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第20話 乖離する光闇


サングラッセン城内、王の間―――――。


「無事に終わったようだね! 流石はさすがはアシーナちゃんだ!」


ミノス王は天井に届きそうなほどの高さまで王冠を放り喜んだ。


「そんな。大袈裟ですミノス王。」


アシーナは照れくさそうに返す。


「大袈裟なもんか。実を言うと、僕の見立てではもう少しかかると思っていたんだよ。」


「見たところ傷も負っていないようだし。いやあ、こりゃ想像以上だ。」


「いえ、事前の情報収集と起こりうる事態の想定をして臨んだだけですよ。」


「確かに、情報収集もリスク管理もどちらも重要な事だ。でも、それらを生かすには実力が必要不可欠さ。どんなに外側を固めても、実行する力が伴わなければ結果は出せない。情報とイメージだけでは机上の空論なのさ。」


ミノス王は指で回した王冠を放りながら語る。


どこか切な気にアシーナは苦笑いする。


そんな一瞬の表情を、ミノス王は見逃さなかった。


「洞窟で何かあったのかい? 試験は無事終えたというのに、モヤがかかったようなすっきりしない顔だ。」


「い、いえ! 特に何も!!」


「あっはっは!! アシーナちゃんは才色兼備だけど、嘘をつく事だけは苦手のようだね!!」


分かりやすいくらいの動揺。


そのような反応は何かあったと言っているようなものだ。


「どうしたんだい? 思いを寄せていた彼に洞窟で偶然の再開を果たすも振られちゃった~・・・とか?」


アシーナの表情は更に暗くなる。


がっくりと肩を落とし、今にも泣いてしまいそうだ。


常に凛としている彼女がここまで落胆する事も珍しい。


「あ、あれ? え~と・・・・・」


予想外の反応にミノス王は困惑する。


感が良すぎるというのも考え物だ。適当に言ったことがほとんど当たっていた。


「ほ、ほら元気出して! 大丈夫だって! アシーナちゃん美人だし、いい男なんてすぐ見つかるよ! アシーナちゃんみたいな強くて綺麗で魅力的な女性は、何もしなくても男の方から寄ってくるって!!」


ミノス王は咄嗟に思いついた言葉をひたすら並べる。


アシーナに王の声は届いていなかった。彼の声がだんだん遠ざかっていく。


アシーナはそっと瞳を閉じる。


数時間前、ガルゴ洞窟にて―――――。


「あ。なんかある。」


ニケとアシーナはピュラが指さす方向を見る。


地面に宝石のように光を放つ何かが落ちていた。


アシーナはその光る物体を手に取り上げた。


小さな雫のような形をした結晶は、角度を変える度にキラキラと光を反射させた。


「試練の証拠品ってこれのことかしら・・・」


アシーナは結晶を空へ透かしてつぶやく。


「試練?」


「ええ。オリンピア上級学院の『エポヒ』候補生に課せられる試練。『王の試練』といって、候補者に与えられた試練をクリアすることで卒業と同時に『エポヒ』の勲章が与えられるの。」


