第28話 宴の招待状
掲示板には「アトラスVSピュラ」と大きく表示されている。
Bランク闘技場の鐘が高らかに鳴り響く。
柵が上がった瞬間にピュラは一直線に飛び出す。瞬足を活かしサイドに回り込みアトラスに迫った。
ピュラは流れる動作で短剣を抜き目にもとまらぬ速さで斬りかかる。
激しい金属音が鳴り響く。
ピュラは後方に跳ね即座に距離を取る。アトラスの周りには黒い炎のようなものが渦巻いていた。
「いい速さだ。年端もいかない少女が良い物を持っている。」
アトラスは感覚を確かめるように不敵に笑う。ピュラの速さに全く動じていない。
「アトラスという方、相当の実力者ですね。明らかにBランクの実力ではありません。そこに関してはピュラさんも、ですが。」
「お前もそう思うか。どう見てもあの男は普通ではない。ピュラが簡単に負けるとは思えないが何か引っかかる。それに・・・」
(あの黒い炎・・・・・)
ピュラの姿が忽然と消える。
会場の誰もが彼女を見失う中、アトラスは空を見上げていた。
太陽と重なるピュラの影が、上空から短剣を構え猛スピードで急降下する。
アトラスは上空のピュラを見上げたまま右手に黒炎を纏う。
短剣と黒炎が激しくぶつかり合う。
ピュラは衝撃を利用し大きく跳ね見事な体捌きで着地した。
「にけとおなじにおい。なんで?」
「ふははは!! 鼻も利くようだな!! 面白い!」
「おまえ、なにもの?」
「お嬢ちゃんと親戚みたいなものだ。巨神族の生き残りの少女よ。」
アトラスの言葉に会場がざわつく。
「何だって?! あの可愛らしい少女が? ティタノマキアにより絶滅したと言われる、あの巨神族だって言うのかい?」
観戦していたミノス王も珍しく動揺した表情を見せる。
「きょ、巨神族ですか?」
従者が尋ねる。
「ああ。君たちは今の時代は何て呼ばれているか知っているかい?」
「・・・確か『銅の時代』と記憶しています。」
ミノス王は頷く。
「正解。ウラヌス神が神々の王として牽引した『星の時代』。その後クロノス神が世界を統治した『黄金の時代』。ゼウス様率いる神族により巨神族が滅ぼされた『銀の時代』、そしてゼウス様が治める現在、『銅の時代』。この星の歴史は、現在に至るまでこの4つの時代を積み重ねている。」
「ティタノマキアは『銀の時代』を象徴する大戦。世界の破滅を目論んだ人間に加担した巨神族にいち早く気づいたゼウス様は鎮圧すべく軍を編成し、これにより巨神族と人間は滅ぼされた、と伝えられている。」
「それぞれの時代はおおよそ2000年で区切られるんだ。つまり、ティタノマキアは2000年前に起きたという事になる。神の血を引く者は基本的に恐ろしく長寿だ。それは巨神族であっても同じ。数千年を生きることは珍しくない。珍しくないんだけど・・・・・」
(仮にあの少女が本物の巨神族だったとして、それだけの年月を生きてきたならもっと大人のはずだ。少女の姿のままというのは違和感がある・・・・・)
俺の額から一筋の汗が滴る。
あり得ない。何故あいつが知っている?
ピュラが巨神化したのは一度きりだ。知るのは俺と、ピュラが潰したヘリオスとかいうあのいけ好かない青髪の男だけのはず。
アトラスの周りに黒い霧が発生する。風になびく黒フードがめくれ、その顔が晒された。
夕焼けのように燃える鮮やかなオレンジ色の髪が天に向かい揺らめく。
アトラスの頬には荒々しく燃え盛る様を象った黒い炎の紋章が刻まれていた。
「あの男、まさか!!」
男の頬の紋章を見て確信した。
俺は思わず立ち上がり拳を強く握る。
テッサはニケの焦りに驚いた表情を見せる。
何故気づかなかった?
