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第35話 氷炎乱舞


オリンピア上級学院の西側にはオリンピア学園へ通ずる大きな橋がかかっている。


生徒達は教授らの誘導のもと、エーテルを吸い取られフラフラになりながらも橋を目指していた。


「まあ、そりゃここを通るわな。」


一人の人影が生徒たちの前に立ちはだかる。


「な、何者だ!」


教授の一人が生徒達を庇うように前に立つ。


「俺はパラス。『奈落の闇(エレボス)』の一人だ。」


左耳にぶら下がるキューブのピアスが揺れる。


左目の下にはひし形を模した黒い紋章が、滴る涙のように刻まれている。


「あまり殺生は好まないのだが、これも命令だからな。悪いが全員俺の養分になってもらう。」


「ふざけるな!!!」


教授は神術を発動させようと身構える。


「遅すぎだ。」


その瞬間、教授は真黒の箱の中に閉じ込められた。


パラスが左手を閉じる。


するとキューブ状の黒箱は見る見るうちに縮小する。


「ぎゃあああーーーーー!!!!!」


黒箱の中から悲痛な叫び声と共に骨が砕ける鈍い音が響き、やがてキューブごと消え去った。


「お、何だ。初めて食らったが想像していたよりも美味いな。」


パラスはストレッチの如く首の骨を鳴らし、肩を回した。


「さ~て、こんなに美味い魂なら少しはやる気出すかな。」


恐怖に怯え震えあがる生徒達は咄嗟に頭を抱える。


パラスが左手をかざした時、一枚の薔薇の花びらが舞い視界を遮った。


「!!!!!」


本能的に危険を察知したパラスは素早く後方へ飛んだ。


その瞬間、大きな爆音が響き渡る。


「あら? おかしいわね。そう簡単には感づかれないはずだけど。」


怯える生徒たちの前に、どこからともなく刺繍の入った魔法の帯が舞い降り、下から人一人分の大きさまで巻き上がる。


魔法の帯ケストスの中から戦場に似つかわしくない一輪の花、金髪ウェーブの美女が姿を現した。


その佇まいはまさしく戦場に咲く薔薇。


「へえ。こりゃたまげた。えらい別嬪さんが現れたもんだ。」


「何を当然の事を言っているの? そんな呼吸をするよりも当たり前な言葉をもらっても嬉しくも何ともないのよ。むしろ聞き飽きている分、腹立たしいくらい。」


「おまけに気丈と来た。プライベートなら口説きたいところだったが、そうも言っていられないんだよな。」


「あら、私は構わなくてよ? 最も、私より強くなければ論外だけどね。私に負けるようでは男としての価値はないと思ったほうがいいわ。」


アフロディーテは勝ち誇るように髪を掻き上げる。


「何だろうな。お前と会話をすると異様に昂る自分に驚く。」


「気が変わった。美味そうなエーテルだったからすぐにでも頂こうと思ったが、お前の魂はそのプライドをへし折った後だ。その方が美味いとみた。」


パラスはニヤリと笑う。揺れる左耳のピアスが光る。


「やってみればいいんじゃない? あんたのように言い寄る男は数え切れない程いたけど、これまでに私をその気にさせた男はゼロよ。」


「面白い。なら俺が最初の男になってやろう。」


「そしてその最初の男に殺されるとは、何とも不憫なお嬢さんだ。」


パラスのひし形の紋章が邪悪な光を帯びる。


浮揚の鳥籠(キヴォーティオ)≫。


パラスの周囲に大小様々な漆黒の立方体が浮遊する。


「見れば分かるわ。残念だけど、あんたもその数え切れない男の一人よ。」


アフロディーテの胸元の薔薇の紋章が鮮やかなルビー色に輝く。


大海に咲く薔薇(タラサ・ローダ)≫。


アフロディーテがつぶやくと、足元から無数の赤い薔薇の花びらが舞い上がる。


「それにしてもあいつ、私にこんな面倒な事させるんだからそれなりの報酬は用意するんでしょうね・・・・・?」


アフロディーテは敵を目の前にしながらそんな事を考えていた―――――。



大聖堂内ホール。


「皆、無事に大聖堂から出られたようだな。」


アポロンは己とヘリオスを分断していた青い炎を消す。


「何で僕が野郎を相手にしなきゃならないんだ。女の子の魂だから美味しいのに・・・・・」


「笑わせるな。文句を言いたいのはこちらの方だ。勝手に侵略に来られて荒らされて、迷惑この上ない。」


「割と早めに事態を収拾したくてな。悪いがお前に構っている時間はない。さっさと消えてもらう。」


冷徹な太陽プスィフロス・ヘリオス≫。


アポロンの足元に巨大な魔法陣が展開される。


「君もなかなか人を煽るのが上手いね。」


ヘリオスは眉間にシワを寄せる。


大氷河(ヒオノシエラ)≫。


瞬く間にホール内が氷の世界に変わっていく。


まるで氷穴の中に閉じ込められたかのような錯覚に陥る。


「その余裕ぶった態度を絶望に変えてあげるよ。」


ヘリオスが右手を振り上げる。


突然アポロンの足元から強大な氷柱が突き上がった。


