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第31話 ミノス王の頼み


クレタ島を含む五つの浮島には、それぞれの島へ渡るための方舟が運航している。


神々はゲートという移動手段があるが人間には扱えない。


言わば、方舟は島間の移動手段を持たない人間や他種族のためのものである。


島間を渡り切るのには早くても3~4時間はかかる。


道行く人々をかき分け、サングラッセンの大通りを走り抜ける二人。


「サングラッセンから西に行った所に方舟の往来する港町がある。まずはそこへ向かう。」


「ピュラさんの居場所が分かるのですか?」


「ある程度はな。ずっと行動を共にしていたんだ。嫌でも匂いを覚える。」


迷惑そうな俺の顔を見てテッサは口元に手を当て微笑んだ。


「そんな面白い事言ったか?」


テッサは首を振る。


「いいえ。ここまで素直でないのも考えものですね。」


「ただでさえ方舟の運航には時間が掛かります。急ぎましょう。」


二人はサングラッセンの大通りを颯爽と駆け抜ける。


町の出口へ向かい走っていると、門の端から一人の召使いが姿を現した。


「お待ちください。」


召使いは行く手を阻むように二人の前に立つ。


二人は足を止めた。


「何者だ。そこをどけ。俺達は急いでいる。」


「ミノス王からあなた方をお連れしろと命じられています。」


召使いは軽くお辞儀をする。


「この町を統治するミノス王、ですか? 法に触れるようなことをした覚えはないのですが。」


「いいえ。そうではありません。とにかく、話を聞いていただければお分かりになるでしょう。」


「今から城まで戻れとでも言うつもりか? 言ったはずだ。俺達には時間がない。」


「ご心配なく。」


召使いは手をかざし念じた。


すると激しい電撃音と共に、ちょうど人一人通れそうな光のゲートが現れた。


「どういうことだ? ゲートは神にしか使えないはずだ。」


俺は召使を睨む。


「そう警戒なさらなくても大丈夫です。」


「サングラッセンはオリンポス神殿との親交が深い町です。ゼウス様のご厚意により、町の中限定でゲートを使用できるようにしていただいております。この町は広いので。」


「どうぞ。」


召使いが先に入るよう優雅な所作で促した。


俺は召使を見てため息を漏らす。


「仕方ない。行くぞ。」


俺とテッサはゲートをくぐった。


「やあ! ニケ君にテッサちゃんだね! いらっしゃい!」


ゲートをくぐると、おどけた態度でミノス王が出迎えた。


辺りを見回す。


どうやら本当に王の間に繋がったらしい。ゲートを開いた召使いも遅れてゲートから現れた。


「二人ともコロシアムの決闘は見事だったね! 楽しませてもらったよ!」


「Bランクの方は問題が起きて中止になっちゃったけど」


ミノス王は手に持つ王冠を高々と放り投げた。


「おっと、自己紹介がまだだったね。僕はミノス。サングラッセンの王を務めている者だ。」


王冠を頭に乗せ両手で整える。それでもやや斜めに傾いていた。


俺はそんなミノス王を見てため息をつく。


「何が目的だ。俺達には時間がない。くだらない話をしている暇などない。」


「ニケさん。王の御前ですよ。」


様子を見ていたテッサは呆れた様子で一歩前にでる。


「無礼をお許しください。ニケさんも悪気があるわけではありません。」


テッサは深々と頭を下げた。


ミノス王は頭から滑り落ちた王冠を慌ててキャッチする。


「あはは!! 気にしないでいいよ。堅苦しいのは苦手なんだ。」


ミノス王は大笑いする。


「ほらみろ、こいつもこう言っている。お前は気にしすぎだ。」


頭を上げたテッサは何も言わずに冷たい視線でただ俺を凝視する。


何も言わない事が逆に恐ろしく感じた。


「・・・・・悪かった。」


テッサは俺の様子を見て微笑んだ。


「反省しているならいいのです。それと、お前ではありません。」


「・・・・・お前、いつまでそれ言うつもりなんだ。」


「あなたが名前で呼ぶようになるまでです。名前というものは、名付けた人の愛や想いが込められた大切なものです。それを軽んじるような事はしてはいけない。そう思うのです。」


