第12話 水面下
無造作に、まるで大量に投棄されたゴミのように宙に浮かぶ文明の残骸。いかなる者も拒絶するような光が入らない薄暗い空間。
一度足を踏み入れればそこは、一言で表すなら不気味、或いは禍々しいといったイメージを抱くだろう。
乱雑に浮かぶ岩々や石柱の数々。
ひと際大きく存在感のある岩の上に、一目で廃墟と分かる今にも崩れ落ちそうな神殿が、ひっそりと何とか形を保っている。
そんな神殿の入り口付近に黒い電撃が走り黒いゲートが展開された。
全身を黒いローブに身を包んだ一人の男が着地する。
男はアシンメトリーの前髪を掻き上げ立ち上がる。男の左頬には氷の結晶を思わせる黒い紋章が首まで入っている。
「・・・今日はさすがに姉さんの顔は見たくないなぁ。」
ヘリオスは神殿をみると深いため息を漏らした。
疲れた様子の男は左手で首元をさすりながら神殿に入っていく。
薄暗い石畳の廊下の壁には、小さなロウソクがいくつも灯っており道先を微かに照らしている。
しばらく歩いた先に開けた場所があり、中央には長い階段が上まで続いていた。
階段の先の玉座に二人の人影が見える。
玉座の前に立ちはだかる巨体の男と、玉座に座り足を組み頬杖をつく女性。
「すみません、遅れました~。」
広場の端には囲うように松明が力強く燃え盛り辺りを照らしていた。
ヘリオスは階段の手前でお辞儀をする。
2mはあろう巨体の大男が女性を庇うように一歩前にでる。
「貴様、遅れておきながらその態度は何だ。無礼であろう、ヘリオス。」
大男は最上段からヘリオスを見下ろし睨みつける。
「アトラスは相変わらずお堅いねぇ~。あまり堅物だと女の子にモテないよ~?」
ヘリオスは不快を露わにするアトラスを気にも留めずにへらへらとした態度で応える。
「貴様、それが任務を完遂できずのこのこ帰ってきた奴の態度か?」
アトラスの鮮やかなオレンジの髪、纏っている黒いローブがまるで彼の感情に呼応するようにゆらりと巻き上がる。
荒々しく揺らめく長い髪が彼の野性的な性格を物語る。
顔の右半分を覆う程の、燃え盛る炎を象った黒い紋章の淵が微かに赤色を帯びる。
「はあ~。やめてくれよ。情熱を向けられるのは女の子だけで十分。野郎はないって。」
明確な殺意を向けられたヘリオスはおどけて返すが目は笑っていない。喧嘩上等といった面持ちだ。
ヘリオスの左頬の紋章が青く仄かに光りだした。
殺意がぶつかり合い、二人を結ぶ階段の端々に亀裂が入る。
「もうよい。」
女性が口を開く。
二人が互いに攻撃を仕掛けようとしたその瞬間、二人は同時に地面に激しく叩きつけられた。
呼吸の余地すら与えないその圧倒的な圧力が、地に伏した二人の周りを更に陥没させる。
「がはっ!!」
二人は苦痛に顔をしかめる。
女性はゆっくりと玉座を立ち階段へ向かい歩ていく。
空気の歪みに、壁の松明がひと際大きく燃え上がった。
凍り付くほどの威圧感に両者とも地に伏したまま、指一本まともに動かせない。
先端に向かうにつれ緩やかにカールする緑髪が軽やかに揺らめいている。
漆黒のロングドレスに入った深めのスリットから覗く右脚には、まるでブラックホールのような形の紋章が刻まれている。
軽快かつ威厳を放つ黒いヒールの足音が階段の前で止まった。
「メ、メティス様・・・」
アトラスはやっとの思いで顔を上げ女性の名前を呼ぶ。
女性のルビーのように真っ赤に輝く瞳は、アトラスに目もくれず最下段でひれ伏すヘリオスを真っすぐ見下ろす。
「ニケを連れてくるように命じたはずだが?」
メティスは平然とヘリオスに問う。
「ちょ、ちょっと、想定外、の、事が、あって」
ヘリオスは何とか声を絞り出す。
かけられた圧力はさらに増す。
「ごはっ!!」
激痛に血を吐きだす。ヘリオスの身体がギシギシと悲鳴を上げる。
同時に石畳がさらに深く陥没した。
「とっさに思いついた冗談にしては笑えるな。それが最期の言葉でいいか?」
メティスは右手をかざす。
「き、きょ、きょしん、ぞく、がいた」
今にも押し潰されそうなヘリオスが言葉にならない言葉を息絶え絶えに発する。
「なに?」
メティスは右手をかざしたまま力を緩めた。
「きょ、巨神族の生き残りが、いたんだ。」
反動で咳とともに血を吐く。
「巨神族だと? 巨神族は絶滅したはずだが。」
メティスは考え事をするように薄暗い天井を仰いだ。
