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第16話 人の王


俺とピュラはサングラッセンで準備を整え、徒歩で真っすぐガルゴ洞窟を目指した。


そもそも、クレタ島南部はそれほど大きな町もない結構な田舎地域で、立ち寄るような場所も特になかった。


広い草原に、遥か昔に滅びたであろう遺跡がぽつんと残されていた。


「神殿か何かの遺跡か? 随分と朽ち果てているが。」


俺は遺跡を横目にそのまま通り過ぎた。


しばらく歩いていると、ピュラが横にいないことに気が付いた。


振り返ると、ピュラは先程の遺跡を指をくわえて眺めていた。


「何をしている? さっさと行くぞ。」


催促するとピュラは名残惜しそうに遺跡を眺めていたが、すぐに小走りでニケの元へ走っていった。


洞窟が近づくにつれて周りの雰囲気も一層陰湿なものになっていく。


農道には見たこともないような奇妙な木々や植物が生い茂り、やがて植物が作り出したと思われる、天然のトンネルのような形を形成した場所が目に入った。


長年人の手が入っていないせいか奇妙な静けさが辺りを包む。


植物のトンネルをしばらく進むと、(つる)に覆われた巨大な絶壁が見えてきた。


絶壁と大地の接点が横長に裂け空洞ができている。


「あれが洞窟の入り口か。」


洞窟の入り口に立つ。空洞は緩やかな下り坂になっており、左右の壁には明かりが灯っている。


よく見ると地面は石畳になっており、かなりの風化の進行が伺え所々に苔が生えていた。


古代人が訪れていたのだろうか。天然の洞窟のわりに人の手が入った痕跡が見受けられ、若干の違和感を抱く。


「ここから先は何が起こるか分からない。俺から離れるな。いいな?」


今更こいつに死なれては目覚めが悪い。


「おくからまもののにおいがたくさんする。」


ピュラは鼻で洞窟の中を嗅ぐ仕草をした。


「巨神族ってのは全員お前のように野性的だったのか?」


「う~ん、わからない。ぴゅらだけ、かも?」


当の本人が疑問形では困るのだが。


そう言えば、里で狩りをしていたとか何とか言っていたな。


何となく根拠はないが、ピュラだけが特別な気がした。


「いつまでもここにいても仕方ない。さっさと最深部のボスを討伐して町に戻るぞ。」


「おーーー!!!!」


ピュラの元気な掛け声とともに俺たちは洞窟の中へ入っていった―――――。


サングラッセン城内、長い常盤色の髪をなびかせ、胸に金色の勲章の光る凛とした少女が王の間の扉を開けた。


扉の横には召使いが二名控えていた。少女は二人に軽く会釈すると、召使いも優しく微笑み頭を下げた。


玉座まで進み、美しく流れるような所作で片膝をつき頭を垂れる。


「オリンピア上級学院から参りました、アシーナです。王の試練を受けるにあたり、ミノス王に謁見したく参上いたしました。」


豪華で広い空間の中央に数段高い円形のホールがあり、その真ん中には天まで届きそうな高さの玉座がある。


その玉座に足を組み、フサフサの癖毛が特徴的な白髪に見事に王族の服を着崩した王が座っていた。


王冠を人差し指で回転させて遊んでいる。にわかに王と信じられない振る舞いだ。


「アシーナちゃん固い固い! そういうのはいいから顔を上げておくれよ!!」


アシーナを見るや否やすぐに跪くのをやめさせる。王と呼ぶにはあまりにもフランクな態度だ。


流石のアシーナも内心少し動揺したが、態度には現さず跪いたまま答える。


「尊敬するミノス王にそのような無礼は私自身が許せません。」


ミノス王は王冠を回していた指を止め立ち上がる。


「相変わらずだねアシーナちゃんは。そのブレない芯の強さがとても好きだよ。」


「でもね、僕は王という立場ではあるけれど、その権威を振りかざすようなことはしたくないのさ。」


「知ってのとおり僕は人間だ。僕の役割は、神と人間の橋渡しだと思っている。神々とも人間とも仲良く平和にやれるようにしたいんだ。」


ミノス王は王冠をボールのように頭上に放りながら語る。


「これは僕の信念といっていい。だからアシーナちゃんにも畏まってほしくないんだ。僕はもっとフレンドリーに関わりたいな。身分や年は関係なく、ね。」


右手で王冠を軽やかにキャッチする。


「神様たちにはなかなか理解してもらえないだろうけどね。」


ミノス王は再び指で王冠を回しながらウインクする。


「恐縮ですが私もミノス王と同じ考えです。神も人間も、この星に生きる一つの生命。そこに上下はない、そう思います。」


アシーナは跪いたまま答える。


「だったら、ほら! 頭を上げて楽にしてよ。」


ミノス王は軽く手を叩き合図した。


