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第10話 スタートライン


ヘリオスに襲われたムーロ村は無残な姿になっていた。


焦げ臭い黒煙が至る所に立ち上る家屋。崩れた家の壁やレンガ。訪れた当初の、のどかな空気はとても感じられない程に変わり果ててしまっていた。


そんな襲撃の爪痕を見下ろすように佇む緩やかな丘の上に建つ小さな家の前に、村長の愛用していた杖が村を見守るように立てられている。


「ここからなら村がよく見渡せるだろ。」


立ち上がり、膝の土埃を払いながら俺は杖が見つめる村を見下ろす。


関わりあった時間が短かったとはいえ世話になった。俺にできるのはこれくらいだ。


「にけーーー!!!」


声の方を振り返るよりも早くピュラが勢いよく腰に飛びついてきた。


「暑苦しい。」


力ずくで引きはがそうとピュラの顔に手を押し当てる。それでもお構いなしと言わんばかりに、ニケの脚に張り付く。


「支度はできたのか?」


やっとの思いでピュラを引きはがす。


「できた!!」


軽く跳ね、俺の腰から離れた少女は両手を真横に伸ばしアピールするように凛と立った。


決して高価な物ではないがシワやほころびのない清楚な白いローブに、腰には短剣が収められた革製のベルト、そして白の革製のストリンゲーム。


全体的に白を基調とした装備が、夕焼けのような真っ赤な赤髪と顔や腕から覗く刻まれた巨神族の黒い模様を引き立てている。


「長い旅になる。次いつここに帰ってこられるか分からない。」


少女には少し酷な決断かもしれない。


それでも、ここにいるよりはいい。いつまたあの黒い奴等に襲われるか分からない。


であるなら俺の傍に置いておいた方が幾分マシだ。それに、ピュラと出会ってまだ短いがここで死なれては目覚めが悪い。


「でも、にけがいるからだいじょうぶ。」


少女は力強く頷いた。少女なりの、覚悟を決めた瞳だった。


なぜ俺があのような得体の知れない奴らに狙われているのか。ヘリオスが言っていたボスとは一体誰なのか。


まだ分からない事が多すぎる。


「やれやれ。色々と、面倒なことになりそうだ。」


俺はきょとんとする少女の赤髪を乱雑に撫でた。


何故か口角が上がっている事に気付く。


偽りのない好意を向けてくるからか。それとも安心からか。自分でも分からない。


俺は心の奥で確かに温かい感情を感じたが、否定するように首を振った。


「行くぞ。」


俺は少女の手を引き、村を見下ろしながら丘を下っていった―――――。


天井が高く荘厳な雰囲気が漂う広く美しい、赤い絨毯が敷かれたまるで絵画の中のような広い廊下の端を一人の女生徒が歩いている。


肩にかからないくらいの、光の加減でやや緑色を帯びる艶のある滑らかな黒髪。首から綺麗な曲線を描く、女性らしさを感じさせる細い肩。


彼女の胸の銀色の勲章が光る。


エメラルドのような緑色に光る大きな垂れ目がおしとやかな印象を与える、その小柄な少女はドア上部の『生徒会室』の札を見上げ軽くノックした。


「どうぞー。」


ドアの向こうから声が届いた。少女は両手でゆっくりドアを開け覗くように中へ入る。


「・・・失礼します。」


「わざわざ呼びつけて悪かったわね、アルテミス。」


常盤色の髪の少女が窓際の横長のテーブルに腰かけ、積まれた書類に目を通していた。


すぐに作業中の手を止めアルテミスに笑顔を向ける。


「何か飲む?」


「あ、ありがとうございます。アシーナ様。」


アシーナは訪問したアルテミスに椅子に座るよう促し、部屋の端に綺麗に並んでいるティーセットの前で湯を沸かす。


アルテミスは極度の緊張から、まともに歩く事すら不自然なほど畏まっていた。


それを見たアシーナは思わず声に出して笑う。


「あはは。そんなに緊張しないでよアルテミス。楽にして。」


「は、はい! すみません。」


アルテミスはビクッと反応する。


そこに、甘くほんのり混じるさわやかなアロマが少女の鼻を優しく刺激した。


「どうぞ。アンブルティーだけど。」