「エポヒ、か。なるほど。つまりアシーナは上級学院の生徒の中で選ばれた者ということか。」


「さすがだな。」


アシーナは苦笑いする。


「やめてよ。そんな大袈裟なものではないわ。それに、今年は候補者が私以外にも4人いるのよ。」


「何にせよ、着実に力をつけているんだな。」


有言実行のアシーナに俺は心から感心していた。


一歩ずつ階段を上り、確実に前へ進んでいる。


「それで、その結晶が試練クリアに必要なわけか。」


「ええ、恐らく。最深部の魔物討伐と証拠品の持ち帰りなのだけど、魔物討伐はともかく証拠品については細かく記されていなかったからピンと来ていなかったの。」


「魔物の種類や特性は前もって調査は済ませておいたから対応できたけどね。」


「初めから魔物の弱点を把握していたということか。」


「そういうこと。相手が怨霊の類であることは分かっていた。なら、弱点である聖属性を使えば戦いやすいでしょ?」


彼女は簡単に言うが、相手に合わせて好きな属性を選んで神術を使用するヤツなどいない。


神術の種類は個人のエーテルの質に左右されるため多種多様とはいえ、そんな便利な使い方ができるなら皆そうしている。


そんな事を平気でやってのけるアシーナの実力が相当なものである事は間違いない。


加えて、あれだけの神術を展開して息一つ切らしていないのだ。とんでもないことをしている事に、当の本人は全く自覚していない。


とはいえ、実際『黒の鼓動(カルディア)』では全く効果がなかった。俺にとって相性の悪い相手だった。


正直、アシーナがいてくれて助かった。


「その結晶が証拠品ってことなら俺達は予定通りこの聖杯を頂いていくが、構わないか?」


俺は銀色の聖杯をアシーナに見せる。


「ええ。その聖杯は遥か昔からこの洞窟にあった財宝であって、王の試練と直接的な関係はないの。それに、証拠品については記載されていなかった事を考えると、そんな分かりやすいものとは思えない。」