「で、では僭越ながら、できる限りそのように振る舞います。」


アシーナはミノス王に催促されようやく立ち上がり制服を正して王の前に歩み寄る。


「それで、試験はガルゴ洞窟の最深部に潜む魔物の退治と証拠品の持ち帰りだって?」


「はい。ガルゴ洞窟はクレタ島の領地であり、サングラッセンの管轄のため私の判断で勝手に行動することはできないと思い、許可をいただきに参りました。」


「長らく放置されていた事が原因で、町のギルドにもクエストとして魔物討伐の募集がかけられているのですよね? 「A」ランクゆえに、ただでさえ受注する数が少ない上に生還者がいないとか。」


「ご指摘の通り! そうなんだ。僕も対処したいと思っていた所なのだけど、こう見えて中々多忙でね。情けないことに、ガルゴ洞窟の件まで手が回らないのが現状だ。」


ミノス王は頭を掻き苦笑いする。


「正直、アシーナちゃんが来てくれて助かったよ。これ以上犠牲者を出すわけにもいかなかったしね。」


真面目な顔をしていたかと思えば、ミノス王は急に笑い出した。


「あはは! しかしアシーナちゃんは本当に真面目だねえ! ゼウス様から話は聞いていたから、挨拶の為にわざわざ来なくても良かったのに!」


「実は僕に会いに来たかったとか?」


ミノス王は右手を顎に当てわざとらしく格好つける。


それを聞いたアシーナは一瞬目を丸くしたが、すぐに笑みがこぼれた。


「あはは。そうかもしれません。オリンピア学園に入学したての頃に一度お会いし、会話をさせて頂いた事で、私の考え方は大きく変わりました。」


「恐れ多くも話がしたいと思ったのかもしれません。」


「本当かい?! 嬉しい事言ってくれるね~!」


ミノス王は両手を広げて喜びを露わにする。


「じゃあアシーナちゃん。いっそぼくの正妻にならないかい? それなりの権力はあるし、不自由はさせないよ♪」


ミノス王は突然アシーナを口説き始めた。


「い、いえ!! そういう意味ではなく!! 私には心に決めた人がいますので!!!」


アシーナは顔を真っ赤にして反射的に一歩下がり、全力で両手を振り否定する。


「い、いえ!! 尊敬しているのは事実ですがっ!!!」


思いもしない事を口走ったアシーナはとっさに口を塞ぐ。


「あっははは!! 心に決めた人がいるのかい!! いいね青春だねぇ! 若いっていいね!!」


ミノス王は今日一番の大声で笑った。


「ミ、ミノス王!! 声が大きいですよ!!」


動揺を隠せないアシーナはミノス王に触れるわけにもいかず、全力で両手を振りアタフタする。


「ごめんごめん!! いやー。アシーナちゃんは本当にいい子だね。こんな綺麗なアシーナちゃんにここまで思われているなんて、その男の子は幸せ者だね。いつか紹介してほしいな。」


ミノス王は軽くウインクする。


「そ、そうですね・・・そうしたいです。」


アシーナは一転、淋しそうにうつむき胸のお守りを握る。


そんなアシーナの仕草をミノス王は見逃さなかった。


「何か深い事情がありそうだね。何か困ったことがあったら何でも言ってね。僕は何があってもアシーナちゃんの味方だから。」


うつむくアシーナの肩に優しく手を置きミノス王は微笑みかけた。


「ありがとうございます。ミノス王。」


ミノス王はパッと手を離し真剣な面持ちになる。


「正直な所、今回の件は王の試練とはいえこの町の事情を押し付けるようであまり気は進まないんだけど、ごめんね。」


ミノス王は少し申し訳なさそうな表情でアシーナを見る。


「いいえ、お気になさらず。誰かの役に立てることは光栄です。それに、困っている人を放っておくのは私の信念に反しますので。」


アシーナは曇りなくはっきりと答えた。


「洞窟はくれぐれも気を付けて。長い間放置されたせいで今や完全に魔物の巣窟だ。アシーナちゃんのことだから心配はないだろうけど、万が一ってこともあり得る。」


「何か行動を起こす時は、常に最悪の事態を想定するんだ。そうすればいざという時に判断が鈍らない。」


ミノス王は、人間でありながら神にも負けず劣らずの数々の功績をあげ、その結果ゼウスに認められ今の地位にいる。


アシーナはそれを十二分に理解していた。彼女にとってミノス王の言葉は信じるに値するのだ。


「はい。肝に銘じます。」


アシーナは真っすぐミノス王を見つめた。


「それじゃいってらっしゃい。いい報告を期待しているよ。」


ミノス王は手に持つ王冠を放りながら、友人を見送るようにアシーナに手を振った。


ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます!


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