第19話 刹那の交錯
背中にキマイラの羽を生成し、宙を舞い髑髏の顔めがけて爪状の三本の黒霧を突き立てる。
爪はそのまま魔物をすり抜けた。
全く手ごたえがない。
怨霊だからか、物理的な攻撃ではダメージを与えられそうにない。
生気を吸おうにも元々死んでいる相手にそれは意味がない。
「やっかいだな。怨霊の類では相性が悪いか。」
回転しながら着地し羽を閉じる。
ピュラは高速で壁を駆けあがり、天井付近で力強く地面を蹴り魔物に向かい飛び込んだ。
短剣はやはり空を切り、骸骨の魔物は一切ダメージを受けていない。
着地したピュラは首を傾げ、手に持つ短剣を不思議そうに眺めた。
骸骨の魔物は長い腕のようなものを形成し、ピュラを狙って薙ぎ払う。
「ピュラ!!」
俺は瞬時にピュラを抱え跳躍する。
その時、再び胸で光るお守りが目に入る。
「一体、さっきから何なんだ?」
そっとピュラを降ろしお守りを手に取る。
握った掌を広げるとお守りは手を離れ宙に浮き、ゆっくり入り口の方へと漂った。
俺はお守りが指す方向を目で追う。
あり得ない光景に、俺は目を見開いた。
容姿が多少変わっていても分かる。
上級学院の制服に身を纏い、凛としながらも優しさが感じられる雰囲気。
吸い込まれそうな真紅の瞳。良く見知った常盤色の長髪少女が涙を流してこちらを見ていた。
彼女の胸にも同じ輝きを放つお守りが宙を浮いていた。
二つのお守りは引かれ合うようにお互いを求め光っていた。
「アシーナ・・・・・」
俺は無意識に名前を呼んだ。
「ニケ。やっと会えた。」
アシーナはニケに駆け寄る。
再開を分断するように骸骨の魔物が腕を振り下ろした。
俺は咄嗟に身を翻す。
同時に右腕から黒霧の波動を放つ。
やはりすり抜け標的の後方の壁に衝突し、岩壁が崩れ落ちた。
「全く。面倒な相手だ。」
俺が策はないか思考を巡らせている所に、ピュラは短剣を逆手に構え正面から突撃した。
「おい!! むやみに近づくな!!」
俺が叫ぶと同時に、魔物は無数の口から紫色の霧を吐き出した。
「うあっ?!」
霧を吸ったピュラは力が入らずその場に崩れた。毒の霧だ。
痙攣するピュラに骸骨の怨霊の長い爪が襲い掛かる。
「あ・・・う・・・」
「ピュラ!!」
俺が飛び出そうとした時、激しい金属音が洞窟内に響き渡った。
衝撃は砂埃となって舞い上がる。
「ピュラ!!!」
俺は砂埃を払いピュラの方を見る。すると、ピュラを庇うように魔物の爪を受ける巨大な銀色の盾が浮かんでいた。
「これは・・・・・」
「話は後ね。今はこいつを何とかしないと。」
アシーナがかざした左手を振り上げると、銀色の盾は魔物の爪を上方へ勢いよく弾き飛ばした。
盾は空中で弧を描き、遠心力を利用し高速で骸骨の魔物を壁に激しく押し付ける。
アシーナは押し付けた盾を維持したままピュラの方へ歩いていく。
顔を覗き込むとピュラは息をするのがやっとの状態だった。毒が全身に回り顔が青ざめている。
アシーナは目を閉じ左手に集中する。
淡い緑色の光がピュラを包み込み、瞬く間に治療した。
「もう大丈夫よ。」
アシーナが声をかけるとピュラはぱっちり目を開いた。
途端にアシーナから飛び退きニケの後ろに隠れる。
警戒心を剥き出しにしアシーナをじっと見つめた。
俺はそんなピュラを見てため息をつく。
「こういうやつなんだ。許してやってくれ。」
「気にしないわ。それより・・・」
アシーナは立ち上がり微笑む。
「ニケ、相変わらず優しいね。あの頃から変わってない。」
「・・・そんなつもりはない。」
俺はそっぽを向く。
「グオオオオオオ!!!!」
壁に打ち付けられた骸骨の魔物は銀の盾を弾き飛ばし、更に長い腕を生成しこちらへ向かって飛んでくる。
「アシーナの攻撃は通るようだな。済まないが、とりあえず今は当てにしてもいいか?」
「もちろんそのつもり。私の標的はあいつだもの。」
そういうとアシーナは俺たちの前に立った。
「ここは私に任せて。」
「おい、さすがにそれは無理があるだろう。危険だ。俺がやる。お前はサポートしてくれればいい。」
「・・・やっぱり変わってないね。」
アシーナはこちらを振り向きニコッと笑った。
「大丈夫。私だって、少しは成長したんだから。」
アシーナは魔物の方を向き直る。
「やれやれ。お前も変わっていないな。」
彼女が一度決めたらテコでも動かないことは良く知っていた。
相変わらず頑固だ。
「わかった。ここは任せる。」
俺はピュラを連れ下がって見守ることにした。
≪絶対防御≫。
『モード・聖母』。
アシーナが右手を水平にかざしつぶやくと、神々しく輝く光の盾が出現した。
骸骨の魔物は左腕で目にもとまらぬ速さでアシーナを薙ぎ払う。
アシーナは右手を上へ掲げた。
