第18話 導かれし魂
巨大な蛇の魔物がピュラめがけ鋭い牙を剥き襲い掛かる。
ピュラは素早い身のこなしでそれを軽々と躱す。
俺はその隙を突いて縄状に伸ばした黒い霧を放ち、魔物を縛り拘束する。
徐々に魔物の生命力を奪っていく。
「やれ!」
俺の声が届くや否やピュラは即座に飛び出し、魔物の身体を軽快に登っていく。
魔物の頭部辺りで更に高く跳躍した。
重力の力を最大限利用し、逆手に短剣を構え急降下する。
短剣は蛇の魔物の脳天を突き刺し大量の血が噴き出る。
魔物は激しく身体を打ち付け、ピュラを振り落とそうと必死にもがく。
ピュラは短剣を握り返し更に深く突き立てた。
やがて力尽きた魔物は大きな音を立てその場に倒れた。
ピュラは魔物の頭部から短剣を引き抜き、血を払い腰に掛けている鞘にしまった。
「これ、たべれる?」
戻ってきたピュラは絶命した魔物を指さしてニケに尋ねた。
「死にたくないならやめておけ。毒があるかもしれない。」
ピュラの腹が図ったように鳴り響いた。
「おなかすいてきた・・・」
「お前、ここへ来る前に散々食べていただろう。どれだけ燃費が悪いんだ。」
俺は呆れた顔でピュラを見下ろした。
「もうしばらく我慢しろ。最深部はそう遠くはないはずだ。」
「・・・・・がんばる」
ニケに促され、ピュラは指をくわえて物欲しそうに魔物の死体を見つめたままニケの後を追った。
ガルゴ洞窟は島端の絶壁に存在するが、掘ったような直線的な構造ではなく、比較的緩やかな下り坂が蛇のようにくねった不思議な作りをしている。
下層へ降りる道の付近だけは急カーブを描き、坂も階層を分けるようにやや急になっていた。
この構造のおかげでおおよその位置は把握できた。
二人は足を止める。今までの感覚とは随分違う。下層から溢れる何とも不気味な重圧を察知した。
「どうやらこの奥が最深部のようだな。」
ピュラはお腹を押さえている。時折腹の鳴る音が聞こえる。
俺はその様子を見てため息をつく。
「やれやれ。もう少しの辛抱だ。」
ピュラは覇気のない返事で応えた。
坂を下ると、洞窟の中とは思えない程開けた空間にたどり着いた。
道中も所々人の手が入った跡が見受けられたが、この空間だけ異様に手が込んでいる。
風化の影響か、神殿の跡や石柱は朽ち果て変色し苔に覆われている。
壁には大きめの松明がいくつか灯っており、他の階層と比べてもかなり明るい。
「随分と雰囲気が違うな。聖杯を祭るために作った、といったところか。」
俺は辺りを見回し苔の生えるボロボロの石畳の通路を真っすぐ進んだ。
すると一番奥の古びた祭壇らしき場所に、周りの朽ち果てた風景とは釣り合わない綺麗な輝きを放つ銀色の聖杯が鎮座していた。
「あれが聖杯か。」
俺とピュラは聖杯の前に立ち手に取った。中には何も入っていない。
「ここが最深部のはずだが、魔物らしきものはいないな。気配もない。どういうことだ?」
静かに辺りを見回す。何もいない。
「まあいい。とりあえず聖杯を持ち帰ればクエスト達成にはなるだろう。さっさと回収しよう。」
俺達が聖杯を持って祭壇を降りた瞬間、聖杯が紫色の気味の悪い霧が噴出し辺り一面を覆った。
「ピュラ! 俺から離れるな!!」
俺は叫ぶと同時に聖杯を放る。
転がった聖杯からあふれ出した霧が見る見るうちに無数の顔を持つ骸骨のような形状に変わっていく。
「・・・うー・・・」
ピュラは腹を鳴らしながら、腹を押さえて俺の横にくっついている。
「どうやらあいつがここのボスらしい。」
「ピュラ。腹を空かせているところ悪いが、もう一仕事してもらうぞ。」
ピュラは頷き短剣を抜く。
カルディアを発動し戦闘態勢に入る。
急に胸のオリーブのお守りが淡く光りだした。
「どういうことだ? なぜ今・・・」
「いや、今はこいつに集中だ。」
隙を突くように骸骨の魔物が二人に襲い掛かる。
俺は目の前の魔物に意識を集中した―――――。
アシーナの足音だけが洞窟内に響く。
アシーナの傍で一つの光の玉が浮遊し、明かり代わりに辺りを灯している。
あまりの静けさに違和感を覚える。
「ここはすでに魔物の住処になっていると聞いていたから、てっきり入ったらすぐ魔物に襲われるのかと思っていたけれど、思ったよりも静かね。」
しばらく進み通路の角を曲がる。
「!!!!!」
アシーナは目の前に広がる光景に驚き足を止めた。
巨大な蜘蛛の魔物の死体の山が築かれ、流れる血が地面を緑色に染めていた。
アシーナは死体に近づき観察する。
「まだ倒されて間もない。クエストを受注した冒険者かしら。」
しばらく観察していると、蜘蛛の死体は淡い光となり浄化するように消えていった。
更に下層へ進むと、巨大な蛇の魔物が頭部から血を流し倒れているのを発見した。
「急所への迷いのないひと突き。鮮やか。相当の実力者のようね。」
考えまいとしていた、一つの可能性がアシーナの脳裏によぎる。
次第に早くなる鼓動にアシーナは気づかない。
無意識に足取りは早くなっていく。
まるで何かに期待するように。
僅かな希望にすがるように。
根拠はない。ただ一人の事を思い描いていた。
遠いあの日、記憶の向こうで涙を流しかすれた声で別れの言葉をつぶやいた、あの少年の事を。
気づけば走っていた。
広い下り坂の奥からわずかに音が聞こえてきた。
躊躇することなく坂を下り、音が聞こえた最深部へ向かう。
神殿のような装飾が施された空間、広い石畳の通路へたどり着いたアシーナは、何者かが巨大な魔物と戦闘しているのを見つけた。
真紅の瞳を大きく見開き、一人の男を捉えた。
その瞬間、アシーナは真っ白な空間に立たされた。
時が止まったような静寂の中で、瞬きもせずにただ男だけをじっと見つめる。
記憶が洪水のように彼女の中で呼び起こされる。
彼女の胸に光るお守りは男を求めるように、彼に引き寄せられるように浮いていた。
彼女は呆然と立ち尽くす。
溢れ出した想いが一筋の涙となり頬を伝う。
「ニケ」
彼女だけが包まれた静寂の世界で、絞り出すように消えてしまいそうなか細い声で男の名をつぶやいた。
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