第112話 世界からの贈り物
アフロディーテはガイアを連れミュケナイ島のヒレージ山脈に来ていた。
ヒレージ山脈の標高は浮島に存在する山の中でも高く、大気中のエーテルがいくつも厚薄な層を重ねているため、その日の天候や見る人の体調によって山脈の色合いがかなり変わる。
二人が訪れた今日は、中でも特に珍しい虹色に山脈を染めていた。
「いい景色ね~!! 宝石みたい!! 空気もとても美味しいわ♪」
「そう? 別に普通でしょ」
アフロディーテは枝毛を探す片手間で返事をした。
さらっとした態度にガイアは頬を膨らます。
「もう! ひねくれた事言わないの! せっかくの感動が台無しじゃない!」
「はいはい。すみませんでした」
アフロディーテは適当にあしらう。
「大自然が織り成すこの壮大な物語に感動できないなんて勿体ないわよ?」
「そうですかね? いちいち感動しなくても生きていけると思いますけど」
「もう。アッフィーたら分かってないわね~」
ガイアは遠く見える山脈の山肌を指差す。
「ほら、例えばあの頂上付近。あの辺の高さの層だけやけに青いでしょ? あれは、あの一帯が昔は湖だった名残なのよ。地殻同士の衝突で湖ごと持ち上げられたあと、気の遠くなるような長い年月をかけて水がエーテルとして溶け出し土に浸透していったのね。空へ近づくほど気温は下がっていくでしょ。浸透していく過程で、そのままエーテルが結晶化したんだと思うわ」
遠く離れたこの場所からでもよく分かるほど、青く透き通った輝く結晶に思わず引き込まれる。
「どうして・・・? ガイア様はここへ来た事ないでしょ? 初めて来た場所で、どうしてそんな事が分かるの・・・?」
ガイアを見るアフロディーテの瞳は、少女の様にワクワクした光を宿していた。
アフロディーテの小さな変化に思わず笑みがこぼれる。
「アッフィーの言う通り、普通に生きていく分には必要ない事かも知れない。だけど、こういう自然や美しいものに感動できるって事は、それらが発する細かなサインをしっかり拾えるという事。見た物から得られる情報や発見が多いという事なの」
「何も自然だけじゃないわ。どこからでも。何からでも。そういうサインを見つける事は出来るのよ。より多くのサインを見つける事ができたら、その分だけ生きるのがお得な気がしない? そう思えば、何だか幸せな気持ちになれないかしら?」
ガイアは美しく輝く青い層に釘付けになるアフロディーテの視線の先を追う。
「私はとても幸せよ。こうしてアッフィーと、こんな素敵な景色が見ていられるんだもの。そう思える事もまたサインの一つね♪」
気付けば胸に手を当てていた。
「何だか、とても温かい・・・」
「うふふ。そう感じるという事は、アッフィーだって持っていたのよ。サインを見逃さずに、拾い上げる事のできる眼を」
「全てはそれらを目にするその人次第、ね♪」
ガイアは満面の笑みでアフロディーテに笑いかける。
「今日はありがとうね。こんな素敵な場所に連れて来てくれて」
「い、いえ。私は別に・・・」
アフロディーテは照れくさそうにそっぽを向いた。
くすぐったい気持ちに浸り、元来た道へ戻ろうとする。
何かがおかしい。アフロディーテは急に立ち止まった。
「ガイア様・・・何か雰囲気に呑まれて帰る気満々だっだけど、私達の目的はまだ達成していませんよ?」
「あれ? そうだっけ? 私達何しに来たんだっけ?」
アフロディーテの顔が怒りに変わる。
「ガイア様が言い出したんじゃないですか! ユピテリアで一番珍しい糸が欲しいって!!」
「あー!! そうそう!! ごめんなさいね。あまりにいい景色だったものだから、ついつい目的を忘れてしまうところだったわ」
「いや、完全に忘れていましたから・・・」
アフロディーテは、舌を出して照れ隠しをするガイアを見てため息をついた。
「ほら、さっさと行きますよ。ここ、結構面倒くさい所だからモタモタしていると日が暮れちゃうわ」
アフロディーテはガイアの手を引き歩きだす。
「あ! ちょっと待ってってば! そんな急がなくても!」
「・・・早く見せたいのよ」
アフロディーテは小さく呟く。
「え? 聞こえないわ?」
「早く見せてあげたいのよ。幻蝶ヒポリスが作り出す、虹色に輝く糸。私が見た中で最高の、とびっきり綺麗な糸を」
アフロディーテは頬を赤らめる。
ガイアの手を引くアフロディーテは恥ずかしさで目を合わせてはくれないが、その声色から優しさが十分すぎるほど伝わってくる。
「・・・やっぱり、アッフィーはアッフィーね。あの頃のまま」
ガイアも小さく呟いた。
「何か言いました?」
「別に~? 何でもないわよ♪」
ガイアは大地色のウェーブの長髪を、体全体を使って掻き上げる。
「何それ。もしかして私の真似でもしたつもり?」
ガイアは悪戯に微笑む。
「どう? 結構似ていたでしょ?」
「全然。色気の欠片もないわね。ただ幼女が無理をしているようにしか見えなかったわ」
「そ、そんなっ?! 全身全霊を込めてやったと言うのに!!」
ガイアはその場に崩れ落ちる。
「いや、気合でどうこうなるものじゃありませんから・・・」
「そもそも、私とガイア様では体格が違いすぎます。ガイア様がどれだけ色気で勝負しようとしても多分無駄だと思いますよ」
「ひ、酷いっ!! そこまではっきり言わなくてもいいじゃない!! 私だって頑張っているんだから!! 広大なアースが育んだ牛から絞ったミルクを毎日飲んでいるんだから!! 私だっていつかは・・・!」
アフロディーテはしゃがみ、ガイアの胸元を凝視する。
そしてこれ以上ないくらい憐れんだ表情で、捨てられた子犬を見るような目で笑いかける。
「頑張ってくださいね」
それだけ言い残し、アフロディーテは足早に先を目指した。
「ちょっと! 何よその可哀想な物を見るような目は?! 『頑張ってくださいね』ってどういう意味よ?!」
ガイアも足早になる。
「そのままの意味ですよ」
アフロディーテは更に歩く速度を上げる。
「嘘ね!! 何かこう、諦めのような・・・ そう! 意地悪な感情を読み取ったわ!!」
ガイアは走り出し、ついにアフロディーテの手を引っ張る。
「そんな事ないわよ! ほ、ほら! 世の中色んな男がいるから、きっとガイア様のような体形が好みのマニアックな男だっているはずです!」
「アッフィー!! それフォローになってないから!!」
アフロディーテはガイアを振り切り走り出す。
少し離れたところで振り返り、大袈裟に髪を掻き上げ見せつけるようにポージングする。
勢いあまり豊満な胸が弾力を強調するように大きく揺れる。
「大丈夫ですって。いつか報われる時がきますよ。たぶん?」
息遣いの荒いガイアに艶やかに微笑みかける。
「キーーー!! 悔しいっ!! 何で疑問形なのよ?!」
ガイアは思い切り地団駄を踏む。
「うふっ。頑張ってね。ガ・イ・ア・ちゃん♪」
「もう!! 今回ばかりはお母さん許さないんだから!!」
ガイアは凄い形相でアフロディーテを追いかける。
「あははっ!!」
アフロディーテはガイアと過ごす、この幸せなひと時を踏みしめるように山頂を目指した。
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