瞬く間に光の盾は左腕の付け根を両断する。
切り離された左腕は光に包まれ浄化されていく。
「グオオオオオオ!!!」
魔物はすかさず残った右腕を振り下ろす。
アシーナは上げた手を素早く降ろした。
急降下した光の盾が魔物の右腕を切断する。
「グァァァァァ!!!」
光の盾は勢いを緩めることなく地面の中へ消えていく。
アシーナは降ろした右手を構えたまま目を閉じ集中する。
魔物を中心として地面に巨大な光の魔法陣が展開された。
『聖域』。
アシーナがつぶやくとまばゆい光を放つ魔法陣が円筒形の強烈な光のエネルギーとなり、光の中に魔物を閉じ込めた。
「グアアアアアアアアアア!!!!」
魔物が苦痛に叫ぶ。
その体が徐々に浄化されていく。
もがき苦しんでいた怨念は、やがて形を保てず光の中へ消えていった。
消える間際に何かの欠片が地面に落ちた。
「・・・・・ふぅ。」
アシーナはゆっくりと目を開け、息を吐く。
「見事だ。すっかり逞しくなったな。」
素直な賛辞。もはや虐められていた頃のか弱い少女の姿はなかった。
こんなにも堂々と、強靭な精神力を持つに至るまでに成長していた。
思わず感心した。
その力を制御するのにどれほど険しい道のりであったか、想像するのは容易だった。
「それ、女の子に言うセリフじゃないよ。」
こちらを振り向いたアシーナは頬を膨らます。
「任せろと言ったのはお前だ。」
「それに、一人で簡単にやってのけたんだ。逞しい以外に言葉が見つからん。」
俺の後ろで警戒を続けるピュラに目をやる。
「やっぱり訂正。ニケ、ちょっと素っ気なくなった?」
アシーナはむくれながら目を細めて言う。
「・・・・・色々あったからな。」
俺はピュラの頭を撫でながら少し困った顔で目線を落とす。
アシーナはすぐに察した。同時に軽々しく発言した事を後悔した。
「そうだよね・・・ごめんなさい。」
アシーナはうつむく。
「・・・・・」
あの時は動揺していてたせいでアシーナに怒りをぶつけてしまったが、アシーナが悪くないのは今では理解している。
そういう子でない事は十分過ぎるほど分かっているし、変わらない姿を見たことで確信した。
とにかくあの時は絶望感に押し潰されそうだった。
何もかもどうでもよくなった。
アシーナは本心で謝罪している。それくらいは分かる。
だが二つ返事で「許そう」とはなれない。
アシーナの父親に殺されかけたんだ。気持ちの整理がつかないのも当然だ。
沈黙が何よりの証拠だった。
むしろ、改めて謝罪されたことで胸の奥がざわついた事もまた事実。
「にけ・・・」
ピュラは心配そうにニケを見上げた。
重い空気に耐えられなくなったアシーナは話題を変える。
「その子は・・・ピュラちゃんって言うのね。」
アシーナはしゃがみ、ピュラに目線を合わせる。
「名前、知っていたのか。」
「ううん。さっきニケがこの子の名前、読んでいたから。人見知りする子なのね。ちょっと分かるな。昔の私みたい」
「私はアシーナ。ピュラちゃん、よろしくね。」
アシーナは俺に隠れるピュラに優しく微笑みかけ、頭を撫でようとする。
「・・・・・かみはきらい」
ピュラがつぶやく。
「・・・・・え?」
アシーナは触れようとする手を止めた。
「こいつは巨神族の生き残りだ。それでわかるだろう。」
俺は多くは語らなかった。アシーナの気持ちを理解できるからだ。
「そっか、そうだよね・・・・怖がらせちゃってごめんね、ピュラちゃん。私はピュラちゃんとお友達になりたいな。」
「今すぐじゃなくていいから。ゆっくりでいいから。いつかちゃんとお話ししてみたいな。」
アシーナは警戒するピュラの顔を覗き込み、笑顔で微笑みかけた。
アシーナも深く傷ついている。
ピュラに拒絶されたことではない。
彼女が巨神族の生き残り。
それが示すものは、アシーナにとって避けては通れない神族が向き合うべき事だからだ。
アシーナは神族と巨神族の関係を全て理解し、受け入れた上で気丈に振る舞っている。
本当に芯が強い。
その優しさゆえに板挟みになり苦しんでいるのだろう。ゼウスという父親を持つなら尚更だ。
アシーナは他の一般神族とは違う。血筋が別格だ。
末端の神族であれば気にすることもなかっただろうが。
「ニケはピュラちゃんにとても好かれているのね。分かる気がするけど、ちょっとだけ羨ましいかな。」
アシーナは少し寂し気な表情で立ち上がり埃を払う。
「アシーナ・・・・・」
ピュラは何気なく魔物がいた方向を見た。
「あ、なにかある。」
ピュラが魔物のいた方向を指さす。
俺とアシーナもつられて同じ方向を見つめる。
そこには力強い輝きを放つ何かが光っていた。
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