「・・・・・愛や想い、か。」


今まで考えたこともなかった。


「そうだな。気を付ける。」


「はい。」


しばらく様子を見ていたミノス王が割って入ってきた。


「そりゃあ彼氏に名前で呼んでもらえないのは寂しいよね。分かるよ。」


ミノス王は腕を組み一人で激しく首を縦に振る。


「なっ!! ち、違います!!!」


テッサは顔を真っ赤にする。


「あはは! 君は戦闘時とのギャップがすごいね! 初々しい反応だ! テッサちゃん、意外と分かりやすいね。アシーナちゃんとそっくりだ。」


ミノス王は大笑いする。


「何故そこでアシーナがでてくる?」


俺が尋ねると、ミノス王は俺の首にかけられたオリーブのお守りを見て微笑んだ。


「やっぱり。君がアシーナちゃんの・・・・・なるほど。確かにこりゃ一筋縄じゃいかなそうだ。」


「君も罪な男だねぇ。アシーナちゃんも苦労するわけだ。」


テッサは耳まで真っ赤になり俺を見ようとしない。ミノス王はニヤニヤしている。


俺一人だけが何が起こっているのか理解していなかった。


「おい。何を一人で納得している? 一体どういう意味だ? それに、まるで俺を知っているかのような振る舞いだが。」


「アシーナちゃんから君の話は少し聞いていてね。名前までは聞いていなかったのだけど、ぼくがアシーナちゃんの名前を出した時、君はすぐに彼女の名前を口にした。」


「一日二日の付き合いではそんなスムーズに名前はでてこないよ。それに、君のその首飾り。」


「アシーナちゃんも同じものをしていたからね。」


ミノス王は俺の首にかけられたお守りを指さしてウインクする。


「面倒な奴だ。それなら初めに言えばいいだろう。」


俺はため息をつく。


「それよりも、要件は何なんだ? 繰り返すが俺達は急いでいる。遊んでいる暇はない。」


「あーそうそう! 忘れるところだったよ!」


ミノス王は頭を軽く叩いて舌をだした。そのひょうきんな態度を見て苛立ちが増す。


王は真剣な表情で話し始める。


「君達は、『奈落の闇(エレボス)』という名前を聞いた事があるかな?」


「エレボス? 初耳だが、それがどうかしたのか?」


「私も聞いた事はありませんね・・・」


俺とテッサは顔を見合わせる。


「ぼくもまだ調査段階だから詳しい事は分からないのだけど、入ってきた情報によると、名前の通り黒ずくめの容姿をした集団らしい。そしてそのエレボスという組織が、現在オリンポス神殿と上級学院を襲撃しているという報告を受けた。」


それを聞いた俺の心はざわつく。


「・・・それがどうした。」


「何故オリンポスを襲うのか理由は分からないけれど、今は事態の収拾が最優先だ。」


ミノス王は頭上の王冠を取り、俺達に深々と頭を下げた。


「君達の実力を見込んで頼みがある。オリンポスを救うために力を貸して欲しい。」


「断る。」


「無理を言っているのは承知の上だ。本来こうしているぼくが行かなくてはならない事も分かっている。でも、ぼくには王としてクレタ島の防衛義務がある。離れるわけにはいかないんだ。」


「断ると言っている!!!」 


俺は語気を強め釘を刺す。


何故俺がゼウスを助けなければならない。


考えただけでも吐き気がする。


あいつを助けるくらいなら死んだ方がマシだ。


「・・・・・ニケさん。」


テッサは異様な苛立ちを見せる俺を心配そうに見つめる。


「ニケ君、見たところ君には紋章がないようだね。神が紋章を持たないという事が何を意味するのか分かっているつもりだ。どんな生活を強いられてきたのか想像に難くない。こんなお願いは身勝手で筋違いだという事も重々承知している。だけど・・・」


「ゼウスは!! あいつはまだ幼かった俺を10年もの間地下に監禁し続けた!! 神殿の連中からもずっと恐れられ、迫害されてきた!! たかが紋章がないというだけで!!」


