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第22話 それぞれの門出


オリンピア上級学院に併設されている大聖堂。


アシーナをはじめとする王の試練を受けた五人は、卒業生代表として広い壇上に上がり、ゼウスの前に跪いている。


「それでは、汝らに『エポヒ』の勲章を授与する。」


五人の胸元に勲章が取り付けられる。


数多の剣で光輪を描き、星をイメージしたデザインは五人の胸元で堂々と、美しい虹色に輝きを放っていた。


「今日をもって汝らはエポヒの一員。その肩書に恥じぬ行動を心掛けよ。」


「汝らの更なる飛躍を期待する。」


『エポヒ』に選出された者が五名。それと同時に、『エポヒ』となった者が五名というのは学院の古い歴史を振り返っても前例がない。


この場にいる者全員が、歴史的瞬間を目の当たりにしていた。


五人に盛大な拍手が送られる。


儀式は粛々と進み、式典は無事に終わりを迎えた。


式典を終え大聖堂内の大ホールにて宴が開催された。


ホール内は豪華な食事が並び、壇上では音楽家たちによる美しい音色が奏でられ、生徒たちは各々宴を楽しんでいた。


そんな賑わう空気から離れるように、アシーナは窓際でネクタルの入ったグラスを片手に佇み、しばらくの間活気づく生徒達を眺めていた。


ふと皆が楽しむ様子から目を逸らすように大きな窓の外を見つめる。


胸のお守りが仄かに輝きを放っている。


「・・・・・はあ。」


窓ガラスに映ったその表情は、着飾った美しい純白のドレスを曇らせる。


「楽しんでいらっしゃいますか? アシーナ様。」


声に気付き振り返ると、艶のある真黒なドレスに身を包んだアルテミスがグラスを片手に話しかけてきた。


雪のように白い頬はやや赤みを帯びている。


「ええ。もちろん。」


アシーナは咄嗟に笑みを作り、グラスをアルテミスに向かって傾ける。


アルテミスは笑顔でそれに応じる。互いのグラスが軽快な音を奏でた。


「やりましたねアシーナ様! 無事に五人揃って『エポヒ』ですよ!」


アルテミスは珍しく興奮気味に拳を握りグラスを口に当てる。


「でも、やっぱりアシーナ様は別格ですね。五人の中でも早々に試練を終わらせての帰還ですもの。」


アルテミスは更にネクタルを口に含み一人でうっとりした表情で余韻に浸っている。


気のせいか、赤みを帯びた顔はさらに赤くなっている。


「そんなことないわ。たまたまよ。それに、順位を競うモノではないでしょう?」


アシーナは苦笑いする。


「いいえ!! そんなことはありません!!! アシーナ様は最強の強さと最高の美を兼ね備えた最強無敵美人女神です!! これは変わりません! 誰がなんと言おうと譲りません!!」


