第110話 星の子
「お帰りなさい! ママ!」
アレクトたちと同じ黒フードに身を包んだ、幼さの残る顔立ちの女の子が浮かぶ瓦礫を飛渡り、ペルセポネに思い切り抱き着いた。
「あらあら。ミンテは甘えん坊さんね」
フードを取った女の子はボブの黒髪を左右に振り、満面の笑みをペルセポネに向ける。
「ぷっ! 『ママ』だってよペルさん!」
ペルセポネは思い切り手刀を浴びせる。
「だから痛ぇっての!!」
アレクトは頭を抱え悶絶している。
「あらあら。ごめんなさいね? 何やら戯言が聞こえたものだから、つい♪」
まだあどけないミンテはペルセポネたちのやり取りに金色の瞳をぱちくりさせている。
「アレクトは放っておいて・・・他に『星の子』で成長を始めている子はいるかしら?」
ミンテの瞳がキラキラと輝いた。
「うん!!」
ミンテは三人の前で二本指を立てる。自信満々の表情だ。
「二人、自我が芽生えたよ!!」
星の生み出した生命体は、発生したばかりでは自我はなく、ただ徘徊するだけの存在である。
ペルセポネは彼らを区別するために『星の子』と名付けた。
稀に、一定期間を経過した生命体に意識が芽生える事がある。
一度自我が芽生えるとその後は人間と遜色なくなるのだが、人間と一つ違うのは闇の力を有しているという事だ。
彼らもまた、ニケにその力を返す役目を背負っている。
「すごいじゃない!! ちゃんとお世話できているのね。偉いわ」
ペルセポネはミンテの頭を優しく撫でる。
「えへへ!」
ミンテは恥ずかしそうに上目遣いでペルセポネを見つめた。
「どう致しますか? 場所を移そうにも、さすがにこの規模ではそれは難しそうですが、ゼウスに狙われる可能性があるならこの子達を何とかしないといけません」
メガイラは憐れみを含んだ目でミンテを見つめる。
「あなたの言う通り、今から場所を移すのはちょっと無理があるわね・・・」
ペルセポネはほんの少し沈黙する。
「やっぱり、結界の強度を上げる方が手っ取り早いし現実的ね」
「本気なのですか? 可能であればそれが一番いいかも知れませんが、そんな事をしてお体の方は大丈夫なのですか? もっと別の方法を探した方が・・・」
メガイラはペルセポネの顔色を伺う。
「お前なぁ、誰に向かって言ってんだ? 悪魔も黙るペルさんだぞ? タフさとエーテル量でペルさんに敵う奴を私は知らねぇ。ペルさんは無敵だ!」
アレクトは拳を握る。
「そうやって何も考えずにペルさんに任せるのは簡単です。どんなに学のないあなたでも理解できるでしょう? ペルさんのやっている事がどれだけ大変な事なのか」
「本来なら、神術展開は熟練した者でも一時間も保てれば上出来です。ですが、ペルさんは常時神術展開をしているようなもの。ここに結界を張ってからの数年間、まともに休めた日なんてないはずです」
普段は威勢のいいアレクトも、さすがに口を噤んだ。
「確かに、ペルさんの無限とも思えるエーテル量と、それを離れた距離でも難なくコントロールしてのける卓越した技術のおかげで、今までは何とか結界を保つ事ができていました」
「ですが・・・永遠に続くものなどないのです。元々無理をしている上に更に結界の強化など行えば、そう遠くない未来に確実に限界は訪れるでしょう」
メガイラは歯を食いしばる。
「私達がもっとお役に立てれば、ペルさんの負担を少しは背負えたのに・・・申し訳ございません」
メガイラはアレクトの頭を押さえつけ、自分も頭を下げる。
「や、や~ねぇ二人とも! 何をそんなにナーバスになっているのかしら? 私なら全然・・・」
メガイラはペルセポネの腕を掴む。
時間経過により血は乾いているが、手首には切られた傷がくっきりと残っていた。
「これ、『武装結界』の痕ですよね? 天性のエーテル量に恵まれたペルさんの自己治癒力が追いついていない・・・今までこんな事、一度もありませんでした。やはり限界が・・・」
ペルセポネは強引に手を振り払う。
