第34話 吹き荒ぶ風
「皆さん落ち着いて、ここから外へ出て学園の方へ!」
レト教授は学院西棟で生徒達の避難誘導をしていた。
突然、一人の生徒がその場に倒れ込んだ。
レトは急いで駆けつける。生徒は気怠そうな表情で疲れ果てていた。
「大丈夫ですか? すぐに治癒神術を・・・」
レトが治療を試みる傍らで、他の生徒達も次々と倒れ始めた。
「一体、何が起きて・・・うっ・・・」
ついにレトもその場に倒れ込む。
「ち、力が入らない・・・・・?」
「レト教授!!」
レト教授は抱きかかえられ、虚ろな瞳が長い白髪の女性を映す。
「アマルティア学院長・・・・・?」
「大丈夫ですか?」
「肉体的に痛みはないのですが・・・」
「疲労感がすごくて、体の内側からやる気がなくなるような・・・全然体を動かせません・・・」
アマルティアは自身の両目にエーテルを流し集中させる。
「これは・・・・・」
レトの身体から少しずつエーテルが流れ出ている。
「一体、いつから・・・・・?」
(いくらエーテルが身体を構成するエネルギーだとしても、流石にこの微量では昨日今日でここまで疲弊する事はあり得ない。)
(ゲートの不具合の確認、空間の歪みを察知したのが約二週間前・・・・・そして式典に合わせたようなタイミングでの襲撃。)
「・・・・・まさか。」
アマルティアは自身の持つエーテルを拡大するイメージで、意識をオリンポス全域へ向ける。
オリンポス神殿、オリンピア学園、そして上級学院が収まるほどの広範囲においてエーテルの流出を至る所で確認された。
「なんてこと・・・・・」
「・・・が、学院長?」
「本当なら、学院の責任者として最後まで院内に残るべきなのですが、やらなければならない事があります。」
アマルティアはレト教授を横たわらせ、東棟の方を見る。
「もうしばらくの辛抱です。待っていてください。」
アマルティアは急ぎ違和感を覚えた方角へ向かった―――――。
「オラァ!!!」
アレスは≪軍神の双槍≫でアスタリアを思い切り薙ぎ払う。
大量の土砂を噴き出し土に還る。
アレス達の周りを数十体のアスタリアが包囲している。既に幾度となく破壊と再生を繰り返していた。
「酷いですね。女性に対しここまで容赦ない一撃を加えるなんて。」
アスタリアは嬉しそうな表情で微笑みかける。
「あぁ? 何言ってやがる。ただの人形だろうが。」
言いながら近くのアスタリアの姿をした土人形を両断する。
「噂通りの野蛮人ですね。怖いです。」
「はっ! よく言うぜ。一人攻撃の届かない場所で高みの見物としゃれ込んでる癖によ。」
アレス達の周りだけでなく、アスタリアの周りにも無数の土人形が彼女を守るように囲っている。
「せいぜい頑張って私の≪狂気の宴≫を突破してみてください。疲れ切った所を美味しく頂きますので。」
アスタリアの≪狂気の宴≫は、自身のエーテルを土や砂に注ぐ事で分身を作り出す事ができる。
個体ごとに多少性格の違いがあるが、基本的に本体と同じ思考回路を持つため行動原理に大きな差はなく、アスタリアとして機能する。
加えて、念じるだけで管理・操作は容易に行えるため自由自在。
必要に応じ、命令を書き換える事で強制的に本体の念じる行動を促す事が可能である。
一度に生成できる人形の数は100体までだが、総生成量はアスタリアのエーテル許容量に依存する。
「はあっ!!」
デイモスが地面に手を当てると、凝固した大地が巨大な棘となり突き上げ土人形を貫いた。
「やっ!!」
エリスは自身の周りに作りだした鞭状に伸ばした水で土人形たちをまとめて薙ぎ払う。
どちらの攻撃も土人形を破壊こそできるものの、すぐに大地からアスタリアを象った人形が生成され状況は振り出しに戻る。
「ダメだ。これじゃキリがないよ・・・・・」
「そうですわね。それに何ですの? この力の抜けるような感覚は・・・」
「アレス!! このままじゃ持たないよ!!」
デイモスは叫ぶ。
「分かってる。」
アレスはデイモスの言葉を遮り神経を集中させ腰を落とす。