考えてみれば、青髪の男ヘリオスも倒した保証などどこにもない。
あの時はピュラの暴走を抑える事に集中していて気にもしていなかったが、ヘリオスはピュラも標的にしていた。
どうやってあの場から逃げたのかは分からんが、情報を仲間に報告でもしたのだろう。
アトラスはピュラの事を初めから知っていた。そうでなければ説明がつかない。
であるなら、初めからピュラが狙いだったという事か。
・・・・・まずい。
俺は歯を食いしばる。
「本来なら少女をいたぶる趣味などないのだが、これも任務なのでな。」
アトラスは右手を空に掲げる。周囲の黒霧が更に激しさを増す。
「≪無窮の焔≫。」
アトラスを囲む黒霧が漆黒の炎に姿を変える。
「にけ、ごめん。」
ピュラは無意識に呟いた。
ピュラは本能で悟っていた。目の前の男は自分よりも格上だという事に。
ニケとの約束は果たせそうにない事に。
ピュラは深く深呼吸をする。
巨神族の黒い模様が仄かに赤い光を帯びる。
極限まで意識を集中させたことで、その青い瞳がおぼろげになる。
ピュラの姿が消える。あまりのスピードに残像が残る。
ピュラはものすごい速さで背後から斬りつける。
アトラスは読んでいたかのように素早く振り返り燃え盛る掌をかざす。
「うあっ!!!」
アトラスの右手から黒い火球が放たれピュラに直撃する。
凄まじい爆発音が響き渡る。観客席まで衝撃波が伝わった。
ピュラは吹き飛び激しく地面に打ち付けられる。
アトラスは飛び上がり、間髪入れずに上空から黒炎に包まれた拳を振り下ろした。
ピュラは咄嗟に身をよじり間一髪で攻撃をかわす。
アトラスの打ち込んだ右ストレートは爆発とともに地面を大きく抉る。
彼を中心に闘技場に巨大なクレーターが出来上がり、噴き出る黒い炎が地面を焼く。
「ああっ!!!」
ピュラは激しい衝撃波で吹き飛ばされた。
「やはりいい反応速度だ。久方ぶりに昂ってきたわ。」
アトラスは右手を空へかざす。足元に黒い魔法陣が展開される。
周囲が仄かに暗くなる。
ピュラは異様な大きさのエネルギーを感じ空を見上げた。
燃え盛る巨大な黒い炎の塊が形成されていく。
「さあ、もっと私を楽しませてくれ。」
アトラスは右手を振り下ろす。
まるで巨大な隕石のような黒い火球がピュラに襲い掛かった。
ピュラはアトラスに向かい全力で駆け出した。
火球が地面に直撃する瞬間に大きく跳躍する。
爆発の衝撃波を利用しアトラスへ迫る。アトラスは燃え盛る拳で強烈な突きを放つ。
拳がピュラを捉えた瞬間、少女の姿が揺らめいた。
「残像か?!」
視線の端で足元に少女の姿を何とか捉える。即座に反応し、黒炎を纏う左脚で蹴り上げる。
そこには蹴り上げられた衝撃で揺らめく残像だけが残された。
「なにっ?!!」
男はついに少女を見失う。
完全に死角を捉えたピュラが背後からアトラスの心臓めがけて短剣を突き立てる。
「・・・・・がっ?!!!」
男の背中から生えた黒い腕のようなものがピュラを捉えた。
「本当にいい物を持っている。まさかこの力に頼らざるを得ないとは。」
黒い腕はピュラの生気を徐々に吸い上げる。
「うっ! あああああ!!」
ピュラは必死に抵抗するが、力の差は歴然だった。振りほどくことができない。
闇の力に生気を吸われ全身の力が抜ける。
抵抗も虚しく、ついに持っていた短剣を落とした。
やがてピュラは気を失い、ピクリとも動かなくなった。
「これだけのエーテルを宿しているとはな。末恐ろしい少女よ。」
アトラスは気を失った少女を脇に抱える。
掲示板には「勝者アトラス」の文字が表示された。
「お遊びはここまでだな。私もあちらに合流せねば。」
アトラスは黒いゲートを開く。
「ニケさん!」
テッサは横を猛スピードで駆け抜けるニケに気付きすぐに後を追った。
アトラスがゲートをくぐろうとした時、黒い霧が襲い掛かった。アトラスは瞬時に躱し攻撃の来た方向を振り向いた。
黒いローブをはためかせアトラスを睨むニケ、その後ろにはテッサが長剣に手をあて身構えている。
「お前がニケだな? 話は聞いている。せっかくのご対面だが目的は果たした。悪いがここで退場させてもらおう。」
「このまま行かせると思うのか?」
ニケは完全に怒りに支配され我を忘れていた。今にも対象を噛み殺しそうな程の強い殺気を放つ。
「この場でお前とやりあう気はない。焦らずとも、近いうちまた相まみえる事になる。」
「貴様の都合など聞いていない。ピュラを返せ。その後じっくりなぶり殺しにしてやる。」