「大丈夫だって言っているでしょう? 私達がやっている事は全てこの星のため。星を救うためにも、この子達は絶対に守らないといけない。少なくとも、ニケ様にエーテルを差し出すその時までは・・・」
「これくらいの事で泣き言を言っていたらメティスに笑われるわ」
「マ、ママ・・・?」
ペルセポネの険しい表情が柔らかくなる。
「あ、あらあら! ごめんなさいね、ミンテ。脅かすつもりはなかったのよ?」
平静を装うペルセポネの姿に、アレクトとメガイラはただ黙るしかなかった。
「そうだ! さっき言っていた二人を紹介してくれないかしら?」
ミンテの表情がパッと明るくなる。
「うん! 分かった! こっち!!」
ミンテはペルセポネの手を引っ張り駆け出す。
「あらあら! そんなに慌てないの。転んだりしたら大変よ?」
「大丈夫!!」
金色の瞳を輝かせ嬉しそうにするミンテを見て、ペルセポネに笑顔がこぼれる。
「あ! 待ってくれよミンテ! 私達にも紹介してくれ!」
「そ、そうですわ! 置いて行くなんてあんまりです!」
アレクトとメガイラも急いで二人を追い、瓦礫や廃墟を飛び移りながら徘徊する生命体たちのいる庭園を目指し下っていく。
「あれ~? ここで待っててって言ったのに」
ミンテは徘徊する生命体をかき分け二人を探す。
「あ! いた!!」
ミンテはペルセポネの手を引き廃墟の大きな神殿の前に立つ二人の元へ駆け出す。
「アドニスとザグレウス!!」
ミンテは三人へ振り返り、身振りを大きく向かって左から右へ手を指す。
「は、初めまして・・・ア、アドニスです」
茶髪の癖毛の少年アドニスはオドオドしながら自己紹介する。
「うわぁっ?!」
対照的にさっぱりとした黒髪の少年がアドニスの背中を叩く。
「それじゃ聞こえないだろ? 俺はザグレウス!! よろしくな!!」
「あらあら! 二人ともよろしくね。 私はペルセポネ。この二人はアレクトとメガイラ」
「アレクトだ! よろしくな!」
「メガイラです」
二人は笑顔で自己紹介する。
「ウフフ。二人とも初々しくていいわね! これからが楽しみ♪ いや、これはこれで・・・」
「・・・ペルさん。一応確認だけど、それは親心からくるものだよな?」
「え? 違うわよ?」
「・・・・・は?」
アレクトとメガイラは開いた口が塞がらない。
「きっと10年後には私好みの美男子に育っているに違いないわ! 今からしっかり私色に染めなきゃ!」
「ペルさん・・・力を入れる所はそこではないでしょう・・・」
メガイラは額に手を当てる。
「あははっ!! ペルさんて、ほんと性欲強いよな~!! 処女の癖に」
「う、うるさいわね!! 恋愛は数じゃないわ! 大事なのは質なのよ!」
「ぷっ!! ペルさんがそれを言っても説得力ゼロだぜ?」
ペルセポネの堪忍袋の緒が切れた。
「本当に。今日は調子がいいのねアレクト。悪い子にはお仕置きが必要よね」
手首から血が噴き出す。
「ウソだろ?! ここで『武装結界』はまずいって!!」
アレクトは咄嗟にメガイラを盾にする。
「何をしますの?! 私は関係ありません!!」
「心配しなくても大丈夫よメガイラ。周りには被害が出ないようにちゃ~んとアレクトだけに的を絞るから」
ペルセポネの黒い角がみるみる伸びていく。
「ちょっ! タンマ! ペルさん本気でそれ出来るからマジでシャレにならないって・・・」
アレクトは一目散に駆けだした。
「待ちなさい!!」
血の悪魔を纏ったペルセポネはアレクトを追う。
「マ、ママ・・・?」
ミンテは二人の命がけの鬼ごっこを、首を傾げて眺めている。
「三人とも、見てはいけません・・・」
「そ、そうだ! ゲームをしましょう?!」
教育に悪いと悟ったメガイラは三人の前に立ち、ひたすら注意を逸らす事に尽力していた。
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