第1話 出会いと始まり
「はあっ! はあっ! はあっ!!」
しばらく森の中を駆け上がっていたがついに息が切れ立ち止まった。
滴る汗が地面を濡らす。
登った坂道を振り返ると木々の間から黄金に輝く神殿の姿が覗いていた。
「・・・・・・」
神殿の輝きが気分を悪くさせる。
「少し休もうかな。」
耳を澄ますと水の流れる音が聞こえてきた。
音の方へ行ってみると、綺麗に透き通った水の流れる小さい川を見つけた。
その脇には横になるにはちょうど良さそうな、生き生きと生える芝生が風に揺られていた。
俺は大の字になり芝生に寝転がる。
太陽に向かい手を伸ばす。
「・・・自然に触れていると自分の悩みがちっぽけに感じるな。」
目を閉じ自然が奏でる音に身を任せる。
「落ち着くな。」
空を見上げる。吸い込まれそうな蒼色が広がっている。柔らかい日差しが全身に降り注ぐ。
風に揺れる木々のさざめきや小鳥たちのさえずりが子守唄のように心地よく響き、俺は眠気に襲われた。
うとうとしているところに川の上流のほうから数人の子供達の声が聞こえてきた。
はしゃいでいるのか、叫んでいるようにも聞こえる。
「誰だろう・・・」
なんとなく声のする方が気になり体を起こす。
「オラッ!!」
「きゃっ!!」
夕焼けを連想させる真っ赤な髪をバンダナで纏め上げた、いかにも野蛮そうな男の子が女の子に向かって何か石のような物を投げている。その後ろでウキウキした様子の男の子と、どこか嬉しそうにアレスを見ている女の子が様子を見守っていた。
「どうせ怪我なんてしない癖に、めそめそしてんじゃねえ!」
バンダナの男の子は怯えすすり泣く女の子に向かい更に石を投げつける。
俺は草木をかき分け辺りを見回していると声の主らしき人影を見つけた。
「あいつら、学園で見たことあるような・・・」
「ずいぶん盛り上がっているようだけど、何してるんだ?」
野蛮そうな男の子が小石のような物をうずくまり泣いている女の子に向かって投げているのが見えた。
何かに弾かれて小石は宙を舞う。
うずくまっている女の子の周りには、掌くらいの盾のような形をした光が彼女を守るように浮いていた。
「あいつら、まさか・・・」
見ていて気持ちのいいものではなかった。腹から熱い感情が湧いてくる。
「アレス俺にもやらせてよ。」
「いいぜ! 手加減しなくていいからなデイモス。」
「もちろん! おりゃ!!」
アレスと交代した男の子は木の枝を思いっきり女の子に投げつける。
木の枝はやはり光の玉に弾かれ飛んでいった。
「うわ!本当に当たらないや。」
デイモスは頭を掻きながら次に使う枝を探し始めた。
「全然当たらなくてつまらないですわね。」
様子を見ていたエリスはつまらなそうにため息を漏らした。
アレスも頷く。
「何とかして当てたいんだけどな。何かいい方法ないか? エリス。」
「そうですわね~。あ!!」
エリスは何か閃きアレスに耳打ちする。それを聞いたアレスはニヤリと笑う。
デイモスが枝を探している所にアレスが来た。
「デイモス、今からちょっと面白いことするぞ。」
「え?」
アレスはデイモスに耳打ちする。
「何それ面白そう!」
「だろ?」
アレスは少し大きめの石を軽々と放りながら泣いている女の子に近づいていく。
二人もアレスに続いた。
「ひっ?! な、なに・・・?」
女の子は息をのむ。恐怖を感じた女の子は三人に背を向け逃げるように走りだした。
「あっ・・・・」
女の子は立ち止まる。崖だ。これ以上逃げる場所はない。後ろからは大きい石を持ったアレスと楽しそうにしながら付いてくる二人。
「も、もうやめて。アレス。」
「ちっ! そういう態度が気に入らないんだ! ウジウジしやがって! そのくせ弱い癖にちやほやされやがる! 調子にのってんじゃねえ!!」
アレスは石を地面に叩き付ける。石は粉々に砕け散った。
「ひっ!」
激しく威嚇された女の子は思わず頭を抱える。
「俺の方が強いのに、皆お前ばっかり気にかけやがる!! ビビリで泣き虫の癖に生意気なんだよ!」
「そ、そんな。わたし、そんなつもりじゃ。」
「うるせえ!!」
アレスは強引に女の子の手を掴む。
「いてっ?!!」
アレスは咄嗟に腕を引く。手の甲が赤く腫れていた。
女の子の周りには小さな光の玉が彼女を守るように浮いている。光の玉の、まるで人を煽るような不規則な動きにアレスの怒りは頂点に達した。
「馬鹿にしやがって!!!」
アレスは光の玉の攻撃を無視して無理やり女の子の腕を掴む。光の玉はアレスの腕を攻撃し続ける。みるみる腫れ上がっていく腕の痛みを気にも留めず、女の子を引きずり崖の端まで連れていく。
「や、やめてアレス!! ごめんなさい! ごめんなさい!!」
何かを悟った少女は必死に謝る。アレスの腕を剥がそうと必死に抵抗するが力で適うわけがなかった。
アレスは全く聞き入れない。足早に崖の先端まで泣きじゃくる女の子を引きずっていく。
「わたしのせいです! わたしが悪かったです!! もう逆らったりしないから!! だからやめてくださいお願いします!! お願いします!!!」
女の子は泣き叫びながら必死に懇願する。
「おらあ!!!」
アレスは女の子を崖に放り投げた。
「・・・・・あ」
女の子は本能的に死を予感した。
