第100話 新しい朝
微かに虫の音が響き朝日が昇り始める。
療養所の寝室に柔らかい日の光が差し込む。
目を開けると、療養所の年季の入った少し黒ずんだ白い天井が映っていた。
ゆっくりと身体を起こす。
しばらく寝込んでいたせいか体に力が入らない。
何とか半身を起こし、頬を伝う冷たさに気づき目を擦る。
「・・・母さん」
俺は温もりを確かめるように掌を握った。
「おはよう。ニケ」
振り向くと同じように体を起こしたアシーナは膝元で寝息を立てるアルテミスの手を握っていた。
アシーナの目は擦った跡が残り赤くなっていた。
「お前、何て顔をしてるんだ」
「むぅ。ニケに言われたくないよ」
アシーナは頬を膨らます。
二人は同時に吹きだした。
二人の笑い声にアルテミスが目を覚ます。
「う~ん・・・? お目覚めですか・・・アシーナ様?」
「ええ。心配かけてごめんなさい。もう大丈夫よ」
「そうですか~。それは良かった・・・」
伸びをするアルテミスが固まった。
「えぇーーー?! ほ、本当に目覚められたんですか?! 大変!! すぐに皆に知らせないと!!」
「お、落ち着いてアルテミス!! 大声出すと体に響くから!!」
アシーナは大袈裟な身振り手振りで暴走しかけるアルテミスを制す。
「す、すみません!! まさか、そんな急に目覚めるとは思っていませんでしたので・・・」
アルテミスは小声で謝り座り直した。
「賑やかなヤツだな」
「あ、こうしてお話しするのは初めてですね。申し遅れました。私はアルテミスと申します。アシーナ様の補佐を務めています。どうぞよろしくお願いします。ニケ様」
アルテミスは立ち上がり深々とお辞儀をした。
「随分お堅い挨拶だな。俺の事はニケでいい。まあ、アシーナの補佐であるならそれも納得だが」
「ちょっと。それどういう意味よ?」
「真面目過ぎるという事だ」
「言葉にしなくたって分かるわよ!」
俺は頭を掻く。
「じゃあ何故聞いたんだ・・・」
「だから、それはっ・・・! あーもー! ニケって、ほんと鈍感よね!! 色々と!!」
アシーナは頭を抱える。
「ア、アシーナ様も大概かと・・・」
アルテミスはボソッと呟いた。
「え・・・? 私、鈍感なの?」
アルテミスは思わず口に手を当てた。
「いえいえ! そんな事は! むしろそこがアシーナ様の素敵な所というか!」
「何よそれ! 褒めてるの? 貶してるの?」
二人の言い合いをよそに、窓から覗くオリーブの神木を見つめる。
神木は俺に気付き、まるで手を振るかのようにほんの少し光り輝いた。
「ニケ! 見た?! 神木が合図してくれたよ!!」
「ああ。見えた」
愛おしそうに神木を眺める二人にアルテミスは何かを感じ取る。
「ニケとアシーナ様・・・既に夫婦のような雰囲気があるんですけど、何かありました?」
「何を言い出すのよいきなり?! べ、別に何もないわよ?!」
「ふ~ん、そうですかね~? 私の色恋センサーが、何かこう、ビビッと感じ取っちゃったんですよね~」
アシーナの顔が熟したアンブロシアのように真っ赤に染まり上がる。
「何よ色恋センサーって?! と、ともかく! あなたには関係ないでしょう?!」
「え~? それは酷いです。一生寄り添っていくと誓い合った仲ですのに~」
「それとこれとは話が別! それに何でニケには呼び捨てで私には『様』付けなのよ?」
アルテミスはキョトンとする。
「え? だって、ニケでいいって彼自身が言っていたじゃないですか」
俺はアルテミスを見て頷く。
「待って・・・じゃあ何で私の事は呼び捨てにしてくれないの? 何か心の距離を感じてショックなんだけど・・・」
「細かい事はいいじゃないですかっ! だってアシーナ様はアシーナ様ですもん!! 憧れの人に呼び捨てなんてあり得ないです!!」
「あなたのその妙なこだわりは一体何なの・・・?」
アシーナは深くため息をついた。
「フッ。面白いヤツだ。お前とはいい関係が築けそうだな」
「さすが! ニケは話が分かりますね!」
二人は固い握手を交わす。
「なっ?! 何勝手に分かり合っているのよ!!」
「アシーナ。あまり騒ぐと体に障るぞ。落ち着け」
「ニケの言う通りですよアシーナ様! 安静にしていないと!」
拳を固く握るアシーナの常盤色の髪がゆらりと逆立つ。
「ほんと、随分仲が良いようで・・・羨ましい限りだわ。ねぇ? ニケ・・・」
「お、おい。何をそんなにムキになっている・・・?」
「そ、そうですよアシーナ様! ちょっとした冗談じゃないですか・・・」
アシーナの腿の紋章が金色に輝きだす。
「ここで神術はまずいですって!!」
アルテミスはアシーナに飛びつく。
「分かりました! 分かりましたから!!」
「何がよ?」
アシーナは頬を膨らませたままだ。
「こ、これからは呼び方に気を付けますから」
その言葉を聞いた瞬間、紅蓮の瞳はキラキラと輝きだした。
「ほんと?! じゃあ呼んでみてよ!!」
「い、今ですか?! 恥ずかしすぎて無理ですよ!」
「今言ってくれないと信用できないわ」
アルテミスは顔を赤らめながらそっぽを向いて呟く。
「ア、アシーナ・・・」
「それじゃあ聞こえないわよ」
「わ、分かりました。アシーナ・・・」
「まだ距離を感じるわね」
アシーナは腕を組む。
「も、もう! 分かったから勘弁してよ! アシーナ!!」
アルテミスは出来る限り声を張り上げた。
耳まで真っ赤に染まり、エメラルドの瞳には涙が滲んでいる。
アシーナは嬉しさのあまりアルテミスを抱きしめた。
「あははっ! ありがとうアルテミス!!」
「は、恥ずかしくて死にそう・・・」
呼び方なんてどうでもいいと思うが。
ふとテッサの言葉を思いだす。
呼び方ひとつで与える印象も変わる、という事か。
アシーナに顔を摺り寄せられ顔を真っ赤にするアルテミスを見て、思わず顔が綻んだ。
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