アルテミスは興奮して早口になる。


熱い想いに呼応するように真黒のドレスが揺らめく。神術を発動しそうな勢いだ。


「ちょ、ちょっと!! 声が大きいわよ!! それに最後のは何?!」


アシーナは咄嗟にアルテミスの口を塞ぐ。


「むぐぅぅーーー?!!!」


口を塞がれたアルテミスは何か言いたそうにもがいている。


「分かった! 分かったから落ち着いて!」


アシーナが必死でなだめているところに綺麗に着飾ったアポロンとアフロディーテがやってきた。


「手遅れだったか。済まなかった、アシーナ。アルテミスが迷惑をかけたようだな。」


アポロンは深いため息をつく。


「アルテミス、飲みすぎだ。これ以上はやめておけ。」


アポロンはアルテミスのグラスを取り上げる。


「ああ!? やめれくらさい! まら飲みますあしーな様とお話ししらいれす~。」


酔いがまわりすでに呂律が回っていない。


顔の赤みも先程より強く出ている。首元まで真っ赤になっていた。


アルテミスは次第に目が虚ろになりゆっくり瞳を閉じる。


脱力した身体が傾く。


「危ないわ!!」


アシーナが素早く手を伸ばし倒れ込むアルテミスを抱きとめた。


間一髪のところで転倒は避けられた。


アシーナは思わず息を吐く。


「重ね重ね済まない。アルテミスは酒に弱い。あまり羽目を外しすぎるなと忠告はしておいたのだが・・・・・」


アポロンはアシーナの腕の中で寝息を立てる妹を見て苦笑いする。


「全然気にしていないわ。いつも緊張しすぎて自分の気持ちを外に出せない子だから、このくらいがちょうどいいのかも。」


アシーナは笑顔でアルテミスの頭を軽く撫で、長椅子に横たわらせる。


アシーナも傍らに腰を下ろした。


「全く。これじゃまるで娘を寝かしつける母親じゃない。」


アフロディーテが口を挟む。皮肉を言うが、その表情は穏やかだ。


「アレスは一緒じゃないの?」


アシーナは一人姿のないアレスを気にかけた。


「・・・・・アシーナ。」


アポロンの頬に一筋の汗が伝う。


「とっくに帰ったわよ。あんたが彼のプライドをバキバキにへし折ったんでしょ? そんな状態であんたの顔なんてまともに見られるわけがないじゃない。」


「何なら同じ空間にすら居たくないと思うわよ。あんた、自覚ないの?」


アフロディーテが言葉を失うアポロンに代わりに切り出した。


「あ、あれは!! 仕掛けてきたのはアレスだし、いい加減しつこかったし。それに・・・」


「ニケの事を軽々しく口走るんだもの。本気で命を奪う気で来られたからっていうのもあるけど。それ以上に、ニケの事を酷く言った事に耐えられなかったの。」


「とはいえ、流石にちょっとやりすぎちゃったかしら・・・・・」


「アシーナの、ニケに対する思いは皆が知るところだからな。」


アポロンは苦笑いする。


「私には理解できないわ。何年も一人の男に拘るなんて」


「でも、あんたがそこまで惚れ込むなんて逆に興味があるわね。今度連れて来て私に紹介しなさいよ。あんたの代わりに私がニケと付き合うから。」


「なっ?!!!!!」


アシーナは動揺し思わず立ち上がる。


「や、止めて!! だめよ!!! それだけは絶対させない!!!」


「え~。どうしようかな~? 案外私好みかも知れないし~? ニケが私とあんた、どっちを選ぶか面白そうじゃない♪」


アフロディーテは笑い声を上げ、勝ち誇ったように金色の髪を掻き上げた。


「ニ、ニケがあなたを選ぶのなら・・・・し、仕方ない、けど・・・・・」


震える声を絞り出すと、アシーナは泣きそうな顔をして座り込み黙ってしまった。


今しがた『エポヒ』となったオリンピア上級学院生徒会長とは思えない程の絶望感を振り撒いている。


「アフロディーテ。やりすぎだ。」


見かねたアポロンが止めに入る。


「あははっ♪ 冗談に決まっているじゃない。興味があるのは本当だけど、さすがにそんな訳アリ物件に行くほど男に困ってはいないわ。」


「それに、話に聞いているだけで見たこともない男だし。」


「・・・・・お前に限って言えばそこは関係ないだろう。」


アポロンは呆れたように言う。


「全く。ちょっとからかっただけじゃない。あんたの才色兼備っぷりは相当なものよ。」


「愛と美を司るこの私以外に、この言葉が似合う女神はいないわ。でも、あんたも私に負けていない。癪だけど認めてあげる。」


「だ、だからいつまでも落ち込んでるんじゃないわよ!」


アフロディーテは照れくさそうにそっぽを向いた。


「・・・・・アフロディーテ。」


「ほんとに、何なのよあんた。この私にここまで言わせるなんて。」


この世の終わりのような顔をしていたアシーナの瞳に光が戻る。


「全く。なんで私がフォローしなきゃならないのよ。」


「でも、完全無敵に見えるあんたにも付け入る隙はありそうね。それを知れただけでも大きいわ。」


アフロディーテは悪戯な笑みを浮かべる。


アシーナは心の底から安堵し息を吐いた。


「そうだ。二人は卒業した後どうするか決めているの?」


傍で眠るアルテミスを気に掛けながらアシーナは二人に問いかける。


「俺はこの世界の歴史についてもっと深く調べてみるつもりだ。遥か昔に起きた大戦、ティタノマキアの事を調べていたら、分からない事が多くてな。自分の手で解明したくなった。」


ティタノマキア。その言葉を聞いてアシーナは一瞬顔をこわばらせた。


『・・・・・かみはきらい』


ピュラの言葉が頭をよぎった。


2000年前。ゼウス率いる神族と巨神族の、世界の覇権を争った歴史的な大戦。


史実では大戦により神族が勝利し、巨神族は全滅。世界を脅かす脅威は滅び去ったと伝えられている。


だが、アシーナはピュラという巨神族の生き残りに実際に会っている。


(・・・・・ティタノマキアは、世界を破滅させようと巨神族が大規模な戦を仕掛け、それを鎮圧するためにお父様率いる神族が立ち上がり、力を合わせてそれに対抗。これに打ち勝った、と伝えられている。)