三人が視界から遠ざかり崖に吸い込まれていく中、三人の後ろから猛スピードで走ってくる黒髪の男の子の姿を捉えた。
「どけっ!!!!!」
俺は三人を突き飛ばし崖に投げられた女の子に向かって大きく跳躍し空中で女の子を抱きとめた。
女の子を守ろうと、飛び回る小さな光の玉は激しく俺を打ちつける。体中が赤く腫れあがる。それでも女の子を離さなかった。
俺と女の子はそのまま崖の下に落ちていった。
「・・・・・」
アレス達はその場に立ち尽くし呆然としていた。
俺は女の子を少しでもショックから守るため空中で体を捻り地面に背を向けた。
木々の枝が折れる音が周囲に響き渡る。身体が激しく地面に打ち付けられ鈍い音が響く。逃げるように鳥たちが飛び去って行った。
神の血が入っているとはいえ少し無謀だったかもしれない。
「いてて。大丈夫? ケガはない?」
俺は腕の中の女の子を見る。
「う、うん。」
女の子は頷き何とか声を絞り出す。
「良かった。あいつら、まさか本当に崖から落とすなんて。」
「ケガは・・・してなさそうだな。」
俺はホッとため息をもらした。
赤いスカートから覗く左脚に、金色の葉枝の紋章が仄かに光る。
美しい緑色の髪を押さえながらこちらを見上げる涙目の真紅の瞳に、俺は釘づけになった。
瞬きすら忘れてその姿をじっと見つめていると、彼女は不思議そうに首を傾げた。
俺は思いっきり首を振った。
「ご、ごめん!!」
明らかに動揺していた。必死に話題を探すが思うように言葉が出てこない。感じたことのない感覚だ。
「そ、その浮いている小さい光の玉? みたいなの可愛いね!! 似合うよ!!」
「あ!! いや、そうじゃなくて!!」
何を言っているのか自分でも分からなかった。
「ぷっ。あははは!!!」
彼女は声を出して笑った。気を許してくれたのか、彼女の周りを浮遊していた小さな光の玉は消えた。
「そんな事言ってくれた人初めて! あなた、とても優しいね!」
少女は満面の笑みで応える。緊張が和らいだようだった。
「そ、そんな事はないけど。」
俺は急に恥ずかしくなり目を逸らした。
「そうだ、俺はニケ。よかったら、友達になってくれないかな。もう独りぼっちは嫌なんだ。」
俺は咄嗟に口を押えた。
考える前に言葉が出ていた事に驚いた。人は信用できないという事は、嫌という程知っているはずなのに。
「あ、いや。その、嫌だったらいいから。」
俺はどうせ拒絶されるだろうと思い、思わず両手で制止した。
何故だろう。この子を見ると落ち着かない。
「あはは。ニケって面白いね。」
「私はアシーナ。よろしくね。」
アシーナは笑顔で手を差し出した。
俺は予想外の反応に目を丸くする。
「う、うん。こちらこそ よろしく。」
俺は戸惑いながら慌ててボロボロの服で手をこすった。
二人は笑顔で握手する。
「ごめんね、ニケ。光の玉に攻撃されて痛かったよね? この玉、私の言う事聞いてくれないの。いつも危険から守ってくれるから、悪いものじゃないと思っていたけど・・・」
「・・・・でも、助けてくれた人まで攻撃しちゃうなんて、きっと良くない物なんだよね・・・」
アシーナは俺の手の甲を優しくさする。
ニケの身体の至る所に赤いアザができていて見るからに痛々しい。
「あ、ああこれ? 平気だよ。こんなの、たいした傷じゃないし。」
「きっとアシーナの事が大好きなんだよ。アシーナの事、とても大切なんじゃないかな。だから必死で守ろうとするんだよ。」
「・・・・・え?」
アシーナは大きく目を見開いた。
「アシーナの守り神だね。」
「きっとそうだよ。だから胸を張っていいと思う。」
「自信を持っていいんじゃないかな。」
俺はアシーナを見て微笑んだ。
今までそんな事を言ってくれる人は誰もいなかった。会う人皆アシーナを怖がった。
じんわりと心の奥から温かい気持ちに包まれた。
「・・・・・あれ? なんで?」
美しい赤色の瞳いっぱいに涙が溢れる。
「なんで? とても・・・温かいのに・・・」
抑えきれない感情が涙と共に溢れだす。
必死に拭う。それでも止まらない。
「ご、ごめん!! そんなつもりじゃなかたんだ! 俺、何か変な事言っちゃった?!」
アシーナは涙を強く拭いながら必死に首を横に振る。言葉が出てこない。
俺はアタフタする。こういう時どうすればいいのかなんて分からない。
困った俺は咄嗟にアシーナの頭に手を置いた。
優しく頭を撫でる。
「お、落ち着いた?」
アシーナは一瞬驚いたような顔をしたが、安心したようにその表情はすぐに穏やかになった。
「あ、ありがとう。」
アシーナは照れくさそうに俺を見つめる。
何だろう。この子を守りたいって思った。理由は分からない。とにかくこの子の涙が見たくないって、そう思った。
この感覚はなんだろう。初めて感じる感覚。照れくさいような、こそばゆいような。
でも不思議と心地のいい感覚。そんな何とも言えない胸の高揚感を噛みしめる。
「これからよろしくな! アシーナ!」
「うん!」
二人の出会いを祝福するように、周りの草木が放つ淡い光がいくつも空へ舞い上がり幻想的な世界を作り出していた。
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