「『ランク5』。」
アレスの右手に真っ赤な長槍が握られ、バンダナが乾いた音と共に弾け飛ぶ。
「まさか?!!」
アスタリアは予想外の高エネルギーに驚きを露わにする。
アレスの口角が上がると同時に、僅かな土埃と残像をその場に残す。
真っ赤に輝く長槍を両手に突撃する様は、まさに鬼神そのものだった。
次々と立ちはだかる土人形を紙くずのように簡単に貫いていく。
アレスはアスタリアの間合いに入り渾身の一撃を放つ。
「終わりだ!!!」
アスタリアはニヤリと微笑む。
アレスの真赤の槍よりも早く、黒霧の棘に形を変えたアスタリアの腕がアレスの脇腹を貫いていた。
「がはっ!!!」
アレスはその場に崩れる。
「アレス!!!」
エリスが悲痛な叫び声を上げる。
「ふふふ。危ない所でした。伊達に『エポヒ』に選ばれていませんね。」
「・・・て、てめえ。その力・・・・・」
アレスは立ち上がろうとするが体に力が入らない。
「そう言えば、言っていませんでしたね。」
「私は『奈落の闇』の一人。闇の力に選ばれし者。とは言っても、私達の力は彼とは違い一方的にエーテルを吸い取るだけですが。」
アスタリアは黒霧の棘に滴る血を舐める。
「ん。やはりいいモノをお持ちです。」
「アレス!!!」
デイモスとエリスが駆け寄ろうとするも、二人ともバランスを崩しその場に倒れ込んだ。
「な、なんです、の?」
「ち、力がはいらな、い・・・」
アスタリアはクスクスと笑う。
「ようやく効いてきましたか。この日に合わせて調整されていたそうですが、てっきり不発かと思い内心焦ってしまいました。」
「まあ、あなた方はよく耐えた方だと思いますよ。特にあなたは。」
地に伏せるアレスを笑顔で見下ろす。
「とても優秀です。そんな方々の魂を食らえるのですから、私は幸せ者ですね。」
アスタリアは唇を舐める。
「それでは、そろそろ頂きましょうか。」
アスタリアは黒霧の棘を振り上げる。
「アレ・・・ス!!」
地を這うデイモスとエリスは必死に手を伸ばした。
死を予感したアレスはアシーナの言葉を思い出す。
「・・・・・アシーナ。お前の言う通りだった。」
「くそ・・・・・」
アレスは目を閉じる。
突如、激しい金属音が鳴り響いた。
ほのかにそよいだ風がアレスの肌を撫でる。
アレスがゆっくりと目を開けると、そこには目が奪われる程美しく、青白く輝く刀身でアスタリアの攻撃を受ける女性が立ち塞がっていた。
「間に合いましたね。」
女性はアスタリアの攻撃を片手で跳ねのけた。
「だ、誰だ。お前・・・・」
女性はため息をつく。
「お前ではありません。テッサです。」
急に現れた謎の女性にアスタリアはたじろぐ。
「一体何者ですか? 情報にない容姿をしていますが。」
「刀剣を探して世界を放浪する、ただの冒険者ですよ。」
地に伏すデイモスとエリスも呆然とテッサを見守っていた。
背後から数体の土人形が現れデイモス達に襲い掛かる。
テッサはアスタリアを見据えたまま後方に長刀エレクトラを横薙ぐ。
その瞬間、全ての土人形が剣圧により粉々に吹き飛んだ。
「ところであなた。ニケさんを見ませんでしたか?」
テッサは何事もなかったかのように、肩で息をするアレスに尋ねる。
「お前・・・・・ニケの知り合いなのか?」
「まあ、そんなところです。その反応、どうやら外れのようですね。」
アスタリアは能力を更に開放する。
「あなたの魂、相当なものですね。今まで見た中で一番綺麗なエーテル。とても人間とは思えない強靭な魂。」
「さぞ、極上の味なのでしょうね。試食せずにはいられません。」
アスタリアは自身の周囲に土人形を生成し、それぞれ黒棘を形成する。
「そうですか。ありがとうございます。ですが、申し訳ありませんが丁重にお断りさせて頂きましょう。」
無数の土人形がテッサに一気に襲い掛かる。
「私には、まだやらなければならない事がありますので。」
テッサはエレクトラを軽々と振り上げ鞘にしまう。流れる動作で腰に携えた美しい緑色の曲刀を抜く。
