第102話 黒き標的
異空間迷宮のとある場所―――。
日の光はなく、分厚い雲が空を覆っている。
歪みから発生したゲートからゼウスが飛び出す。
「ぐ、うぅ・・・」
視界がぼやけ足がふらつく。
『まだ馴染まないか。これでもかなりエーテルをコントロールしているつもりなのだが』
ゼウスの頭の中に名も無き者の声が響く。
「少し、黙れ・・・」
ゼウスは目を閉じ神経を集中させる。
やがて額の汗は引き、苦痛に歪んだ表情も穏やかになっていった。
『ほう。やればできるではないか』
「エーテルの癖さえ把握できれば造作もない。それよりも・・・私に流れるエーテルの質が明らかに変わった。実に腹立たしいが、向上したと言ってもいい。これは貴様の影響だな?」
『そんなつもりはないのだがな。お前がそう感じているのなら、そういう事なのだろう』
「フン。歯切れの悪い言い方をしおって。まあいい。元々完全だったものが更に完全になったに過ぎぬ」
ゼウスは体の底から溢れるエネルギーを噛みしめるように拳を握る。
「あの災厄と裏切り者を殺し損ねたのは大きいが、今しばらく泳がせておいてやる」
『闇の力はこれからも生まれ続け、ヤツの元へ集まっていく。このまま放っておけば奴は誰も手が付けられぬ程の存在となり、この世界の生命に牙を剥く破壊者となる』
「分かっている。今は、これから生まれ出る闇は特定できずともよい。まずは奈落の闇だ。奈落の闇が新たに生まれる闇の力を持った者を引き入れている。
であれば、奈落の闇をまるごと取り込めばよい」
『お前は壊滅させると言うと思ったのだがな。 ・・・お前、まさか』
「フン。名も無き存在ごときが侮るなよ。私に流れた時点で貴様のエーテルの特徴など、とうに掴んでいるわ。」
『ふははは!! なるほどな!! 面白い!! ならばしばらく見させてもらおうか!!』
名もなき声は上機嫌に笑う。
ゼウスの意思に反応するように異空間迷宮に雷鳴が響き渡った―――。
パルテノン神殿・王の間―――。
「結局のところ、ゼウスはどこへ行ったのでしょうか? オリンポスにも戻っていませんし、他に行きそうな場所は思い当たりません・・・」
アポロンは考え込む。
「ニケさんなら、得意の匂いを嗅ぎ分ける力で分かるのではありませんか?」
テッサはニケを見つめる。
「お前が言うとなぜか含みを感じるな」
「それは申し訳ございません。こういう性格なので。それと、お前ではありません」
俺は頭を掻く。
「済まないテッサ。結論から言うと無理だな。いくら常人より嗅覚が優れているとはいえ、さすがにゲートで空間を飛ばれては匂いが途切れる。せいぜい、一つの浮島の範囲内くらいしか追えないな。それに、話を聞く限りゼウスはエーテルの質が変わっている。そうなれば余計に難しい」
「恐らく、似たような理由でピュラの嗅覚も当てにならない」
指をくわえて見上げるピュラの髪を優しく撫でる。
「彼の狙いは何なのでしょう? 彼を追う事は出来なくても、行動が読めれば先回りできるのでは?」
アルテミスは恐る恐る提案する。
「そういえばお父さ・・・ゼウスはアースへ侵攻する前、しきりに奈落の闇の名前を口にしていた。少しでもニケの元にエーテルが集まるのを邪魔したいのかも・・・?」
アシーナの推測にクロノスは静かに頷く。
「その可能性は高いかもしれん。生命が終わらずとも神術およびエーテルの譲歩は可能だと話したな? アシーナの言う通り、ゼウスは闇の力がニケと接触するのを防ぎ時間を稼ぐつもりなのかもしれん。奈落の闇を壊滅させればゼウスにとっての脅威は限りなく減るしな」
(しかし、仮にゼウスの狙いが奈落の闇の抹殺だとして、ニケの元にエーテルが回帰する事はヤツも分かっているはずだが・・・)
「クロノス様。その件も含めて、現状の確認と情報共有のため私は一旦あちらに合流しようと思います。放置している私の部下も寂しがっているでしょうし」
「分かった。そちらはペルセポネに任せる。俺もすぐに向かうが、くれぐれも無理はするな。奈落の闇が標的になっている可能性は極めて高い。危険が伴う事も考えられる。何かあればすぐに知らせるんだ。いいな?」
「仰せのままに」
ペルセポネは優雅な所作で頭を下げた。
「奈落の闇というのはそんなに大きい組織なのか? 今はペルセポネとその部下二人だけだと思っていたが」
「さすがはニケ様! いい所にお気付きになられました!」
ペルセポネは嬉しそうに手を叩く。
アシーナは突然不安に駆られじっとペルセポネを見つめた。
「確かに三人ですよ。星が直接生み出した存在以外は、ね♪ メティス達は全滅してしまいましたし・・・彼ら亡き今、後天的に覚醒した者は今のところ感知できていません」
「星が、直接・・・?」
「その辺の事情はまた改めて説明いたしますわ」
ペルセポネは黒いゲートを開く。
ふと浮遊する双剣に目をやる。
「メロペとアステロペの事、頼んだわよ」
「安心してください。何があっても、お二人を死なせません。鍛冶神へパイストスに誓って」
アシーナは安心したように一息ついた。
真剣な表情が一転、ペルセポネは猫のようにすり寄りニケの腕に絡みつく。
「ニケ様に会えなくなるなんて寂しくて死んでしまいそうですわ~♪ ここはひとつ、いってらっしゃいのキスを・・・」
「バッ?! や、止めろ! 近い!!」
瞬時にアシーナが乱入しペルセポネを遠ざける。
「ちょっと! 止めなさいよこの淫乱悪魔!!」
ニケをしっかり抱え込み警戒する。
「あんもう! いいじゃない。減るもんじゃあるまいし」
「ダメに決まっているでしょう?! 何ふざけた事言ってるの?!」
アシーナは激しく動揺し息が乱れる。
「・・・・・」
「な、何よ? 人の事じっと見て」
真剣な眼差しを向けていたペルセポネの表情が優しくなる。
「温室育ちのあまちゃんに思い切り説教してやろうと思ったんだけどね。どうやらその必要はなくなったみたい」
ペルセポネは赤いドレスの裾を掴むピュラの頭を撫でる。
「どういう意味?」
「生きなさいよ。メティスの分まで」
「ペルセポネ・・・」
それだけ言い残し、ペルセポネはゲートに消えていった。
「あ、あの・・・これからユピテリアはどうなるのでしょう? ゼウス様は失踪。生き残った領主様はミノス王だけですし・・・おまけにオリンポス神殿も復興途中です」
アルテミスはうつむき不安を滲ませる。
「アルテミス・・・」
アシーナは口を噤む。
「そこの泣き虫真面目野郎がアタマ張ればいいんじゃねえのか?」
意外な人物の提案に全員が驚きを露わにした。
「こいつの実力はこの場にいる全員が納得できるはずだ。それに、人間を含む国民からの信頼も厚い。メンタルはクソ雑魚だがな」
突然のアレスの発言に、何より驚いていたのは他でもないアシーナ自身だった。
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