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第2話 目覚める闇


俺とアシーナはオリンピア学園卒業の証である開花の儀を受けるため、オリンポス神殿の北側にある儀式で使用するための聖堂へ向かって歩いている。


あの出会いから10年の時が経っていた。


俺もアシーナもすっかり身長は伸び青年淑女に成長していた。


「もう卒業か。あっという間だったな。」


両脇に植えられた等間隔で並ぶ木々が、綺麗に整備された石畳の一本道を際立たせている。


「そうだね。早かったけど、私はたのしかったよ。ニケがいてくれたから。」


アシーナは空を仰ぐ。


「アシーナ。孤独で神としての価値なんてないこんな俺と一緒にいてくれてありがとう。」


「あのままずっと一人で神殿にいたら人生に希望を持つことができなかった。いつもアシーナが話し相手になってくれたから、神殿での囚人のような生活も苦しくなかった。」


「ニケ。」


アシーナは突然俺の目の前に立つ。


「自分をそんな風に言わないで。価値のない人なんていないよ。」


「それに、仲良くなるのにそんなもの必要ない。私はニケと一緒にいると楽しいの。特別な理由なんて要らない。神かどうかなんて関係ないよ。」


真紅の瞳がまっすぐ俺を見つめる。


「・・・強いな。アシーナは。」


「そうさせてくれたのはニケだよ。」


アシーナは俺の顔を覗き込んでくる。いつになく真剣な眼差しだ。


「・・・・アシーナ。」


「ん?」


「顔が近い・・・」


俺は気恥ずかしくなって目を逸らした。


「ご、ごめんなさい!!」


恥ずかしさに気付いたアシーナは咄嗟に飛び退いた。


俺は基本的には地下に閉じ込められていたため、神殿には誰が住んでいるのか知らなかった。


まさかアシーナも同じ神殿に住んでいると知った時は驚いた。


アシーナは毎日こっそり地下室に遊びに来ては会話をしてくれた。


書庫から持ち出した本を貸してくれたりもした。


いつも気にかけてくれていた。


アシーナには本当に感謝している。


「そ、そうだ。アシーナは学園を卒業したらどうする?」


俺は慌てて話題を逸らす。


「私はオリンピア上級学院に進学するつもりだよ。もっと神術について勉強したいんだ。」


「そうだろうとは思ったが、ちゃんと考えているんだな。」


「ぜ、全然そんなことないよ。」


アシーナは照れくさそうに両手を振った。


「ニケはどうするの?」


「特に決めていない。」


俺は拳を握る。


「それよりも、今の俺には開花の儀で神術を使えるようになることの方が重要だ。」


「大丈夫。ニケはちゃんと覚醒できるよ。」


俺の不安を感じ取ったアシーナは笑顔で応えた。


「そうだといいが・・・」


開花の儀。


学院の卒業が認められた者は、卒業と同時にゼウスから神術の覚醒が促される開花の儀を受ける。


己の中の潜在能力を覚醒させる事で紋章が機能し、エーテルという自然エネルギーを消費し操る事で初めて神術を扱えるようになる。


エーテルとは、神や人間、空気や木々、万物全てに宿る生命エネルギーの事だ。神々はこれを燃料として超常的な力を使う。


覚醒の方法は二つしかない。


一つは学園を卒業する時にゼウスによって解放されること。大半の者はこれで覚醒する。


二つ目は、何らかの理由で後天的に突然覚醒すること。


これは狙ってできるようなものではなく、よほど特殊な環境下で育つか、人格を変えてしまうほどの急激な感情の起伏があった時、と言われている。


二つ目に関してはまだ分からない事が多い。


神の証である紋章を持たない俺は、神術を覚醒させることでしか神の一族として認められないのだ。


少しでも他の奴らを見返してやりたい。これが本音だった。


「ねえ、手出して?」


「どうした? 藪から棒に。」


俺は思わず右手を出した。そこにアシーナから何かを手渡される。うっすらと虹色を帯びているオリーブの実だ。


淡く、だが力強く光っている。


「ニケがちゃんと覚醒できるように、お守りを作ったんだ。」


アシーナは軽やかにステップを踏み俺の少し前を歩く。


首に掛けられるように紐を通した球体を日の光に透かすと、淡く綺麗な虹色は更にきめ細かく輝いた。


包まれるような光を見ていると、どこか懐かしいような、安心できるような、そんな気持ちになった。


何故かは分からない。自分でも不思議だった。


「気を遣わせたな。こんな綺麗な物いいのか?」


アシーナはもう一方の手で同じくらいの大きさのものをぶら下げた。


「おそろいだよ。私も祈るから。」


アシーナはニコッと笑う。その笑顔は純粋でどこまでも真っすぐだ。


「私が自分に自信を持てるようになったのはニケのおかげなんだ。」


アシーナはオリーブのお守りを包むように握る。


「あの時ニケが私を助けてくれて友達になってくれなかったら、私ずっといじめられて、変われずにふさぎ込んで、一人で過ごしていたと思う。」


