第36話 黒の支配
「お父様・・・・どうかご無事で・・・・」
神殿を目指すアシーナは不安にかられる思いを押し殺す。
疾風の如く森を駆け抜け神殿の西門へたどり着いた。
神殿の最上階に強大なエネルギーを感じ見上げる。
「お父様はまだ無事みたいね。急いで向かわないと!」
アシーナは大きく飛び神殿の外壁を軽やかに登って行った―――――。
ポセイドンとアトラスは互いに肩で息をしていた。
「まさか、ここまでやるとはな。伊達にゼウスの右腕ではないという事か。」
「きさまこそ。単なる賊とタカをくくっていたが、存外やるものだ。」
アトラスは呼吸を整えどっしりと構える。
「いつまでもここで手こずっているわけにもいかぬ。決着をつけさせてもらおう。」
「『大恒星』。」
アトラスを中心に辺り一面に黒い炎が発生し、温度の上昇により大気が揺らめいた。
アトラスは右手を掲げエーテルを集中させる。
「これを受けきれるか?」
やがて巨大な黒い炎の塊を形成していく。
「いいだろう。『海神の息吹』。」
ポセイドンの周囲を囲む三本の巨大な水柱が一つに集まり、エントランス全体を覆う程の水壁となりうねり上がる。
二つの強大な力が解き放たれた、その時だった。
『黒の支配』。
突如、エントランス全体が黒霧に包まれ二つの強大なエネルギーは、粘性を帯びた黒い液体に取り込まれ消え去った。
二人はまるで暗闇の箱の中に放り込まれたような感覚に襲われる。
上下左右が漆黒の闇に支配された黒霧の上で、不気味な静寂に包まれていた。
「なっ?!」
「こ、これは・・・!!」
ポセイドンとアトラスは目の前で起きた出来事に、ただ呆然とする。
黒い液体は引いていく白波のように引っ張られ、開かれた巨大な扉の前に立つ人影の元へ戻っていく。
二人は人影を凝視する。その禍々しい殺気に言葉を失う。
『黒の支配』により、二人はまるで自分の身体ではないかのような、身体の主導権を他人に握られるような感覚に襲われ指一本まともに動かす事が出来ずただ硬直する。
「お、お前は・・・・・・!!」
人影は闇に染まった無音の世界をゆっくりと進み、二人の前に立つ。
「嬲り殺される覚悟はできているんだろうな? アトラス。」
「まさか・・・お前がニケ・・・何と禍々しい圧力・・・」
ポセイドンは闇の力を目の当たりにし驚愕する。
「お前は邪魔だ。」
ニケはポセイドンに見向きもせず左手をかざす。
ポセイドンは己の意思に反して三叉の矛を生成し、自ら己の胸元に切っ先を向けた。
「くっ?! 身体がいう事を聞かぬ!!」
ポセイドンはさせまいと全力で抵抗するが、闇の力に浸食された身体は自身の意思では全く動かす事ができない。
ポセイドンはついに自ら三叉の矛を突き立て、己の心臓を貫通させた。
「がっ!!!!!」
心臓を貫いた瞬間に三叉の矛は消え、ポセイドンの身体は広がる黒霧の床に倒れ込んだ。
「神の腐った力などいらん。そのまま朽ち果てろ。」
ニケは手をかざしたままアトラスを見据える。
「き、貴様・・・・・」
「今更後悔した所でもう遅い。お前は俺の逆鱗に触れた。そこに転がる神のように簡単には殺さない。」
「この世に生まれたことを後悔したくなるほど嬲り弄んだ末に殺してやる。」
この世のものとは思えない冷え切った目がアトラスを捉えて離さない。
「な、何とおぞましい目を・・・・・」
ニケはゆっくりとアトラスの前まで歩いてくる。
「お、おおおお!!!!」
アトラスは必死に体を動かそうとするが、黒い空間に支配された体は全く言う事を聞かない。
自身の意思に反して、もがく右手が黒炎を発生させる。
そしてそのまま自身の脇腹に押し当てた。
「がっ?!! あああああああああ!!!!!!!」
アトラスは苦痛に顔をしかめる。
ニケはもがき苦しむアトラスの眼前に立ち、指先から闇の力を凝縮した黒液一滴作り出した。
その液体を彼の両脚に垂らす。
