第30話 急襲
「う、うぅ・・・アシーナ様ぁ・・・」
「よしよし。もう大丈夫だから。ね?」
アシーナは腕の中で泣くアルテミスに優しい笑顔を向ける。
「私、一生アシーナ様に付いていきます。何があっても。」
「あんたたち、いつまで抱き合ってんのよ。」
アフロディーテが呆れた様子で額に手を当てる。
アルテミスを見守り微笑んでいたアポロンは、ほんの僅かな音に気付く。
「・・・今、何か聞こえなかったか? アシーナ。」
アポロンが尋ねると、アシーナはアルテミスの頭に手を置いたままわずかに音のしたグラウンドの方向を見ていた。
四人はホールを見渡す。
会場内はまだ大勢の人で盛り上がっている真っただ中だ。
「妙な気配を感じるわね。嫌な予感がする・・・」
「アルテミスは生徒たちの誘導を、アポロンとアフロディーテは外の見回りをお願い。私はゼウス様に知らせてくる。」
アシーナは素早く三人に指示を出す。三人は頷く。
アシーナはゲートを開こうと右手をかざす。
しかしゲートは現れない。
「おかしいわね。そんなはずは・・・・・」
「ゲートを開こうとしても無駄だよ~♪」
どこからともなく陽気な声が聞こえてきた。
空中に黒いゲートが展開され、黒フードの青髪の男が飛び出てきた。腕には気を失った女生徒を抱えている。
「よっと。」
「へえ~。いい雰囲気じゃない。優雅で、まさに神様に相応しい感じの学校だ。」
男は会場内を見渡す。
その場にいる誰もが、突然現れた男に釘づけになった。
「誰? どう見ても学院の関係者ではないみたいだけれど。」
アシーナは一歩前に出る。
「そうだね~。僕たちは関係ないかも。あ、姉さんは関係あるか♪」
「それにしても、この学校の生徒達は皆美味しいね。全部食べ切る前にお腹いっぱいになりそうだよ。」
男はおもむろに抱えた女性を持ち上げた。
「っ!!! 待ちなさい!!!」
アシーナは止めようとするが間に合わない。
ヘリオスは腕に抱えた女生徒の生気を吸い尽くす。
少女の断末魔が響き渡り、やがて制服だけが彼の手に残された。
「うわあーーーーーー!!!!!!」
その光景を目の当たりにした生徒たちは恐怖に怯え、華やかな宴の会場が悲痛な叫び声に塗り潰される。
生徒たちは一斉にその場から逃げ出した。
会場が一気に混乱する。
「はぁ~。最高だね。これだけ美味しいエーテルは久しぶりだよ。」
「まだ若いとはいえ、やっぱり神の生気が一番美味しいや。格別だよ。」
ヘリオスは食らった魂の余韻に浸る。
「そうそう、目的だっけ♪ 僕個人としては、おいしい生気を吸えればそれでいいんだ。あ、可愛い女の子限定ね。野郎のは癖強くてあまりおいしくないからさ。」
「君達の生気も美味しいだろうな。見ただけで極上なのが分かる。特に君は。今まで見た事も感じた事もない、極限まで研ぎ澄まされた高純度の魂。その匂いを嗅ぐだけで意識が飛びそうだよ。」
ヘリオスはアシーナを見て唇を舐める。
「つまり、この学院が狙いなのね?」
アシーナはヘリオスを鋭く睨む。
「惜しい! いい線は行っているんだけどね。」
ヘリオスは指を軽快に鳴らす。
「今頃他の連中もご馳走を探し回っていると思うよ。」
「一体誰の指示でこんなことを? 学院に恨みでもあるのかしら?」
(それにあの腕・・・・・)
アシーナの脳裏にあの日の、開花の儀の出来事がよみがえる。
ヘリオスは気味の悪い笑みを浮かべる。
「メティス様だよ。」
「・・・・・え?」
その名前を聞いた瞬間、アシーナの頭は真っ白になった。
「メティス様だと?」
呆然とするアシーナの横でアポロンが声を上げる。
「そ。姉さんの手で今日、オリンポスは陥落する。今頃は神殿じゃないかな。」
「メティス様といえば今は失踪中のアテネ島の領主。そんなお方が何故・・・」
「あはは!! 姉さんの胸中は君達では到底理解できないと思うよ。」
ヘリオスは青髪を掻き上げる。
「少し話しすぎちゃったかな? まあこれはこれで面白くなりそうだし、まあいいか♪」
「・・・・・アシーナ様。」
アルテミスは立ち尽くすアシーナを不安そうに見つめる。
「アシーナ。」
アシーナは紅蓮の瞳を大きく見開き、呆然と虚を見つめている。
「アシーナ!!!」
アポロンの怒鳴り声で硬直した身体が解け我に返った。
「こんなところで遊んでいる暇はない。ここは俺達に任せてアシーナは神殿へ向かえ。」
「アルテミス、お前はアシーナをサポートするんだ。できるな?」
アシーナに寄り添うアルテミスは力強く頷いた。
「ちょっと?! 俺達って、まさか私も入っているんじゃないでしょうね?」
アフロディーテが尋ねる。
「当たり前だろう。あの青髪の話では、学院内に他にも敵が侵入しているはずだ。お前はそっちを頼む。」
「はぁ?! 嫌よ、面倒くさい! 学院がどうなろうが私には関係ないわ。なんで私が。」