「挙句の果てには、正式に俺を殺す大義名分を得るために開花の儀を利用し闇の力を俺に覚醒させてまで、異空間迷宮に幽閉してまで殺そうとしたんだぞ!!」


「父親に騙された上に命を奪われそうになったんだ!! お前にこの気持ちが分かるのか?! オリンポスを救うだと?! 笑わせるな!!!」


気づけば肩で息をしていた。心臓の鼓動が異常に早くなっているのが分かる。


とても冷静さを保っていられなかった。


「ニケさん。落ち着いてください。」


テッサは、今にもミノス王に襲い掛かりそうな俺の肩にそっと手を置いた。


ミノス王は申し訳なさそうに続ける。


「君達にはもう一人仲間がいたね。ピュラちゃん、だったかな? 彼女の準決勝の対戦相手、彼女をさらっていったアトラスという男もエレボスの一員と思われる。」


「・・・・・何が言いたい。」


俺はミノス王を睨む。


「君達はどこへ向かおうとしていたんだい? 当てはあるのかい? 闇雲に捜索している時間はないはずだ。」


「ピュラの匂いなら既に捉えている。本来なら近寄りたくもないが、どうやらオリンポス神殿の近くらしい・・・・」


俺は嫌な予感に気付いた。


「・・・・・まさか。」


「そう。目的は分からないが、彼らの狙いがオリンポスであるなら、アトラスもオリンポスに向かうはずだ。となれば、ピュラちゃんも一緒の可能性が高い。」


「君達はピュラちゃんを取り戻すために彼を探していたのだろう? オリンポスは救わなくて構わない。ピュラちゃんを救うために、神殿へ向かってはくれないか?」


「・・・・・っ!!」


ミノス王がピュラをダシに俺達をオリンポスに向かわせようとしていることは分かっている。


しかし、このままピュラを放っておくわけにはいかない。


目を閉じる。


深呼吸し、気持ちを落ち着かせる。


ピュラの太陽のように明るい笑顔がよぎる。


「・・・・・・」


今は俺個人の事情よりもピュラの命が最優先、か。


オリンポスに加担することは吐き気がするが、そんなことを言っている場合ではない。


テッサは目を閉じ俺の言葉を待っている。


ミノス王は真っすぐこちらを見ていた。


「分かった。オリンポスへ向かう。」


ミノス王は再び深く頭を下げる。


「本当にありがとう。君の英断に感謝する。」


黙って聞いていたテッサは静かに微笑んでいた。


「勘違いするなよ。もう一度言うが、ゼウスを、オリンポスを救うつもりはない。俺達はピュラを奪還できればそれでいい。」


「それで構わない。そもそもお願いしているのはこちらだ。そこまで拘束する権利なんて、ぼくにはないよ。」


ミノス王は頭を掻き苦笑いした。


「こちらが頼んでおいて言うのも何だけど、今入ってきている情報はまだ少ない。敵の数も能力も分からない。正直、どれほどの危険があるのか予測できない。」


「できる限り起こりうる事態を想定して事に当たってほしい。まあ、君達ほどの実力者ならそんな心配は無用かもしれないが。」


「余計なお世話だな。言われなくても分かっている。それに失敗はない。ピュラは必ず取り戻す。」


「問題はどうやってオリンポスへ行くか、だが。」


考え込む俺とテッサを見てミノス王は王冠を上へ高々と放り投げた。


「それなら問題ないよ。ぼくがオリンポスへゲートを繋ぐ。」


「何だと? 見たところお前も紋章がない。ただの人間だろう?」


「その通り。実はぼく、人間なんだ。」


「人でありながら一国を任される王なのですか? あなたは一体・・・」


ミノス王はウインクする。


ミノス王は玉座の方を向き右手をかざす。


大きな次元の避ける音と共に、扉三枚分ほどの大きさのゲートが出現した。


「こう見えて、少々神術が扱えてね。そのおかげでぼく自身ゲートを使えるんだ。この町に施されたものとは違ってね。」


「人間でありながら神術まで使えるのか。母以外に神術を使える人間がいたとは驚きだ。お前、一体何者なんだ?」


「君の母君も神術を?」


「ああ。母は人間で、俺を生むと同時に亡くなった。だから実際にこの目で見たことはないがな。」


「ふむ・・・」


ミノス王は顎に手を当てる。


何かを思いついた様子だったが首を横に振った。


「敵に何らかの妨害を受けてオリンポス周辺の空間が歪んでいるらしい。神殿に繋いだはずだけど、正直うまく繋がったのかは分からない。気を付けて。」


俺とテッサは頷いた。


「よし。行くぞ。」


ミノス王に見送られ俺達はゲートをくぐった。


ここまで読んで下さり、本当にありがとうございます!


また、評価およびブックマークしていただきありがとうございます!


執筆においてとても励みになります!

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