(・・・・・ピュラちゃんの事にしても、何か引っかかる。そもそもピュラちゃんはまだ子供。遥か昔の大戦の生き残りにしては若すぎる。それに、お父様はティタノマキアについてほとんど話してくれない。冷静に考えてみれば不明な点が多い気がする・・・・・)


「ちょっと。あんた自分で質問しておいて放置プレイなわけ?」


アフロディーテは難しい顔をして考え込むアシーナに突っ込む。


「ご、ごめんなさい。」


「アシーナ。何か思うところでもあるのか? 追い詰められたような、険しい顔をしていたが。」


「いいえ。何でもないわ。ただ、私もちょっとティタノマキアについて興味があるの。」


アシーナはアポロンに向き合い姿勢を正す。


「ねえアポロン。ティタノマキアについて何か分かったことがあったら私にも教えてくれない? もちろんタダとは言わないわ。調査の事で私にできることであれば何でも協力するから、お願い。」


「もちろん、こちらでも調査して分かったことは共有するわ。」


アシーナの申し出にアポロンは面食らった顔をする。


「驚いた。まさかアシーナが人を頼るなんてな。」


「無論、こちらとしてもアシーナが力を貸してくれるのは非常に心強い。調査において危険が伴う可能性も十分考えられるからな。」


アシーナは胸に手を当てホッと息を吐いた。


「アフロディーテはどうするつもりだ?」


「わたし~? 私はアースに戻ろうかしら。学院に入ったのも気まぐれみたいなものだしね。」


「アフロディーテってアース出身だったのね。アースにも学校はあるわよね? なんでわざわざユピテリアに来たの?」


「別に? ただの気まぐれよ。」


アフロディーテはそれ以上は語らなかった。


実際、国を跨いでくることは非常に珍しい。


この世界は天空領域ユピテリア、地上領域アース、冥界領域タルタロスの三つの国から成る。


それぞれを繋ぐ道は各領域に存在はするが、絶えず高密度のエーテルが噴出しており、非常に危険である。


故に、神でさえ生身の身体で国を跨ぐ移動など到底できない。


神々はゲートと呼ばれる空間移動術が扱えるが、他国の侵攻を防ぐため国間を跨ぎゲートを繋ぐ事は、基本的にはできないようになっている。


元々一つだった大陸を三分割にしたのはゼウスである。


現在地上を治めるガイアと、地下世界を束ねるハデスと三つ巴の小競り合いを繰り返しており、何百年経っても決着がつかなかった為、互いに干渉しないよう縄張りを分断し、層を分ける事で何とか折り合いをつけた。


それぞれの国の治安を守るため、この三国間を渡ることができる程の強力なゲートを開く事ができる神はほぼいないと言っていい。


「それもそうね。お父様とガイア様、ハデス様は仲が悪いようだけれどそこで暮らす人々にはそんな事関係ないものね。」


「・・・・・」


アフロディーテはその言葉に同意も否定もせず、ただ黙っていた。


「じゃあ二人は遠距離になってしまうのね。お互い寂しくなるかも知れないけど、あなた達なら大丈夫! 私は応援しているわ! 頑張って!!」


アシーナは両手を握り急に二人を励ました。


「・・・・・・・アシーナ。」


「ん?」


ウキウキするアシーナを見てアポロンは呆れた様子で深くため息を吐く。


「何か勘違いしていないか? 俺とアフロディーテは別に恋人同士というわけではないぞ。」


「・・・・・え?」


「え? じゃないわよ。あんた、一体何を見てそんなこと言っているの? 美の女神たるこの私が、こんな引きこもりモヤシと恋人のわけないじゃない。不釣り合いすぎてむしろ笑えるわ。」


アフロディーテはウェーブの金髪を掻き上げる。


「ほう。奇遇だな。俺もお前のような尻軽女を恋人にした覚えなど微塵もない。先程のニケの(くだり)では黙っていたが、どこの世界におまえのような女に惚れる男がいるのか、逆に興味がある。」