黒い液体はアトラスの内部に浸透し黒色に染めていく。
腿の付け根から足の指先にかけ肉体が波のようにうねり、ゆっくりと骨が砕けていく。
骨の折れる鈍い音がエントランスに響き渡る。
「ぐああああああ!!!!! あああああ!!!!!!!!」
アトラスは叫び声を上げ、両膝をつく。
本来ならとうに転倒するダメージだが、黒霧に覆われた天井から黒縄を生成しアトラスの両腕を縛り上げ、ニケは倒れる事を許さなかった。
「ほう? 巨体のお前でもそんな声を上げるんだな。」
アトラスに折れた脚で跪かせ、冷酷な眼差しで見下ろす。
「ちょうどいい。この方がやりやすい。」
ニケは凝縮させた黒液を更に一滴生成する。
その黒液を、恐怖に染まり見開くアトラスの片目に垂らした。
「がっ?! ぐああああああーーーー!!!!!」
アトラスの片目は闇に浸食され、想像を絶する苦痛と共に間もなく使い物にならなくなった。
あまりにも悲痛な叫び声に、エントランスの隅で寝かされていたピュラが意識を取り戻す。
「・・・・・・・にけ?」
ピュラはうっすらと開いた半目で慣れ親しんだ匂いを持つ男を見る。
匂いは良く知る大好きなものだった。しかし、その男から発せられる異常な殺気に凍り付く。
ピュラが別人と見間違えるほど怒りの感情に支配された冷酷無残なニケを前に、ピュラは言葉を失った。
「笑わせるな。この程度で悲鳴を上げてもらっては困る。」
ニケはアトラスの掌を操作し、その掌から黒炎を作らせる。
それを、黒霧を纏った自身の手で彼の掌ごと握り潰し能力を喰らった。
「ぐわああああーーーーー!!!!!」
悲鳴を上げるアトラスを尻目に、たった今吸収した黒炎を発生させる。
「なかなかいい炎だ。悪くない。」
「さて。この炎でどうやって弄ばれたい? 足元から闇の浸食と共に燃やしていくか? それとも弱火で集中的に首元を焼いて呼吸困難にさせようか?」
「元はお前の能力だ。少しくらいは希望を聞いてやる。」
「・・・・・・殺せ。」
アトラスは真っ青な顔で懇願する。
「断る。」
「お前に選択の自由など与えていない。どうやって弄ばれたいかを聞いているんだ。」
「頼む。もう、殺してく・・・・・」
話し終わる前に黒炎を纏った拳でアトラスの顔を叩く。
歯が折れ、血と共に飛び散った。口の中は血だらけになっていた。
「選択肢は与えていないと言ったはずだ。」
ニケはアトラスの髪を引っ張り顔を近づける。
「まあいい。そろそろ飽きてきた所だ。もう少しいたぶった後、望みどおりにしてやる。」
ニケが更に追い打ちをかけようとした時、背後から小さな温かいぬくもりを感じた。
ニケの手が止まる。
抱き着く少女の手は震えていた。
「にけ・・・やめて・・・・・」
男の背にしがみつく彼女の手が強くなる。
「ぴゅら、もうだいじょうぶ、だから・・・・・」
ピュラは絞り出すように、何とか言葉にする。
その声は震えていた。
「・・・・・・・・ピュラ?」
ピュラの言葉にニケは固まった。
次第に黒霧で充満したエントランスが明るさを取り戻していく。
ニケが振り返ると、青空のような美しい碧眼を濡らし泣きたてる少女の姿があった。
「もどって・・・・・おねがい・・・・・」
「かえってきて・・・ちゃんということきくから。もういっぱいたべたりしないから。・・・・・いいこになるから。だから・・・・」
何かに取り憑かれたように感情に支配されていたニケは、少女の言葉で心が次第に鮮明になっていく。
少女の頭に優しく手が置かれた。
ニケは腰を落としピュラの目線に合わせる。
「俺が悪かった。怖い思いをさせて悪かった。お前はそのままでいいんだ。だから、泣くのを止めてくれ。」
「う、うぅぅ・・・にけ・・・・・」
「ありがとう。ピュラ。」
「うわあぁーーーー!!!」
抱き着くピュラの頭を撫で、強く抱きしめる。
震えるその肩は、あまりにも小さく弱々しかった。
しばらく抱擁しピュラを落ち着かせる。
