第25話 少女と淑女
ニケは広い円形の闘技場の真ん中に向かいゆっくりと歩いていく。
砂が多い地面は、風が吹くと土埃が舞い上がりやや視界が悪い。
「あんた、武器は持ってないのかい?」
テセウスは剣を担ぎ挑発するような態度で尋ねる。
「お前の手に持っているそのおもちゃが武器というなら持ち合わせていない。邪魔なだけだからな。」
「ほう。随分と余裕だな。いいだろう。その出鼻を挫いてやるよ!!」
テセウスは剣を構え、真っすぐニケに向かって突っ込んでくる。
「はあああっ!!!」
空中に飛び体を回転させ遠心力を利用し斬りかかってくる。
俺はカルディアで右腕を黒霧で包み込み、剣戟を受ける。
激しい金属音と共に火花が散る。
「俺の剣を片手で受けるとは、少しはやるようだな!!」
「ならこいつはどうだ?!」
テセウスは目にもとまらぬ高速ステップでニケを翻弄する。
その速さにニケの周りの至る所にテセウスの残像が残る。
「なかなかの速さだ。追えないほどではないが。」
「ははは! 強がるのは止めろ!」
「一つ忠告しておこう。あまり動きすぎると自分の首を絞めるぞ。」
「はっ!! 挑発のつもりだろうがその手には乗らないぜ! すぐに止めを刺してやる!!」
背後から高速でテセウスが襲い掛かってくる。
「これで終わりだ!!!」
テセウスが叫ぶと同時に、彼は突然その場に倒れ込んだ。
地面にはつまずくような物は何もない。
「なっ?!!!!」
「忠告はしたはずだぞ。」
俺は振り向き地面に這いつくばるテセウスを見下ろす。
テセウスは見るからに疲弊していた。
「き、貴様、何をした・・・?」
テセウスは青ざめ冷や汗を掻いている。
「何もしていない。いきなり飛ばして暴れ回ったが故に一気に消耗したのだろう。」
「もう少しペース配分を考えた方が良かったんじゃないか?」
俺は踵を返しゲートへ歩いていく。
「ま、まて・・・まだ勝負、は・・・」
テセウスは力を振り絞り立ち上がろうとするが立ち上がれない。バトル続行は不可能だった。
間もなくして闘技場の派手な掲示板に「勝者・ニケ」の文字がファンファーレの音楽と共に映し出された。
あまりのあっけなさに、観客はしばらく無言だったがやがて大きな歓声が闘技場内に響き渡った。
その少し下に位置する王族や関係者用の観覧席には、戦いを見守っていたミノス王の姿があった。
国民の目につく場所だからか、身だしなみはキッチリ整えられ王冠はしっかり頭に乗せられている。後ろには二人の召使いが控えている。
「あの黒い彼、面白いね。どういう理屈かは分からないけど、相手の体内のエーテルが彼に吸い取られていた。」
「エーテル、ですか?」
「そう、エーテル。簡単に言うと、生物の体内を巡る生命エネルギーといったところかな。これはどんな生物でも例外ではない。魔物だろうが人間だろうが、神々にだって流れている。このエーテルを燃料として神術や体術に使用するのだけど、その命の源ともいえるエーテルを奪い取った。」
「観客にはテセウスが急に飛び回ったと思ったら、勝手に自滅したようにしか見えていないだろうね。」
ミノス王はしばらく考え込む。
「今までエーテルそのものに干渉する能力は見たことがない。見た目は普通の冒険者っぽいんだけど・・・」
「剣が彼に触れた時か? それとも会話の段階ですでに罠を張っていた? いや、それとも・・・」
気づけばミノス王は分析に没頭し独り言をつぶやいていた。
控える従者はそれを黙って見つめている。
「ごめんごめん! 退屈な話だよね! まだまだバトルはある。戦士たちの熱い戦いを見届けようじゃないか。」
「・・・・・そ、そうですね。」
召使いはあっけにとられていた。
「・・・・・はぁ。ここだと君たち以外に話し相手がいなくて寂しいよ~。」
ミノス王は肩を落とす。
その様子を見た二人は顔を見合わせ、思わず笑みがこぼれた。
観客席の一番上段の隅。銀髪の女性がニケの戦いを静かに観戦していた。
「見たことのない能力・・・それに、相手の速さを完全に捉えていた。あの様子では、恐らく彼は半分の力も出していない。何故あれほどの力を持ちながらBランクに?」
銀髪の女性が観客席を立ち上がったその時、顔に黒い模様が入った赤髪の女の子がこちらをじっと見あげていた。
(この子、確か控え室にあの黒い戦士と一緒にいた・・・)
赤髪の少女は鼻を小刻みに動かし女性の匂いを嗅ぐ仕草をする。
「おまえ、すごくいいにおいがする!! にけよりもいいにおい!!」
「でもこっちのほうがもっといいにおい!!」
ピュラは青白い長刀を指さして笑顔になる。
「なっ?!!!」
銀髪の女性は年端もいかない女の子に対し一瞬動揺する。
しかしすぐに我に返り、咳払いをして呼吸を整える。
「女の子がはしたない行為をするものではありませんよ。」