俺が攻撃を放とうとした瞬間、巨大な黒い炎が行く手を遮った。まるで立ち入りを拒絶する壁のように高く燃え上がる。
凄まじい熱気に俺とテッサは顔を覆う。
アトラスはゆっくりゲートへ向かいこちらを振り返る。
「そうだな。これを招待状代わりとしよう。」
アトラスは黒い腕を伸ばし、近くに落ちていたピュラの短剣をニケの足元へ放る。
「ふざけるな!!」
俺が一歩踏み出すとひと際大きく炎が燃え上がった。
「この少女が大切なら、せいぜい追ってくることだ。」
アトラスは高笑いをしてゲートに消えていった。
「・・・っ!!」
「ニケさん。」
俺の握る拳から血がしたたり落ちる。
テッサはその姿を見て何て声をかけたらいいのか分からなかった。
あいつらは元々俺を狙っていた。ピュラは俺をおびき出すために利用された。俺のせいでピュラが危険にさらされた。
俺は短剣を拾い握りしめる。
「彼を追うのですか?」
「当たり前だ。ピュラが危ない。ピュラを弄んだあいつは必ずこの手で殺す。」
「明らかにピュラさんを利用した罠だと思いますが。」
「そんな事は分かっている。俺自身もあいつらに狙われる立場だ。遅かれ早かれ戦うことになる。であるなら、こちらから出向いた方が早い。」
俺は足早に歩きながら八つ当たりするように吐き捨てる。
怒りと焦りから更に早足になる。
「あのお方とあなた方はどういう関係なのですか? 狙われているとは一体・・・」
ニケの横につくテッサは神妙な面持ちで尋ねた。
「お前には関係ない。」
俺は足を止めた。
目の前にテッサが立っている。
「・・・・どういうつもりだ?」
俺は行く手を阻むテッサを睨む。
「一度冷静になられては? 今のあなたは怒りに自分を見失っています。」
テッサの言葉に怒りがこみ上げ舌打ちする。
「お前には関係ないと言ったはずだ。それとも邪魔をするつもりか? だとしたら、力ずくでもそこをどいてもらう。」
俺はテッサに殺意を向ける。
テッサは俺の前に立ちはだかったまま動かない。
「・・・っ!! いい加減に・・・!!」
「一人では危険だと言っているのです。私も微力ながら力を貸しましょう。」
「・・・?! なぜだ? 会ったばかりの他人だろう。そんな事をする義理がどこにある?」
「自分でも分かりません。分かりませんが、あなたとピュラさんには不思議な縁を感じるのです。」
「縁、だと?」
「ええ。特にピュラさんは放っておけないというか、何か人を引き付ける魅力があるのだと思います。こんな感情を抱いたのは初めてです。」
テッサは困ったように微笑む。
確かに、俺もピュラに初めて会った時同じような気持ちになった。
だからこそ傍で行動を共にしているのかもしれない。
ふとピュラの太陽のような笑顔を思い出す。
「いや、その感覚は分かる。放っておけないというのは特にな。」
「確かに、私たちはお互いの事を良く知りません。ですが、ほんの少しの間あなたやピュラさんと過ごして確信した事が一つだけあります。」
「あなた方は信頼に値する方達だということです。」
テッサは優しく、だが力強くはっきりと、真っすぐニケを見つめ答えた。
「会ったばかりの他人に対して随分と寛大な評価をするな。」
俺は思わず目を逸らした。
「言動を見ていれば分かりますから。」
「そういうわけで、しばらく行動を共にしませんか? 一人よりはピュラさんを取り戻せる確率も上がるでしょう?」
「だが、お前には断界七刀を回収する使命があるのだろう? 人助けしている余裕なんてあるのか?」
「構いません。それに、あなた方に手伝っていただければ思いのほか早く終わらせられるかもしれませんし。」
テッサは閃いたかのように手を合わせる。
「お前、まさかそれが目的ではないだろうな?」
「どうでしょう?」
俺はため息をつく。そんなやりとりをしている間にいつの間にか怒りは収まり、少しだけ冷静さを取り戻した。
「やれやれ。人間を、ましてや女を危険に巻き込むのは気が進まないが・・・」
「あら? ピュラさんはいいのですか?」
「あいつはそういう類ではない。 一人にする方がかえって危険なんだ。ともかく、正直お前ほどの手練れが力を貸してくれることは素直に有り難い。」
「これからよろしく頼む。」
「こちらこそよろしくお願いしますね。それと・・・」
「お前ではありません。テッサです。」
俺は頭を掻く。
「行くぞ、テッサ。」
「はい。」
俺はテッサと共に急ぎ闘技場を後にした。
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