普段通りの振舞いをするアフロディーテだったが、アポロンの真剣な表情に圧倒され、深くため息をつく。
「仕方ないわね。これは貸しよ?」
「ああ、構わない。」
その言葉を聞いたアフロディーテは思わず笑顔になる。
アフロディーテの巻き付けている、自身のエーテルと一緒に編み込まれた美しい刺繍の入った魔法の帯、ケストスが宙に浮く。
やがてアフロディーテの周りを一周し、ケストスは彼女の姿を消した。
「あ!? あの子も狙っていたのに!! どこいっちゃったの?」
ヘリオスは残念そうに肩を落とす。
「今です! 行きましょう! アシーナ様!!」
アルテミスが隙を突いてアシーナの手を握り駆け出す。
アシーナは呆然としたままアルテミスに身を委ねる。
行く手を阻むようにヘリオスが先回りする。
「君達は逃がさないよ♪」
ヘリオスが手を上げた瞬間、二人とヘリオスを分断するように一筋の細い青色の導線が横切る。
次の瞬間、青い導線は地面を焼き青い炎の壁となりヘリオスの目の前に燃え盛った。
「あっぶなっ!!」
「お前の相手は俺だ。」
アポロンは挑発するように手招きをする。
「野郎には全く興味がないんだけどなぁ・・・」
ヘリオスは眉間にシワを寄せる。
「ほう。奇遇だな。俺も男を誘う趣味などない。」
「・・・気を付けてください。お兄様。」
アルテミスは心配そうに声をかける。
「無論だ。アシーナの事、頼んだぞ。」
アルテミスは頷き、アシーナの手を引き大聖堂を出た。
二人は足早に森林を駆けオリンポス神殿を目指す。
「はぁっ・・・はぁっ・・・」
「アシーナ様、大丈夫ですか?」
アシーナの手を引くアルテミスは彼女の様子を伺う。
しかし、アシーナはうつむいたまま返事をしない。
手も握るのがやっとの力で、気を抜けばするりと離れてしまいそうなほど放心していた。
アルテミスは、ここまで無防備なアシーナを見た事がなかった。
アルテミスは言葉を詰まらせる。
しばらく走っていると少し開けた場所に出た。
「少し休みましょう。」
アシーナを丸い大きめの岩を椅子代わりに座らせ、アルテミスは地面に腰を下ろした。
「・・・・・ごめんなさいアルテミス。不甲斐ない所を見せてしまったわね。」
「いいえ。気にしないでください。」
アルテミスはゆっくりと首を振る。
「・・・・・・」
二人の間に沈黙が流れる。
辺りには虫の鳴き声が響く。幾層にも折り重なった音色が心地いい。
しばらくして、ようやくアシーナが口を開いた。
「メティス様は・・・・・私の母親なの。」
アルテミスは真剣な面持ちで静かにアシーナの言葉を待つ。
「メティス様・・・お母様は、とても聡明で幼かった私に色々な事を教えてくれたわ。でもある日突然姿を消してしまって、それ以来連絡がつかなくなってしまった。」
「お父様をはじめ、ポセイドン様や神殿のみんなも必死に捜索したわ。幼かった私にはどうすることもできず、ただ泣いていた。」
アルテミスはアシーナの心情を察し辛そうな表情を見せる。
「もしも、あいつの言う通りだとしたら・・・お母様が何故学院を、オリンポスを襲うのか分からないの。私の中のお母様はいつも優しくて凛々しい、傍にいればいつも安心する笑顔を向けてくれた・・・思い出すのはそういう姿ばかりで・・・」
「あの優しかったお母様がそんな事をするはずがないって、とても信じられなくて・・・・・」
「アシーナ様・・・・・」
「国に反旗を翻す行為は重罪。それは分かっている。だけど・・・」
アシーナは口を噤む。
アルテミスはそっとアシーナの手を握る。その手は震えていた。
「どんな顔をして会えばいいのか分からない。もしかしたら、お母様に刃を向けなければならなくなるかもしれない・・・」
「それがとても怖いの。怖くて仕方がないの・・・・・」
アシーナは置かれた立場と自身の感情にどうしようもなく、怯えるように頭を抱える。
アルテミスはアシーナに寄り添い、そっとその手を解き目を合わせる。
「メティス様と会って話をしてみましょう。何かの間違いかもしれませんし、何か事情があるのかもしれません。それに、メティス様とは別人である可能性もゼロではありません。」
「アルテミス・・・・・」
「大丈夫です。私は・・・私だけは、何があってもアシーナ様の味方です。どこまでもお供しますから。」
アルテミスはゆっくりと立ち上がりアシーナに笑顔で手を差し伸べる。
「だから、行きましょう。真実を確かめる為に。」
アシーナの瞳に光が戻る。
差し伸べられた手をしっかりと握り返し立ち上がった。
「ありがとう・・・・・アルテミス。」
アルテミスは何も言わず、ただ優しく微笑んだ。
「もう大丈夫よ。行きましょう。」
「はいっ!!!」
二人は神殿を目指し再び森の中を走り出した。
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