第104話 儀式の大役
『戴冠の儀』―――。
ユピテリアの王位を受け継ぐ儀式。
本島であるオリンポス島、オリンポス神殿に各島から人々が招かれ、エポヒの授与式と同じく国を挙げて盛大に行われる。
本来であれば現在王位を有する者から冠を戴くのだが、ゼウスが失踪したことで事実上ユピテリアの王は不在。そのため大事な冠を授ける役がいない状態だった。
オリンポス神殿の復興も考慮し一月後に行われる運びとなったのだが、肝心な冠の授与者は未定のままであった―――。
アシーナはミュケナイ島・ケレス神殿に訪れていた。
「無事に快復されたようで安心しました。アマルティア学院長」
アマルティアはちょうど滞在していた部屋を掃除し終え、学院に戻るところだった。
「わざわざ顔を出してくれた事、感謝致します。気を遣う必要などありませんのに」
微笑むその表情はとても穏やかだ。
「話はクロノス様に聞きました。この国がどうなってしまうのか不安な気持ちはありましたが、あなたが後を継ぐのであれば心配は要りませんね」
「そんな。今でもうまくやっていけるか不安でいっぱいです。ですが、それでいいのだと今は思えます。私には、支えてくれる心強い仲間がいますので」
アシーナは決意を秘めた瞳でアマルティアを見る。
「学院で指導をしていた当時から、誠に勝手ながらあなたは十分その器であると思っていましたよ。精神的にとても不安定であった事は否めませんが」
アマルティアは苦笑いする。
「支度、終わりましたよ。アマルティア学院長」
荷物を運び終えたレトが部屋に戻る。
「ありがとうございます」
「いえ、気になさらないでください」
レトは手を振る。
「お久しぶりです。レト教授」
アシーナは姿勢を正しお辞儀する。
「お久しぶりです。アシーナさん。大変でしたね、色々と・・・」
「ゼウスは、己の事しか考えていなかった。ユピテリアに住む人々の事なんて、微塵も考えていなかった。私はそれを信じたくなかったんです・・・ですが今は、それを痛感しております」
アシーナはうつむく。
「ごめんなさい! そういうつもりで言ったわけではないです!」
レトは慌てた様子で手を振る。
「ただ私は、眠るアマルティア学院長ですら手駒にしようとしていた事。使えるモノは何でも利用する・・・一国を担う王がそのようなお考えだったという事実が、とても悲しく、悔しかったのです」
「そう、ですね・・・」
しばらく沈黙が続く。
「そ、そうだ! アルテミスは元気にしているかしら? 学院を卒業した後挨拶に来てくれた時に、あなたの補佐をするんだって喜んでいたけれど迷惑かけていませんか? 私が言うのもなんですがあの子、たまに抜けている時があるから」
「そんな、迷惑だなんて! 私のサポート役はアルテミス以外にあり得ません。彼女の支えがどれだけ有り難いか・・・むしろ、私の方が彼女に迷惑をかけてしまっていると思います。迷った時はさりげなく提案してくれるし、違うと思った事はちゃんと口にしてくれる。芯がとても強い子です。本当に、彼女には頭が上がりません」
「見た目からは想像もできないくらい頑固ですけどね」
部屋に笑い声が響く。
「私もレト教授も式典には出席しますので、そこはご安心ください」
「そ、その事なのですが・・・」
アシーナはキョトンとするアマルティアの顔色を伺いながら切り出す。
「実は、アマルティア学院長に授冠の役割を担っていただきたいと思っているのですが、ご迷惑でしょうか・・・? 身体が本調子ではないのを承知の上でこんなお願い、無礼だという事は十分理解しています。ですが、どうしても学院長以外に思い当たらなくて・・・」
「ふふ。先程お会いした時からやけにソワソワしているとは思いましたが、そういう事でしたか」
「そ、そんなに分かりやすかったですか?!」
アシーナは顔を赤くする。
「いいえ。普通の人ではまず気付きませんよ。私の能力ゆえ、エーテルの流れの変化に敏感なのです」
「実を言うと、その件に関しましては先日ミノス王からお願いされていたのです。あまりに重大な役割であるが故に、返事は保留とさせていただいておりましたが」
「そ、そうだったのですか? そのような事があったとは露知らず・・・申し訳ございませんでした」
アマルティアは小さく手を振る。
「いいえ。お気になさらないでください。受けるのが嫌だという事ではないのです。私などがそのような大役を任せられても大丈夫なのか、熟考していたのです」
「ですが、ようやく答えが出ました」
「え・・・?」
アシーナは不安を滲ませ胸の前で拳をつくり、アマルティアの言葉を待った。
「私などには恐れ多いご提案であるとは思いますが。その大役、謹んでお受け致しましょう」
アマルティアは胸に手を当て会釈する。
その優雅な所作に、アシーナはしばらく見惚れていた。
「ほ、本当ですか?! ありがとうございます! アマルティア学院長!!」
深々と頭を下げるアシーナを見て、アマルティアに笑顔がこぼれる。
「今日、あなたとお話しさせていただいて確信致しました。やはり、あなたはユピテリアのリーダーに相応しいお方なのだと」
「アマルティア学院長・・・」
「僭越ながら、私も学院長と同じ思いです。アシーナさんなら、きっとこの国をより良くしていけるはずです」
「レト教授・・・」
アシーナの瞳に涙が滲む。
「険しい道のりであるとは思いますが、あなたが選択し進む未来が輝かしいものになるよう、レト教授そして他の神々たちと共に、微力ながら支えさせて頂きたく思います」
アシーナは顔を軽く叩き気を引き締める。
そしてより優雅に、より美しく、心を込めて頭を下げた。
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