横からアシーナはティーの入った上品なデザインの白いカップが乗せられた小さい受け皿を彼女の前に置いた。


アンブルティーはアンブロシアという赤い木の実から抽出した茶である。


現在は栽培が難しく、生産されている地域が限定されている上にその味の独特さから、今や神族のみが楽しむ食材となっている。


対面に同じ装飾のカップを置きアシーナも腰かける。


アルテミスは一口すする。


「ふぅ。落ち着きます。」


「あはは。落ち着いた? アンブルティーはリラックス効果が高いのよね。」


「ありがとうございます。とても美味しいです。」


アルテミスは嬉しそうに微笑んだ。


「もっと堂々としていないとあなたの魅力が台無しになってしまうわよ。せっかく美人さんなんだから。」


「それに、副会長の名も、ね。」


アシーナはアルテミスの銀色のバッジを指さして軽くウインクする。


「ややや!! 私なんかに勿体ないお言葉ですよ、アシーナ様!!」


アルテミスは両手を振って否定する。自分でも驚くほど大きな声に、恥ずかしそうに両手で口元を押さえた。


「申し訳ございません。はしたないですね。」


アルテミスはしょんぼりする。


「何言ってるのよ。あなたの実力は間違いなく一流よ。私が保証する。実際、私にとってこの学院内で心を開けるのは、信頼できるのはあなたしかいないわ。」


アシーナはアルテミスを真っすぐ見て答える。その言葉に嘘偽りは感じられない。


「それに、今年の王の試練には5人も選出され、あなたもその中の一人なのよ。もっと自信を持って。」


「とんでもないです。アシーナ様に比べたら私なんて全然・・・」


アルテミスはうつむき、胸の前で拳を握る。


「私はこの学院に入学してからずっと、アシーナ様に憧れていたんです。こうしてお傍にいられるだけでどれだけ幸せか。」


テーブルに置こうとしたティーカップがガチャンと音を立てる。


「急に何を言い出すの! 大袈裟ね! わ、私とあなたにそこまで差なんてないと思うわよ。」


「あはは!!」


アルテミスはアシーナの動揺に思わず笑いだす。アシーナもそれにつられて笑い出した。


二人の楽しそうな笑い声が生徒会室を包む。


コホンと咳払いしてアシーナは姿勢を正す。真剣な面持ちのアシーナを見てアルテミスも座りなおす。


「課題の内容がお父様から通達されたわ。」


「これを見てちょうだい。」


アシーナは先程まで作業していた書類の積まれた横長のテーブルから、一枚の書類をアルテミスの前に置いた。


「これは・・・」


アルテミスはゴクリと唾をのむ。


アシーナの名前から始まりアルテミス、アレス、アポロン、アフロディーテの4人の名前がその下に続いており、その横には試験課題がシンプルに書かれていた。



<王の試練>

I.アシーナ・・・・・クレタ島、ガルゴ洞窟最深部にて魔物の討伐および証拠品の献上

II.アルテミス・・・・デロス島北部、太陽の聖域にて太陽神の記憶を入手

III.アレス・・・・・・サングラッセン、闘技場(コロシアム)シングル部門Aランクにて優勝

IV.アポロン・・・・・デロス島南部、月夜の聖域にて狩猟神の記憶を入手

V.アフロディーテ・・ヒレージ山脈、山頂にて幻蝶ヒポリスの繭を三種類入手



期間は二週間以内。いかなる理由があろうと期間を過ぎた場合及び途中リタイアした場合は即失格とする。


「ついに始まるのですね。」


アルテミスは緊張した面持ちだ。


「今からちょうど一週間後に試験開始よ。これから他の3人にも通達するわ。」


「どの試練もギルドで言うところのAランク級に相当する難易度よ。簡単にはいかないと思うけれど、お互い頑張りましょう。」


アシーナはアルテミスの肩に優しく手を置いて微笑む。


「はい! 絶対に『王の試練』をクリアし、共に『エポヒ』の称号を。」


アルテミスは力強く答えた。


ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます!


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