「へぇ~。言ってくれるじゃない。どうせもう会う事もないだろうし、ここで白黒はっきりさせる?」


「いいだろう。今日という日を、いつ思い出しても最悪な気分になる程の悪夢を刻んでやろう。」


二人の間に火花が散る。今にも戦いが始まりそうな剣幕だ。


「ちょ、ちょっと二人とも落ち着いて!!」


アシーナが慌てて二人の間に割って入る。


「う~ん・・・・?」


三人の賑やかなやり取りに目が覚めたアルテミスが起き上がり、三人の元へやってくる。


「ふぁ~・・・。すみません。私、寝ちゃっていたみたいですね。」


アルテミスが口に手を当てあくびを抑える。


「フン!!」


アルテミスの手前、二人は座り直し互いにそっぽを向く。見事に動作がシンクロしていた。


「・・・・・はぁ。」


アシーナも安心して座り直した。


「あれ? お兄様、どうかされたのですか? アフロディーテ様も。」


「そ、そうだ! アルテミス、あなた卒業後はどうするつもりなの?」


アシーナは咄嗟に話題をすり替え誤魔化す。


「私ですか? 実は・・・お恥ずかしい話ですが、まだ決めていません。何かしらの形でユピテリアに貢献できれば、とは思っているんですけど・・・・・」


「私なんかじゃ誰の役にも立てないかな。なんてこと考えちゃって・・・・・」


アルテミスは苦笑いしてうつむいた。


「そんな事言うな。お前は俺の自慢の妹だ。前々から思っていたが、お前は自分自身の事が分かっていない。仮にお前が無能だとしたら、お前は今この場にいない。それが何よりの証拠だ。自分に自信を持て。」


「そうよ。実力者ひしめく今年度。五人の資格保有者全員の『エポヒ』授与という上級学院史上初の快挙。あなたは、その選ばれし五人のうちの一人。これが持つ意味は、あなたが思っている以上に大きいわ。」


「それに、あなたがそんな事言ったら生徒会役員ですらなかった私達なんて、もっと無能という事になるわ。」


「まあ、アポロンが無能だということには同意だけれど。」


「ギリギリ五番目に滑り込んだお前がよく言う。」


アポロンは冷静につっこむ。


「す、すみません! そんなつもりで言ったわけじゃ! 何で私なんかが選ばれたのか本当に分からなくてつい!!」


三人のやり取りを見ていたアシーナが口を開く。


「ねえ、アルテミス。もしもあなたが良ければ、だけど。」


「私の補佐をしてみない?」


その言葉にアルテミスは固まった。


「ええ?! わ、私ですか?! 無理です無理です!! 私なんかじゃ足を引っ張ってしまいますよ!」


アポロンも納得し頷いた。


「いいかもしれない。やってみたらどうだ? 真面目で陰から支えられるお前に向いていると思うぞ。」


「無理ですよ! アシーナ様の補佐をするという事は、つまり次期アテネ島の領主の補佐ということですよ?! 私みたいな平凡な女神には荷が重すぎますよ!」


「アシーナ様みたいに頭も良くありませんし、体術も、神術だって・・・性格だって内気ですし・・・私なんかでは、アシーナ様の評判を落としてしまいます。アシーナ様の顔に泥を塗ってしまいます・・・」


アルテミスは肩を落とす。


アシーナは真面目な顔でアルテミスの肩に手を置く。


「そんなこと言わないで。あなたは私にないものを持っている。私にはあなたの力が、その優しさが必要なの。あなた以上に私の事を理解してくれる人は他にいない。」


「私にとって、アルテミスはかけがえのない存在なの。そんなあなたに、傍で支えてもらいたい。」


アシーナはアルテミスをそっと抱きしめる。


「あなたのその、誰よりも相手の事を真剣に思いやれる強さが羨ましい。」


「でもね。もっと、自分にも優しくしてあげて? 少しでいいから認めてあげて?」


「誰にでも欠点はある。だけどそれと同じ数だけ、いいえそれ以上に素敵な所はたくさんあるの。だから、ね? お願い。」


アシーナの腕に抱かれたアルテミスは大粒の涙を流す。


「本当に嫌なら、無理強いはしないわ。だけど、私はあなたならできると信じてる。」


「私なんかで・・・いいのでしょうか・・・・・」


アルテミスはやっとの思いで声を絞り出し、つぶやく。


彼女を包むアシーナの腕に少しだけ力が入る。


「あなたがいいの。私のわがまま、聞いてくれる?」


囁くアシーナの声はとても穏やかだ。


「アシーナ様・・・・・。」


アルテミスは震える手でアシーナの抱擁に応えた。


掴んだその手は、アシーナのドレスに深いシワを刻む。


「う、うぅぅぅ・・・・」


必死に声を抑えるアルテミス。


「これからもよろしくね。アルテミス。」


アシーナは優しく微笑みかける。


アポロンもアフロディーテも、その様子を優しく見守っていた。



ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます!


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