「であれば、もっと根本的な解決をさせるために与えられた試練の可能性が高い。十中八九、その聖杯は私をミスリードするためのフェイクでしょうね。」


「なるほどな。それなら問題ないな。」


「ピュラ、行くぞ。」


難しい話にあくびをしていたピュラが頷きニケと外へ向かい歩き出す。


「今回は助かった。恩に着る。」


「じゃあな。」


ニケはそれだけアシーナに伝えると、ピュラの手を引き歩いていく。


アシーナは目を丸くしてニケの背中を見つめていたが、ふと怒りの感情が湧き上がった。


「ちょっと!! せっかく久しぶりに再会したのに、そんなあっさり行っちゃうの?!」


アシーナは走ってニケの横に付く。


ピュラは反射的にニケを壁にして反対側へ避けた。ピュラはアシーナを睨み警戒している。


それを見たアシーナは困ったように苦笑いした。


「どうせ出口は一つで同じなんだから、わざわざここで別れなくてもいいでしょ?」


アシーナは頬を膨らませ俺の顔を覗き込む。


真紅の瞳が真っすぐ俺を見つめる。


「勝手にしろ。あと、いちいちこっちを見るな。顔が近い。」


俺はアシーナから目を逸らし素っ気なく答える。


左手はピュラの頭を撫でる。ピュラは気持ちよさそうにされるがままだ。


言葉は素っ気ないがニケの耳がうっすら赤くなっている事にアシーナは気づく。


むくれていた顔が和らぎ笑顔になった。


アシーナは許されたわずかな時間を噛みしめながらニケと肩を並べ出口を目指した。


洞窟を出た三人は久しぶりの新鮮な空気に思わず伸びをする。


太陽の光が燦々と降り注いでいる。


道中話が盛り上がることもなく、結局洞窟を出るまで沈黙が続いていた。


それは、この二人の再会が単純に喜ばしいものではなかったからだ。


好意を寄せる相手を殺そうとした父親を持つアシーナ。その父親に恨みを持つ俺。


この因果は簡単に解決するものではないし、時間が解決してくれる事でもない。


「ここでお別れだな。」


俺はアシーナの表情から伝わる気持ちを汲み取った上で、別れの言葉を口にした。


「本当は私も一緒に行きたい。また離れ離れになるのは嫌。だけど・・・」


言葉に詰まるアシーナを遮り諭す。


「アシーナは王の試練の事もあるだろう。」


「それに、俺が生きていたことがゼウスに知られれば、俺は確実にまた命を狙われる。そうなれば次は俺も黙ってはいない。」


「アシーナ。ここではっきり言っておく。」


俺は深呼吸し、意を決する。


アシーナは不安な様子で俺の言葉を待つ。


「俺は、ゼウスを殺す。」


アシーナの顔を真っすぐ見据えて伝えた。


アシーナは一瞬瞳を大きく見開いたが、すぐに脱力してうつむいた。


「・・・・・」


「・・・・・・・・」


「・・・・・私は・・・・・」


「・・・私は、どうしたらいいの? ニケ・・・」


本当はあの頃のように、ニケの手を掴み引っ張って行って欲しい。


導いてくれるニケについていきたい。どこまでも。神かどうかなんて関係ない。呪いも厄災もどうでもいい。


あの頃のように、ニケの傍で笑っていたい。


手を差し出してほしい。


心はとうの昔に決まっている。


それでも、体は動いてくれなかった。


アシーナの心情は察して余りある。


ユピテリアの主神の娘としてのアシーナと、ニケの幼馴染としてのアシーナ。


相反する感情がぶつかり合う。そんな簡単に決める事などできるわけがない。


ましてアシーナは真面目で、慈悲深い心の持ち主だ。血統が故の立場と、彼女自身の願望の狭間で凄まじい葛藤があるのだろう。


「それは俺には決められない。だが、アシーナがどんな決断を下そうとも俺はアシーナを責める事はない。アシーナの意思を尊重する。」


俺を心配そうに見上げるピュラの頭を撫でる。


「次に会う時は敵同士かもしれない。そうなった場合、お互い本意でなくとも刃を交える事になるだろう。だが―――」


俺は涙を流すアシーナを見て微笑んだ。


「アシーナに殺されるなら本望だ。」


ピュラの手を引き去っていくニケを、アシーナはただ見つめる事しかできなかった。


頬を伝う涙が次第に大粒になる。


真紅の瞳は水面に反射し揺蕩(たゆた)う夕陽のように歪んでいる。


ぼやけた世界を見つめ続ける。溢れる涙を拭うことも忘れて。


抑えていた感情があふれ出し顔を両手で覆う。


心の中で、必死に抑えようと叫んでも涙は止まってくれない。


彼女の意思に逆らうように、とめどなく涙が零れ落ちる。


膝から崩れ落ちたアシーナはすがるように彼の名を呼び続けた―――――。


「―――――ちゃん。アシーナちゃん。」


「お~い、アシーナちゃん!」


優しい声に導かれアシーナはふと現実に引き戻された。


「・・・・・あ。」


「も、申し訳ございませんでしたミノス王!!」


アシーナは必死に頭を下げた。


ミノス王はホッと息をついた。


「気にしないで。僕の配慮が足りなかったな。ごめんね。」


ミノス王は苦笑いして頬を掻く。


「いえ。つい考え事をしてしまっていた私が悪いのです。」


アシーナはいつもの調子を少し取り戻し、声に覇気が戻った。


「ともかく、これで無事上級学院を卒業し、『エポヒ』となるわけだ。その上首席で卒業なんてゼウス様も鼻が高いんじゃないかな。」


ミノス王は王冠を指でクルクル回しながら言う。


「そんなことはないと思いますよ。厳しいお方ですので。」


アシーナは苦笑いする。自身も特別すごいことをしたという実感はない。


「あっはっはっ!! ほんと相変わらずだね、アシーナちゃんは。」


ご機嫌に回していた王冠を止めて真顔になる。


「めでたい空気のところちょっと言いにくいんだけど・・・・」


「どうもきな臭いというか、嫌な予感がするんだよねぇ。ぼく、こういう直感だけはよく当たるんだよ。」


アシーナは首を傾げる。


「きな臭い? 何か気になる事でもあるのですか?」


「う~ん、はっきりと言えないのが歯がゆいのだけど、ぼくらにとって良くない事の気がしてならない。ほんとただの直感で、全然具体的じゃないから説得力ないんだけど。」


「アシーナちゃんも一応用心しておいて。何に?っていう話なんだけどさ。」


ミノス王は白髪の癖毛を掻きながら笑う。


「分かりました。お父様にお伝えしておきます。」


二人は大きな窓ガラスから差し込む夕日に照らされ、窓越しに茜色に染まる空を見つめていた。


ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます!


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