第29話 黒き黄昏
夜の帳が下り星が輝き始めるオリンポス神殿。
神殿の北の丘。五人の影が静かに降り立った。
どこも光が漏れ、それぞれ建物を美しく彩っている。夜空の星々も相まって、幻想的な風景だ。
「いい眺めですね。」
茶髪の癖毛のおとなしそうな女性がつぶやく。
「お~!! さすが神様たちが通う学校だ。広いね~。極上の魂のいい匂いがそこら中から漂ってくるよ。」
「さて、おいしそうな女の子はどこかな♪」
「・・・・・最低です。」
「え~。そんな事言わないでよアステリアちゃん。つれないなぁ。」
「あなたは目的を理解していないようですね。」
「あ! もしかして嫉妬? アステリアちゃんも可愛いとこあるよね♪」
「殺しますよ?」
「その辺にしておけ。これから襲撃するってのに、緊張感がなさすぎだ。」
二人のやり取りに男が割って入る。
やや細身の真面目そうな顔立ちの男。左目には涙のように刻まれた黒いひし形の紋章。左耳には先端がキューブ状の細長いピアスが揺れる。
「説教ならヘリオスにして下さい、パラス。私は初めから真面目ですよ。」
「え~。僕だってちゃんと集中してるって。ペルセスも何か言ってやってよ。」
「・・・・・・」
ペルセスは返事をしない。というより気づいていない様子だ。黒フードを深くかぶり、ブツブツと独り言を言っている。
見るからにヘリオスとは正反対の印象だ。
「ペルセスは相変わらず何考えているのかわからないや。」
ヘリオスは両手を頭の後ろに回して空を仰ぐ。空には満天の星々が輝いている。
「アトラスの姿がないようですが、あいつは大丈夫ですか?」
「アトラスは間もなく合流する。誰かはと違い、しっかり招待客を連れて、な。」
メティスは微笑む。
「招待客?」
パラスはピンと来ていない様子だ。
「あ、姉さん。その件はもういいでしょ。」
ヘリオスは肩を落とす。
「もう一人の方も、じき到着する。こちらはより丁重にお迎えせねばな。」
メティスはオリンポス神殿を見下ろし、一人微笑んだ。
「各々自由に暴れて構わん。邪魔する神は全て殺せ。」
「アシーナも、ですか?」
パラスが確認する。
「構わん。」
「よーし、それじゃ行きますか♪」
四人はそれぞれ黒いゲートを開き中へ消えていった。
メティスは一人佇み、しばらくその美しい景色を眺めていた。
そして四人とは反対のオリンポス神殿へと足を向ける。
「さあ、宴を盛り上げてやろう。」
メティスはゆっくりと丘を下りオリンポス神殿に向かい歩を進めた―――――。
オリンピア上級学院郊外――――。
帰路へ着く三人の姿があった。
「それにしてもさすがアレスだね! 闘技場Aランクを優勝するなんて!」
「そうですわね! Aランクは世界中から強者が集まる魔境。他の四人でしたら絶対に達成できませんでしたわ。」
デイモスとエリスは誇らしげに語り合っている。
アレスはそれを黙って聞いていた。
「試練クリアも早かったですもの。あの女に先を越されたことは悔やまれますが・・・」
エリスはデイモスの慌てるジェスチャーを見て反射的に口を押えた。
「ちっ!!!」
アレスは舌打ちする。
「と、とにかく!! 『エポヒ』の称号を与えられるなんてすごいことだよ!! 学院の歴史の中でも、五人が称号を与えられた年はなかったって、先生が言ってた。黄金時代の再来だって驚いていたよ。」
「そ、そうですわね!! これだけ優秀な生徒が多い年で、勲章を授かったのですから誇るべきですわ!」
二人は恐る恐るアレスの顔色を伺う。
「・・・・・別に、お前らに怒っているわけじゃねえ。意味ねえしな。」
「試練なんて、あんなもの遊びみたいなものだ。俺は、不甲斐ない自分自身に腹が立っているだけだ。」
(あの泣き虫でひ弱だったアシーナが、あそこまでの実力を付けていたとは思いもしなかった。)
(制御するエーテルの量も、操る神術の質も、何もかも桁違いだった。まだまだ力が足りねえ。圧倒的に・・・もっと強くならなきゃならねえ。あいつよりも。)
「くそっ!!」
「さっさと帰るぞ。宴なんかに浮かれるほど子供じゃねえ。」
アレスは急に足を止める。
「うわっ!!」
デイモスとエリスは勢いあまってアレスの背中にぶつかった。
「アレス?」
二人はアレスが見据える方向へ視線を送った。
行く手を阻むように一人の人影がぽつんと立っている。
「学院から逃げてくるおこぼれが頂ければそれでよかったのですが・・・随分と威勢のよさそうな獲物がかかってしまいましたね。」
茶色の癖毛の女性は三人を見てため息をもらす。
「何者だ?」
「申し遅れました。私はアステリア。ここに通う生徒の魂、エーテルを頂くために参りました。」
アステリアは深々とお辞儀をする。
「あなた方は―――――」
「てめえに名乗る名前なんてねえ。そこをどけ。」
アレスはアステリアの言葉を遮る。
「見た目通り野蛮な人ですね? アレス様。」
「何故俺の事を知っている?」
「あなただけではありません。アシーナ様、アルテミス様、アポロン様、アフロディーテ様。学院上位5名の事は知っています。黄金時代の再来と呼ばれるほど有名ですから。特にアシーナ様は。」
アステリアは落ち着いた様子で語る。
「誰の差し金だ? 何が目的だ?」
「それはあなた方に教える必要はありません。」
アステリアは嬉しそうに微笑む。昂る彼女の高揚感がアレス達の肌を刺激する。
「ここで私の栄養となるのですから。」
アステリアの足元に緑色の魔法陣が浮かび上がる。
同時に彼女の首周りに刻まれた紋章が黒く光りだす。
「はっ!! ちょうどいい。この怒りをぶつける玩具を探していたところだ。」
「『軍神の双槍』。」
アレスの右手に漆黒の槍が握られた。
「せいぜい俺を楽しませてみろ。」
デイモスとエリスも戦闘態勢に入り身構える。
「うふふ。活きのいい魂は味の質がいいと相場は決まっていますからね。どれほどの味か楽しみです。」
アレスは漆黒の槍を構え一直線にアステリアの懐へ飛び込む。
己のために魂を差し出す健気な相手に、アステリアの口角が静かに上がった。
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