女性はそれだけ言い残し少女を残して観客席を後にする。
「ねえ、それなんのにおい?」
通路を歩いていると、観客席に残してきたはずの少女が右手に持つ長刀を眺め、隣を歩いていた。
銀髪の女性はため息をついて足を止めた。
「あなた、迷子ですか? 戻り方が分からないのでしたら運営本部の所まで案内しますよ。」
女性は少女に目線を合わせて優しく微笑む。その人形のような美しい笑顔に、少女は引き込まれただ魅了された。
「・・・まいご?」
少女は首を傾げるが、突然スイッチが入ったように大声を上げた。
「よくわからないけどおまえいいやつ!!」
「・・・言葉遣いがなっていませんね。」
女性は立ち上がりため息をつく。
「それに、私の名前はおまえではありません。」
「テッサです。」
銀髪の女性は舞い降りる雪のように柔らかく美しい笑みを浮かべた。
「やれやれ。勝手に動くなと言ったはずなのだが。」
俺は運営本部へ向かう。
部屋のドアを数回ノックし中へ入る。
「すまない。赤髪の少女を探してくれないか?」
「このくらいの背丈なのだが。」
俺が近くにいた男に尋ねたその時だった。部屋の奥の方に目当ての少女はいた。
俺は頭を掻く。
「おいピュラ。あまりウロウロするなと言っておいただろう?」
俺がピュラに話しかけると、横には控え室で鮮やかな抜刀術を見せた銀髪の女性がいた。
よく見るとピュラと手を繋いでいる。
「お前がピュラをここへ連れて来てくれたのか? 世話をかけたな。」
「いいえ。通り道でしたので。」
テッサはさらっと答える。
直感だが、この女は俺とタイプが似ている。
「にけ!! てっさ、すごくいいにおいする!! あれもすごくいいにおい!!」
ピュラは俺に飛びついてくる。
好奇心から大きく開いた碧眼がキラキラと輝いている。
「お前、そのにおいを嗅ぐ癖どうにかならないのか? かなり不快なんだが。」
俺はため息をつく。
しかし、ピュラがここまで初対面の相手に好意を寄せる事は滅多にない。ましてや神なら間違いなく嫌われる。
「お前、もしかして人間か?」
「仮にそうだとして、それはあなたに関係ありますか?」
「別にどうということはない。ただ、ピュラがここまで他人に好意を寄せるのも珍しかったのでな。」
テッサはすぐに何かを悟った。そしてピュラを見て優しく微笑む。
「ピュラさん、あなたはとても愛されていますね。」
ピュラは首を傾げる。
「勘違いするな。俺達は互いに利害が一致しているだけだ。お前の想像しているような関係ではない。」
事実、俺とピュラは神に対し大きな恨みがあるという共通点以外何もない。
ピュラは神が嫌いと言った俺を気に入り共に行動しているに過ぎない。
俺としても、この少女に早々に死なれるのは目覚めが悪い。
ただそれだけだ。
危なっかしくて放っておけない事もまた事実なのだが。
「そういえばあなた、不思議な術を扱うのですね。見たことのない術でした。それほどの力があって何故Bランクに?」
「ほう。気づいていたのか。極力目立たないようにしたつもりだったが。」
「大した理由はない。こいつが景品の山盛りアンブロシアにつられた、それだけだ。」
テッサは目を丸くした。
「それだけ、ですか?」
「ああ。こいつは食べ物に目がなくてな。言っても聞かないから仕方なく参加したんだ。」
俺はピュラの頭を乱雑に撫でた。
しばらく話していると、部屋に運営役員の一人が入ってきた。
「テッサさんはいますか? あっ! いますね。ちょうどよかった。」
「間もなくテッサさんのバトル時間ですので、控え室にお越しください。」
運営はそれだけ伝えると足早に部屋を出ていった。
「それではこの辺で失礼いたします。ピュラさんも、くれぐれも無理はなさらぬよう。」
「だいじょうぶ!! ころさない!! やさしくたおす!!」
テッサはピュラに微笑みかける。
「では。」
別れの言葉を残し彼女は部屋を出ていった。
どうやらピュラはこの短時間でテッサの心を開くことに成功したらしい。もっとも、本人にその自覚はないようだが。
とはいえ、ピュラに心を許してしまうのは少し分かる気がした。
人を惹きつける何かがあるのか。
「あの女、随分とピュラに心を許していたな。一見すると冷徹な印象を受けるが。変な奴だ。」
「にけ! てっさのたたかいみにいく!! みたい!!」
ピュラが手を上げる。今回ばかりはピュラに同意だ。確かにあの女の事は多少気にはなる。
「そうだな。俺もお前もまだバトルまで時間がある。観戦するか。」
「おーーー!!!」
俺とピュラは急ぎAランクの闘技場へ向かった。
ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます!
評価およびブックマークありがとうございます!
とても励みになっています!