俺は深呼吸してゆっくりと立ち上がり、瀕死状態で横たわるアトラスに向き直る。
彼の身体の半分以上がすでにニケの闇に侵され真黒になっていた。
「今、楽にしてやる。」
「い、いや・・・オリジナルの・・・お前の闇の力が体内を浸食・・・している。」
「どのみち、長くは持つまい・・・・」
話すのがやっとの状態のアトラスに笑みがこぼれる。
俺は目を背けた。
「も、もともと・・・お前達を・・・襲うつもりはなかった。ヘリオスの奴が・・何か勘違いさせる行動を・・・とっていたようだがな・・・・・」
「がはっ!!!」
アトラスは痛みに血を吐く。
「そこの・・・お嬢ちゃんに・・・手荒な真似をしたことは、謝罪する・・・」
「こ、こうでもしなければ・・・お前は、神殿に来ることは・・・ないと、思ったのだ。」
「どういう意味だ・・・・?」
俺はあまりにも予想外の言葉に困惑する。
「ボスに・・・メティス様に会えば・・・全てが分かる・・・」
アトラスは大きく咳き込み血をまき散らす。
「・・・そろそろ・・・潮時、か・・・・」
アトラスは目を閉じる。
「ま、待て!!! どういうことだ?! ちゃんと説明しろ!!!」
俺は片膝をつきアトラスの頭を担いだ。
「俺も、間もなくエーテルに帰す・・・・・」
「そのエーテルは、オリジナルであるお前に、還るだろう・・・我らはそのために存在・・・しているのだ・・・」
「おい! どういうことだ?! 何の話をしている?! 答えろ!!」
しばらく揺するがアトラスは返事をしなかった。
そっとアトラスを横たわらせる。
立ち上がり、しばらくアトラスを見下ろし立ち尽くす。
すると、アトラスの身体は柔らかい赤色の光に包まれ、やがてエーテルとなり空気中に霧散した。
しばらくその様子を眺めていると、エーテルがニケの元へ集まってきた。
「・・・・・どういうことだ?」
やがて空気中に漂っていたエーテルは、全て俺の中に取り込まれた。
初めてのはずが、どこか懐かしいような感覚を覚える。
しばらく佇んでいると、南の方角からも似たような青白いエーテルの流動がニケに吸い寄せられるように集まってきた。
「一体・・・・・何だと言うんだ。」
それらを取り込むと、再び懐かしい感覚に心が満たされた。
ニケは無意識に掌を開く。
取り込んだエーテルをイメージすると、掌から氷の粒がいくつも発生した。
「これは・・・・確か、あの青髪の・・・」
ピュラは不思議そうな顔で俺を見つめている。
俺はピュラの頭を優しく撫でる。
「そういえば、こいつを返さないとな。」
俺は腰につけていた短剣をピュラに返した。
ふいに天井を見上げる。
「・・・・・最上階か? ゼウスと、もう一人。こいつらと同じような力を感じる。かなり大きいな。親玉とみて間違いなさそうだ。」
「ピュラ。ここから先は命の保証はない。お前を守り切れるかどうかも正直分からない。それでも・・・」
「それでも、俺についてきてくれるか?」
俺は手を差し出す。
その手は握られなかった。
差し出した手をすり抜け、少女はニケに全力で抱き着いた。
「にけがいった! ずっとそばにいるって! にけとぴゅら、ずっといっしょ!!!」
俺は思わず笑い声を漏らす。
「はは。そうだったな。」
俺はピュラの頭を乱雑に撫でる。
「行くぞ。こいつらの親玉に聞かなければならない事がある。」
奈落の闇は何か重要な事を隠している。それを確かめなければならない。
簡単にはいかないだろう。
それでも、問いたださねばならない。
この力は一体何なのか。アトラスの言っていた言葉の真意は何だったのか。
俺とピュラはゼウスのいる最上階を目指し螺旋階段を駆け上がっていった。
ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます!
評価およびブックマークありがとうございます!
とても励みになっています!