「ううん。もしかしたらあのまま死んじゃっていたかもしれない。」


「だから、ありがとう。ニケ。」


アシーナは頬を赤らめながら少し恥ずかしそうに笑った。


「よろしくね。これからもずっと。」


俺は言葉が出てこなかった。


アシーナが傍にいてくれた事でどれだけ救われたか。


アシーナがいてくれたから、俺は自分の未来に希望を持てた。


俺はお守りを胸に当て祈るように強く握りしめた。


聖堂内は厳かな雰囲気で静まり返っていた。


儀式の様子を描いた、いかにも神聖な巨大なステンドグラスが目に入る。ステンドグラスの淡い光に照らされた広場は、卒業を迎える生徒達でいっぱいだった。


しばらくすると広場の真ん中に電気が走る。


強烈かつ短い破裂音と共に異空間から何者かが現れる。


スラッとした高身長の、輝く金髪をなびかせ純白のローブを身にまとった男。ゼウスだ。


「・・・・・」


俺はゼウスを拒むように目を逸らした。


「汝らは本日をもって卒業する。晴れて大人の一員となるが、誇り高き神の一族としてくれぐれも人間のように道を踏み外さない事だ。」


ゼウスの長たらしい演説に飽きた俺は、ふと疑問が浮かびアシーナに尋ねた。


「発現する力ってどれくらいの種類あるんだ?」


「お父様に聞いた話だと千差万別、人の数だけ種類があるみたい。」


「人それぞれ、か。」


アシーナは何かを思い出したように続けた。


その表情から良くない事であるのは想像に難くなかった。


「ただ、極稀に闇属性の力を持った人が覚醒する事があるって言っていた・・・」


「世界を滅ぼす呪いの力だって。何だか怖くなってそれ以上は聞かなかったけど、その時のお父様の顔がとても怖かったのは今でも覚えてる。」


それを聞いて急に言葉にできない不安感を抱いてゴクリと唾をのむ。


「闇の、力・・・」


心臓を鷲掴みにされたような感覚に襲われ、俺は苦しくなって胸を押さえた。


「ニケ大丈夫? 顔色悪いよ。」


アシーナが心配そうにのぞき込んでくる。


「あ、ああ。大丈夫。少し気分が悪くなっただけだ。」


ゼウスの長い演説が終わる。


「これより、【開花の儀】を執り行う。順番に我の前に立ち頭を垂れよ。」


俺とアシーナはゼウスの前に跪いた。ゼウスは俺に見向きもせず、アシーナの頭上に手をかざす。


すると跪くアシーナの足元から金色の巨大な魔法陣が展開された。


同時にアシーナの周りには無数の様々な色の掌くらいの大きさの盾のようなものが出現し、多方向に散らばるそれらはアシーナに引き留められるように彼女を起点に飛び回り、まるで生きているかのように取り巻いた。


量、色、大きさ、全てが桁違いだった。


左脚に光りだした金色のオリーブの葉枝の紋章を中心にアシーナを包み込む光は、やや薄暗い教会全体を照らすような、まるで昼下がりの庭園に佇んでいるかのような明るさを放っている。


「よほどの潜在能力を宿しているようだな、アシーナ。」


ゼウスは満足げに微笑んでいる。


俺だけでなく、その場にいた誰もがアシーナの神々しさに見とれてしまっていた。


やがてアシーナを包む強い光が静かに消えた。


ゼウスは静かに跪く俺の前に立ち、ため息を漏らす。


「貴様に施すものなど何もない。ゴミ以下の貴様が覚醒などするはずがないからな」


「ちょ、そんな言い方!!」


アシーナは反射的に立ち上がる。


俺は跪いたまま動かなかった。


「それは承知の上です。」


ゼウスは鼻で笑った。


「紋章を持たない貴様に期待しているとでも思ったか?」


「儀式の真似事をしたところで貴様ごときが覚醒するはずなかろう。神術を身に付けることなど貴様には不可能。ましてや紋章が浮かぶという事もあり得ない。」


「神でも人間でもない中途半端なゴミくずがあがいたところで何も変わらん。あくまで形だけだと心得よ。」


「ゼウス様!!!」


アシーナは語気を強める。


ゼウスの言葉は飽きるほど聞いた。今更こんな事で腹を立てる事もない。


「形式上で構いません。どうか私にも開花の儀をお授けください。」


俺は跪き下を向いたまま答えた。


「ふん、まあよい。」


ゼウスはアシーナを一瞥し仕方なく俺の頭上に手をかざす。


「・・・・・!!」


手をかざした瞬間、ゼウスは反射的に手を引っ込める。


何か触れてはいけない物に触れてしまったような、そんな反応だった。


辺りは静まり返ったままだ。


ゼウスの反応に、アシーナをはじめ他の生徒達も不安そうに見守っていた。


ニケの身体が足元から静かに、ゆっくりと全ての光を吸い込むような黒色に変化していく。まるで陰に浸食されていくように。


神々しく光を放っていたアシーナとは正反対。禍々しい黒い霧が跪くニケを中心に広がる。


(やけに静かだな。)


俺は跪いたまま目を閉じながら、その異様な静けさだけを感じ取っていた。


跪くニケの後ろから、黒い影のようなものが音を立てずに湧き上がる。やがて黒い影は彼の全身を覆った。


その場がどよめき始める。


(終わった・・・のか?)