アポロンは氷柱を華麗に躱す。


『壱の弦』。


空中で一本の導線を描く。


神術で描いた導線をなぞり青い炎が燃え上がりヘリオスに襲い掛かる。


「同じ技は通じないよ♪」


ヘリオスは体を捻り宙へ飛ぶ。


炎を躱し、アポロンの頭上から巨大な氷塊を三連続で投下する。


『参の弦』。


アポロンが呟くと、かざした掌から三本の導線が作られ三つの氷塊の中心を貫く。


導線に貫かれた巨大な氷塊はその場で停止した。


同時に導線を伝い青い炎が、凄まじい爆音と共に氷塊を全て蒸気に変えた。


「へえ~。澄ましているだけはあるね。これでも一応、手を抜いてるつもりはないんだけどな。」


「でも、それもいつまで持つかな? この閉ざされた氷の世界は僕が解除するか、僕を倒さない限り消える事はない。その間も徐々に君の体温を奪っていく。」


語りながらヘリオスはアポロンの周囲を取り囲むように大量の氷の針を作り出した。


「さあ、今度はどうする?」


ヘリオスは開いた掌を閉じる。


一斉に氷の針が襲い掛かる。


『拾の弦』。


アポロンは踊るように体を回転させながらステップを踏み、両掌に糸のように伸ばした導線を五本ずつ生成し、針を絡め取り燃やし尽くす。


すぐさま前方に注意を向けるがヘリオスの姿はない。


「残念♪」


ヘリオスは背中から黒霧の腕を生やし背後から現れ、アポロンを捉えた。


「ぐっ!!!」


ヘリオスは黒霧の腕でアポロンの首を締め上げる。


「あはっ♪ 体温と共にエーテルも奪われて動きが鈍ったかな?」


「君の判断力と身体能力には驚かされるよ。僕の前に一人で立ち塞がるだけの事はあるね。」


「それに、ずっと目を瞑っているようだけど、目が見えないのかな? そんなハンデを負っていてそこまで動けるんだから末恐ろしいよ。」


ヘリオスはアポロンの生命力を吸い取り始める。


「ぐあああ!!!」


「まあ、どうせここで死ぬから関係ないけど♪」


ヘリオスが止めを刺そうと力を込め黒霧の腕を伸ばし壁に打ち付けた。


「がはっ!!!」


アポロンは衝撃に血を吐く。


同時に、ヘリオスの腕も一瞬で灰と化した。


「なっ?!! ああああああ!!!!!」


ヘリオスは痛みでアポロンを投げ捨てる。


「ゴホッ!!」


アポロンは反動で咳き込んだ。


「貴様ぁ!!!」


激昂したヘリオスは黒霧の腕を無数に生成しアポロンに迫る。


その瞬間、ヘリオスの左脚が青い炎で切断され灰となった。


「がっ?! ああああっ!!!」


ヘリオスは苦痛の叫び声を上げる。


「むやみやたらに弦を描いていたと思うか? 足元をよく見てみるんだな。」


ヘリオスは苦痛に顔を歪めながら辺りを見回す。


「こ、これは?!」


導線が閉鎖された氷の空間全体に、まるで蜘蛛の巣のように張り巡らされていた。


導線一本一本がヘリオスに手繰り寄せられるように集まっている。


「一歩でも踏み込めば丸焼きだ。」


「き、貴様!!」


「この目が盲目か問うたな。」


アポロンは閉じていた瞳をゆっくりと開く。


綺麗な炎を象った紋章が刻まれた青い右目、そして雪の結晶が刻まれた赤い左目がヘリオスを捉える。


瞳に直接紋章が刻まれ生まれてくる神は珍しい。


神経と密接になっている場所に紋章が刻まれると、本人の意思では制御する事は難しく、常時本人の意図に関係なく能力が発動してしまう場合がほとんどである。


故に、アポロンは周りに被害が出ないよう普段から意識的に目を閉じて生活している。


「俺の瞳は少々特殊でな。瞳を閉じていないと神術をコントロールできないんだ。」


アポロンの身体からエーテルが溢れだす。


「安心しろ。痛みはない。一瞬だ。」


「お、おのれ!!!!」


ヘリオスは妨害しようと手をかざす。


しかし、ヘリオスがアポロンの瞳に魅入られた時には遅かった。


「『氷炎の音色(ヒレミア)』。」


ヘリオスの身体が一瞬にして赤い氷で覆われ閉ざされる。


同時に、凄まじい熱量の青い業火で対象を一瞬にして焼き尽くした。


ヘリオスの身体は膨大なエネルギーにより弾け飛び、跡形もなく燃え尽きた。


彼を形成していた体はエーテルとなりその場に漂う。


熱膨張。急激な温度上昇により体積が膨れ上がる現象。


アポロンが捉えた対象は、これが瞬きよりも早く行われる。


気づいた時には灰と化す瞬殺の神術。


氷漬けにされたホールは次第に元に戻っていく。


「くっ・・・・」


一度に神術を使いすぎ、そして漏れ出ていたエーテルの疲労が一気に押し寄せる。


「くっ・・・早く・・・神殿に向かわなければ・・・」


アポロンはその場に倒れ込み目を閉じた。


ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます!


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