「な・・・・・」
アレスは信じられない光景を目の当たりにした。
一振り。静寂の中、たった一振り曲刀を薙いだ。
ただそれだけでアスタリアを囲む土人形が全て消し飛んだ。
余りの速さにデイモスとエリスも言葉を失う。
アスタリアは一瞬動揺する素振りを見せるが、すぐに笑顔になる。
「ふふふ。いいですね。そうでなければ食べ甲斐がありません。」
「ですが、いくら土人形を破壊した所で無駄ですよ。私のエーテルが尽きぬ限り無限に作り出せますから。」
アスタリアは手をかざす。
しかし、土人形は現れない。それどころか、土を操作することすら不可能だった。
「なっ?!! 一体何をしたのですか?」
「特別な事は何も。このアルシオーネは、切断したモノのエーテルの流れを遮断する。それだけです。」
「期待していた状況にならなかったようで恐縮ですが、このまま終わらせて頂きます。」
「吹き荒れなさい。アルシオーネ。」
テッサが囁くと、自身を中心に辺り一面に柔らかな風が吹き渦を巻く。
生まれた風は次第に強く、大きくなっていく。やがて嵐となり粉塵を巻き上げ、周囲を包んだ。
アレス達は砂埃に思わず目をつむる。
まともに立っていられない程の強風が吹いたかと思えば、風は一気に和らいだ。
「な、何なのですか?」
アスタリアは半目を開き前方を見る。
テッサの傍らには4枚の黄色い羽が美しい、淡い緑色に輝く精霊が宙を浮いていた。
〖よう! おれを呼んだのはおまえかな?〗
「お初にお目にかかります。アルシオーネ。」
〖外界の空気は数百年ぶりかな? しばらく出ていなかったからすごく新鮮だ!〗
「呼び出して早々申し訳ありませんが、力を貸してくださいますか?」
〖そんなのお安い御用だよ主。それじゃあ、ちょっと身体を借りるぜ!〗
アルシオーネはテッサの周りを元気に飛び回り、勢いをつけてテッサの体の中へ消えていった。
テッサの身体がまばゆい緑色の光に包まれる。
舞い降る雪のような銀髪から一転し、夏の果実のような爽やかな明るい黄色に変化していく。
テッサの足元には小さな風が渦巻き、背中には4枚の透き通った黄色い羽が生える。
曲刀を構え、森の木々のような深い緑色の瞳が開かれた。
アルシオーネはテッサの身体で軽く飛び跳ね、肩を回す。
【おおー!! 何だこの体、めちゃくちゃ居心地いいじゃんか!! ここまで馴染む身体は初めてだ!!】
アルシオーネは曲刀を構える。
【さ~て! こちとら久方ぶりの外界なんだ。簡単に壊れるなよ?】
「せ、精霊・・・・? まさか本当にいたなんて。」
エリスは驚いた様子で精霊と一体になったテッサに釘付けになっていた。
「エリス、知ってるの?」
「ええ。子供の頃に本で読んだことがあります。ですが、精霊は伝説の大地エルドラドの住人とされ、現代では伝説上の生物として語り継がれていますわ。本当に実在したなんて驚きですわ。なんて綺麗・・・。」
別人となったテッサを見たアスタリアは動揺を隠せない。
「あり得ません・・・・・精霊は伝説上の生物。実在するはずがありません。」
【実際ここにいるだろ? おれたちを見ると皆同じ反応するんだよな~。そんなに珍しいかね?】
【まあいいや。お前の魂、あまり美味そうじゃないけど・・・久しぶりの獲物だ。多少不味くても我慢してやるよ。】
アルシオーネは曲刀を肩に担ぎ、アスタリアを手招きする。
「いいでしょう。その魂、二つとも食らって差しあげます。」
冷静を保っていたアスタリアの表情が崩れる。苛立ちを滲ませ眉間にシワを寄せる。
「エーテルの流れを絶っただけでいい気にならない事です。私自身に流れるエーテルを使用し、直接生み出せばいいだけですから。」
アルシオーネは歯をむき出して笑う。
【威勢のいい小動物だ! おもしれぇ!! やってみろ!!】
アルシオーネの放つ凄まじい剣戟とアスタリアの土人形が激しく衝突した。
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