「あ、姉さん、術、解いてく、れない? このまま、じゃ、話せ、ない」
圧力に潰され声を絞り出すヘリオスは必死に懇願する。
「がっ! がは! ごほ! ごほっ!!」
メティスが右手を降ろすと、二人にかけられた圧力は何事もなかったように解けた。
軽くなった反動でヘリオスはひと際大きくせき込んだ。
アトラスは重そうに自身の巨体を何とか起こす。鍛え上げられた頑強な身体を持つ彼が立つのがやっとであることが、かけられた圧力の重さを物語っていた。
「ごほ、ごほ!」
何度か咳き込みヘリオスはフラフラになりながらようやく立ち上がった。
「ごほっ・・・ニケと一緒に、小さい赤髪の女の子がいてさ。その子がいきなり叫びだしたかと思えば、急に暴走して巨大化したんだ。あの体の紋様、巨神族で間違いないと思う。」
「人間を相手にするならまだしも、半神とはいえオリジナルに加えて、その上巨神族が相手じゃさすがに分が悪いと判断して一旦引くことにしたんだ。」
ヘリオスは脇腹を押さえながらゆっくりと語った。
「なるほど。赤髪の巨神族、か。」
メティスは何かを考えながら、ヘリオスに背を向け玉座に座り直し足を組んだ。
「お前への罰はとりあえず後回しだな・・・」
「巨神族の生き残りはニケと共にここへ連れてくる。今はそれよりも、もう一つの計画を実行に移す。」
その言葉の意味をすぐに理解したアトラスは何かを覚悟したように答える。
「ついに時が来たのですね。」
メティスはアトラスを一瞥し頷いた。
「そうだ。ユピテリアを落とす。」
広場を囲う松明がひと際激しく燃え上がった。
「ついにっスか。」
おどけた表情をしていたヘリオスも、覚悟を決めたように真剣な眼差しを向ける。
「パラス、ペルセス、アステリアにも伝えておけ。」
「仰せのままに」
ヘリオスは頭を垂れる。
「ゼウスを殺し、ユピテリアを制圧する。そしてユピテリアを拠点とし、足掛かりとする。」
「神々の殲滅のための、な。」
メティスは気味の悪い笑みを浮かべる。
「実行は一週間後だ。世界的にも有名なイベント故に、この時だけはユピテリアの警戒が弱まる。」
「そこを狙う。余計な邪魔が入らぬよう神々を引きはがした上で、な。」
この時期は『エポヒ』の授与式と、卒業式を兼ねオリンピア上級学院の敷地内の大神殿を貸し切り大規模なセレモニーが開催される。
このセレモニーはユピテリアの名物の一つとなっており、各地から人々がその年の『エポヒ』を一目見ようとやってくる。
そのためユピテリアは観光客で賑わい、町は一気にお祭りムードとなる。
「邪魔な取り巻きどもはお前たちに任せる。私はゼウスを殺る。」
「御意。必ず遂行いたしましょう。」
アトラスが拳を握る。
メティスの口角がやや上がる。その顔は自身に満ちていた。
「当然だ。ユピテリアには少々細工をしてある。万が一にも失敗することはないだろう。」
ヘリオスは、左脚を半歩下げ胸に手を当てゆっくりと頭を下げた。
その所作はさながら紳士といった様子だ。
「ふん、そのふざけた態度は相変わらずだな。」
アトラスは呆れた顔で見下ろす。
「それじゃあ僕はそろそろ行くよ。メンバーへの通達もあるしね。」
ヘリオスは片手を挙げ軽く挨拶すると、後ろを向いてゲートを開きそのまま消えていった。
「メティス様、あのような不敬な輩を傍に置いて大丈夫なのですか? あの男はあまりにもメティス様を軽んじています。信用できません。」
アトラスが振り返りメティスに尋ねた。
「よい。あれでも忠誠心は確かだ。それに、あれくらいの方が可愛げがあるというものだ。」
メティスは立ち上がりゲートを開く。
「ところでメティス様。一つ提案があるのですがよろしいでしょうか?」
「なんだ?」
アトラスはメティスに何かを告げた。
「ふむ。なるほどな。確かに一石二鳥かもしれん。」
「よかろう。その件はお前に一任する。」
「は。必ずや達成して御覧に入れましょう。」
アトラスは跪く。
「ああ。失敗は許されない。我々≪奈落の闇≫にはな。」
ゲートの前でメティスは立ち止まった。
「お前はヘリオスくらいでちょうど良いのかもしれんな。」
そう言い残しメティスは闇に消えていった。
「我らはこの世界を創り直す。」
アトラスは松明の炎がわずかに照らす広間の天井を見上げつぶやいた。
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