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第40話 取り戻せない日々


アルテミスは全力で走る。


彼女の体は淡い緑色に輝いていた。


その後ろから狼の魔物が群れを成し一人の少女を追いかける。


「あっ?!!!!」


アルテミスは木の枝につまずきその場に転んだ。


「グルルルルル・・・」


立ち上がろうとした所に、追いついた魔物に包囲され逃げ場所を失う。


「グオオオオオ!!!」


魔物達は獲物を弄ぶようにアルテミスを痛めつける。


体中を爪で切り刻まれ、次第に真っ赤に染まっていく。


「ああああっ!!!!」


アルテミスは魔物の攻撃を耐えうずくまり、必死に身を守っていた。


そうしているうちにも切り傷は癒え、彼女の身体を修復していく。


アルテミスには物心ついた時から魔物を引き寄せてしまう不思議な力があった。


アルテミスの一族は、神の中でも野性の動植物たちと共存し生きてきた珍しい一族。


一族の中で最も色濃くその遺伝子、エーテルを受け継いでいるのがアルテミスだ。


アルテミスはエーテルを通じ彼らと対話をする事が出来る。


彼女のエーテルは良くも悪くも魔物までも引き寄せてしまうほど特殊なものである。


アルテミスは、自分が囮になる事でペルセスに被害が及ばないように出来る限り魔物を彼から引き離し、彼を守ろうとした。


痛め続けられた少女は傷こそ癒えるものの、絶え間ない苦痛に肉体的にも精神的にも限界が来ていた。


「グオオオオオオ!!!」


魔物は大きな口を開けアルテミスを捕食しようと襲い掛かる。


もはや抵抗もできず力が抜け目も虚ろになり、食われるのを待つだけの悲惨な状況。


その時だった。


魔物達はただならぬエネルギーを感じ、空を見上げる。


そこには、巨大な翡翠色の矢が何本も無数に形成され、魔物達に狙いを定めその鋭い先端を向けていた。


まるで空に揺らめくオーロラのように輝くそれらは脅威を通り越して神秘的ですらある。


魔物達は底知れぬエネルギーに体を強張らせる。


魔物達がその場から逃げようと動き出した瞬間、無数の翡翠の矢は一斉に魔物達に向かい降り注いだ。


矢は神速の如く飛来し、倒れるアルテミスを避けるように魔物を追尾する。


そして次々とその体をいとも容易く貫通し、ハチの巣にしていく。


その場から逃げようと駆け出した魔物も残らず射抜かれ、その巨体がまるで紙くずのように宙を舞う。


魔物達は(ことごと)く断末魔の叫び声を上げ地に伏していった。


わずか数秒の出来事だった。


「・・・・・・・」


虚ろな瞳のアルテミスの周りには、無数の矢に射抜かれ絶命する魔物の亡骸が積み重なっていた。


「ペルセス!! アルテミス!!! どこにいる?!」


ただならぬ気配を感じたアポロンが遅れて合流する。


「ペルセス!! 何があった?!」


アポロンはペルセスに駆け寄る。胸に爪痕が刻まれ血を流し気を失っていた。


「魔物に襲われたのか?」


「・・・良かった。思ったほど重症ではないな。」


アポロンは簡易的な治癒術を施しペルセスを寝かせる。


アポロンは辺りを見回し、アルテミスの姿がない事に気付いた。


「アルテミス?! どこだ?! どこにいる?!」


魔物の気配を辿り走り出す。


アポロンは茂みをかき分け、アルテミスを発見した。


「こ、これは・・・・・」


倒れたアルテミスの周りには魔物の死体が複数転がり、辺りは血の海と化していた。


やがて魔物達はエーテルとなり空へ消えていく。


「アルテミス!!!」


アポロンは気を失い眠るアルテミスに駆け寄り、その体を抱きしめた―――――。



「・・・・・今思えば、かなり不自然だった。なぜ僕は魔物に襲われなかったんだ・・・・・」


ペルセスはあの日の事を思い出していた。


クマの魔物の咆哮で我に返る。


魔物が横たわるアルテミスに襲い掛かる。


「っ!!!!」


気づけば体が勝手に動いていた。


毒を纏った腕で魔物の腹を貫いていた。大きな音を立て魔物はその場に倒れ込んだ。


そして膝をつきアルテミスの頭を持ち上げる。


「・・・・僕は何をしているんだ。」


「に・・・げて・・・ペル、セス・・・・・」


「はあ? 一体何を言って・・・」


アルテミスは大粒の涙を流し、震える声で必死に懇願する。


「お願い・・・逃げ・・て・・・」


アルテミスは声を絞り出し何とかペルセスに伝えようとする。


ペルセスは圧迫されるような気配を感じ取り、ゆっくりと空を見上げた。


ペルセスの頬に一筋の汗が伝う。


そこには、満天の夜空を塗りつぶすように生成された無数の巨大な翡翠の矢が、ペルセスに狙いを定めていた。


アルテミスの神術、≪新月の加護(アタナシア・ヘカテー)≫の能力は自己修復ではない。


アルテミスは受けたダメージを全て自身に蓄積していく。


