がゆっくり浮きあがる感覚を覚えしばらく光の中で浮遊する。魔法陣に呼応するように胸のお守りが淡い光を放っていた。
やがて次元が閉じていくように黒い体は光と共にその場から消えた。
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