俺は違和感を覚え立ち上がる。


禍々しい姿に、その場にいた者達の表情が恐怖に変わる。


俺はゆっくりと辺りを見回すように卒業生達の方を振り返った。


真黒に染まった闇から覗く金色の瞳が一人の生徒を捉える。


「うわあぁぁーーー!!!」


生徒は恐怖のあまり発狂してその場から逃げ出した。


それがきっかけとなり神殿内は一気に混乱した。生徒達は我先にと離散する。


「どういうことだ、これは!」


辺りを見回す。なぜ生徒達が逃げ惑うのか理解できなかった。


視界の端でまるで魔物を見るような明らかな敵意を向けるゼウスと、驚きのあまり声を失い座り込むアシーナの姿を捉えた。


「ゼウス!! 俺に何かしたのか?!」


俺はゼウスに詰め寄る。


ゼウスは汚物を振り払うように腕を払い俺を吹き飛ばした。


「がはっ!!」


柱に直撃し激しい痛みに血を吐く。


「貴様、正真正銘の呪われし存在だったか。やはり生かしておくべきではなかったのだ。」


「今ここで、その穢れた血もろとも浄化してやろう。」


ゼウスが右腕を上げ意識を集中する。


辺りの空間が歪み激しい音を立てまばゆい雷霆が現れた。


俺は自分の腕を見る。左腕が全てを飲み込むような黒に覆われていた。


「え?」


俺は呆然とする。


「やめてください!! お父様!!!」


雷霆を俺に向け放とうとした瞬間、アシーナがゼウスの腕に飛びついた。


雷霆は天井へ放たれステンドグラスを突き破っていった。


「アシーナ、何をする。世界を滅ぼす災厄はここで浄化せねばならん。」


俺はゼウスの雷霆よりも遥かに衝撃を受けた言葉を耳にした。


「・・・・・お父様、だと?」


「アシーナ。お前、ゼウスの娘なのか?」


俺は茫然としたまま問いかけた。


「そ、そうだけど・・・・」


アシーナは口ごもる。


「・・・ははっ。そうか。そういうことか・・・」


「二、ニケ?」


アシーナは不安で息を呑む。


「傑作だな。俺は10年もの間騙されていたのか。」


「隠しているつもりはなかったの!! ちゃんと打ち明けるつもりだった!! だけど、それを言ってしまったらニケが遠くに行っちゃうような気がして・・・」


床に散らばるステンドグラスに映る俺の姿を見る。


変わり果てた自分の姿に驚愕した。


「ははは。何だよ、これ。なんなんだよ・・・」


俺は無気力に立ち尽くす。もはや正気を保っていられなかった。


「ニケ!!」


「来るな!!!!!」


アシーナは硬直する。


「どんな気分だった? こんな生ゴミのようなできそこないに、施しを与え続けるという感覚は。」


「憐れみか? それとも中途半端で下等な存在を見下す優越感か?!」


「違う!! そんなことできるはずない!!」


「だまれ!!!!」


俺はアシーナを睨みつける。


「闇の力は呪いの力だと言っていたな。」


「お前らは全部知った上で、その闇の力とやらを俺に覚醒させることで合法的に排除しようとしたわけだ。」


俺は歯を食いしばった。


「これがお前らのやり方か!! 神が聞いて呆れる!! やっていることはクズ以下だ!!」


「違う・・・違うよニケ・・・私は・・・」


アシーナは大粒の涙を溢し両手で顔を覆った。


「アシーナ、離れよ。この災厄を野放しにするのはあまりに危険だ。ここで処理する。」


ゼウスは泣き崩れるアシーナをよそに右手を上げる。


「やっと、心を許せる友達ができたと思っていた・・・俺にとって、アシーナだけが拠り所だったんだ・・・」


噛んだ唇から一筋の血が伝う。


「ニケは私の大切な人・・・今でも・・・これから先もずっと・・・」


「・・・本当だよ?」


激しく痛む心を必死に抑えながら、大粒の涙を流しながら、それでもアシーナは精いっぱい微笑んだ。


ゼウスの放った光が俺を捉え包み込む。


「貴様を異空間迷宮に追放する。自力で出る事は不可能。己の存在を後悔しながら朽ち果てるがよい。」


ゼウスが右手を閉じると俺を覆う光は徐々に狭まり縮小しはじめる。


「ニケ!!!」


俺は絶望に染まった目でアシーナを見る。


一筋の涙が俺の頬を伝う。


「じゃあな。アシーナ。」


「待って!!! ニケ!!!」


アシーナは急いで駆け寄り捕まえようと必死に手を伸ばした。


二人を遮るように光が消えた。


伸ばした手は空を切りアシーナはその場に崩れ落ちる。


「あ、あぁぁぁ・・・ニケ、ニケぇ・・・」


かすれた声にならない小さな声で、その名前をただ繰り返す事しかできなかった。


彼女を励ますようにポケットの中で「お守り」が優しく光っていた。

ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます!


評価およびブックマークありがとうございます!


とても励みになっています!



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