蓄積したダメージが限界を超えた時エメラルドの矢に姿を変え一気に放出されるが、限界値に近づくにつれ紋章の色は薄くなり、反対に纏うエーテルは濃くなる。


一度発動すると限界値に達し矢が放たれるまで解除できず、アルテミスは倒れることができない。


表面的な損傷は全て癒えるが、内部的にはダメージが残り無かったことにはならない為、解除後に物凄い反動が彼女を襲う。


蓄積するダメージ量はアルテミスのエーテル量に比例するが、アルテミスは『エポヒ』となった5人の中でもずば抜けてエーテル量が多い。


一個人の純粋なエーテル保有量だけであれば、アシーナと同等もしくはそれ以上である。


そんな巨大な貯蔵庫に蓄積されたダメージを矢に変え放出されるエネルギーは途方もなく膨大なものとなる。


故に、翡翠の矢を見るという事。それは即ち死を意味する。


アルテミスの肩の三日月は透明に消えかかり、身体を包むエメラルドのエーテルは限りなく黒に近い緑色にまで濃くなっていた。


「な・・・何だよ・・・これ。」


「お願いだから逃げて!!!! ペルセス!!!!」


アルテミスは必死に体を起こし枯れるほどの大声で訴えた。


そこへ、その時を待っていたかのように翡翠の矢が一斉に降り注ぐ。


アルテミスの目の前に、大量の矢の雨が降り注ぎ視界を遮った。


大地を貫通する翡翠の矢は激しく地面を揺れ動かし砂埃を舞い上げる。


「ペルセス!!!!!!!」


砂埃が晴れるとそこには生い茂っていた木々が吹き飛び枯れた荒野が広がっていた。大地を貫通した無数の穴がその破壊力を物語っていた。


アルテミスは軋む体を無理矢理動かし横たわるペルセスに近づく。


ペルセスは全身翡翠の矢に射抜かれ、大量の血を流し倒れていた。


「そ、そんな・・・・ペルセス・・・・」


アルテミスは這うようにペルセスに寄り添い手を伸ばす。


「フッ・・・・・僕、何やって・・・るんだろ・・・」


全身に風穴が開いたペルセスは見るからに致命傷だった。


「今はしゃべらないで・・・・・すぐに私のエーテルを注ぎ込んで・・・あっ?!」


毒を纏うペルセスに触れたアルテミスは、痛みに顔をしかめ手を離す。


「これは・・・今回ばかりは・・・もう、助からないよ・・・それくらいは分かる・・・」


「い、いや・・・嫌だよ・・・せっかくまた会えたのに・・・・・」


アルテミスは涙を流し毒の痛みに耐えペルセスの手を握り、治療を試みる。


「うあっ!!!」


あまりの激痛にアルテミスはたまらずその手を離す。焦げた音が響き、両手が紫色にただれる。


「・・・僕はずっと・・・あの時、君は一人で逃げ出したと・・・思っていたんだ。」


「・・・・・だけど。そうじゃなかった・・・・・」


ペルセスは額に腕を置き、拳を強く握る。握った拳から血がしたたり落ちる。


隠す瞳から涙が伝う。


「ぜんぶ・・・背負おうとしたんだ・・・僕の代わりに・・・・」


「たった一人で・・・耐えがたい苦しみに・・・怖かったはずなのに・・・それなのに、そんな事も知らずに僕は・・・・」


アルテミスはただれた手を再び伸ばす。その頬には大粒の涙が滴り落ちる。


「いいんだよ。そんな事はどうでも・・・生きていてくれた。嬉しかったんだ。ペルセスが生きていてくれた事が。また会えた事が。」


「あの日伝えられなかった、ずっと伝えたかった気持ちがあるんだ。何度も、何度も心の中で祈ってた・・・生きていて欲しいって・・・・」


「・・・せっかく、再会できたのに・・・どうして・・・?」


瞳を濡らし、大粒の涙が彼女の頬を伝う。


「・・・僕だって・・・君と同じ気持ちだった・・・・」


「ずっと・・・好きだったんだ。君の事が・・・・」


ペルセスは涙を流し真っすぐアルテミスを見つめる。


「私もだよ。ペルセス。」


アルテミスは包み込むような笑顔でペルセスに応える。


「はは・・・これは、勝手に被害者ぶって自分の事しか考えていなかった・・・唯一の友達を信じられなかった、僕への罰なんだろうな・・・」


アルテミスは首を振る。


「今度生まれ変わったら・・・・次は・・・ちゃんと・・・・」


アルテミスは思い切り首を振る。


「・・・・ああ。また、一緒に遊びたかったなぁ・・・アポロンも交えて、さ・・・」


ペルセスはそっと瞳を閉じる。


「いや・・・そんなの嫌だよペルセス・・・」


「これからなのに・・・・あの日置いてきた時間を取り戻すのは・・・全てはこれからなのに・・・」


「う・・・うぅぅ・・・・」


アルテミスは小さな声を絞り出す。


「・・・・・どうして?」


悲しみに嘆くアルテミスを包み込むように、エーテルは彼女の周りを回る。


そして別れを告げるように空へ舞い上がり消えていった。


アルテミスは行く当てのない悔しさに、ただその場に泣き崩れていた。


ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます!


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