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第9話 いつかのきおく


ムーロ村に滞在して二週間ほど経っていた。


ピュラを通して村人たちとも大分距離は縮まった事、そして思っていた以上に快適に過ごせている事に我ながら驚いた。


俺とピュラは、村長に買い出しを頼まれムーロから一番近い町レイオットに向かい農道を歩いている。


「おい、少し離れろ。歩きにくい。」


俺の脚にピッタリとくっついてくるピュラは楽しそうだ。


「にけのにおいすき。なんかくせになる。」


「人を干物みたいに言うな。」


俺は深くため息をついた。


「別に俺は嫌われたままでも良かったのだがな。」


ピュラは脚に張り付いたまま頬を膨らませる。


「・・・にけはいじわるだ。」


「分かったから、いい加減離れたらどうだ。暑苦しいんだが。」


どうやら本当に離れる気はないらしい。完全に無視されている。


主人にすり寄る猫のような表情だ。


その尖った耳は飾りか?


そこまで懐かれるようなことをした覚えはないのだが。


「やれやれ。」


俺は頭を掻く。


不思議とそれほど悪い気分ではない。口が裂けても本人には言えないが。


俺は脚に付きまとう長い赤髪をくしゃくしゃと雑に撫でる。


「そろそろ見えてきたぞ。」


カラフルな家々が立ち並び、門から真っすぐ続く石畳の通路の脇には所狭しと出店が幹を連ね、馬車が行き交っている。


レイオットの町だ。


「おおーーーーー!」


ピュラは目を輝かせる。


「そんなに驚くことか?」


疑問に思いながら感動しているピュラを見る。


ムーロ村から出たことのないピュラにとって、この光景は新鮮なのだろう。無理もないか。


初めて会った時とはまるで別人だ。本来の彼女はこんな感じで明るい性格なのかもしれない。


「突っ立ってないで行くぞ。さっさと済ませないと日が暮れる。」


「おーーー!!」


ピュラは元気に返事する。


俺はピュラの手を引きレイオットの門をくぐった―――――。


ムーロ村の少し北に行った場所に、見晴らしのいい草原が広がっている。


そよ風が草を揺らめかせている。


そこに突如黒いゲートが出現し、全身を黒のローブに身を包む青髪の青年がゆっくりと着地した。


アシンメトリーの長い前髪が左目を隠している。


青年は鼻で何かを嗅ぐ仕草をする。


「微かに匂いはするな。この辺りのはずだけど。」


辺りを見回していた青年は急に肩を落とした。


「はぁ~。それにしても、男をエスコートすることになるとは・・・」


見るからにやる気のない雰囲気を醸し出し、首に手を当て面倒くさそうに歩き出す。


押さえた首元から頬辺りにかけて雪の結晶のような紋章が覗く。


「それじゃ、迎えにいきますか。」


農作業を終えたおじさんが、村へ入ってくる黒ずくめの男に気付がついた。


「よう! 兄ちゃん! まさか兄ちゃんも旅人かい?」


黒ずくめの青年はおじさんにゆっくりと近づく。


「僕の前にも誰か来たのかい?」


「あ、ああ。ちょうどあんたみたいな、真っ黒い容姿の青年さ。一週間くらい前にフラッと現れたんだ。」


おじさんは不気味さを感じ取り少し警戒して答えた。


「その彼は今どこにいるのかな?」


「今は村長の頼みでレイオットの町にいるはずだ。」


「ふ~ん。」


青年は空を仰ぎしばらく何かを考えている。


おじさんは気味悪そうに男を眺めていた。


「あ。」


青年は何かを閃いたように軽快に指を鳴らした。


「待っているのも退屈だし、先に前菜を頂いちゃおうか♪ ご馳走を前に我慢するのは体に悪いし。うん、そうしよう♪」


青年は急に笑い出したかと思えば、突然背中から黒い霧状の腕を何本も生成した。


「うわあーーーーーー!!!!!!」


異形の姿におじさんは悲鳴を上げた。


声に気付いた村人達が外に出ると、人々は村の入り口に立つ禍々しい姿の存在に目を奪われた。


「きゃあーーーーー!!!」


あまりに不気味な光景に女性が叫ぶ。


村人たちは一斉に逃げ出だし、村は一気に大混乱に陥った。


「あっははは! いい怯えっぷりだ! そうそう! もっと怯えてよ! そうしないと美味しくならないからさ!」


青年は逃げ惑う村人を見て笑い声をあげる。


黒い腕を伸ばし、逃げる村人を次々と捉えていく。


必死にもがくが振り払えない。


「それじゃ、いただきま~す。」


青年がつぶやくと黒い腕は獲物を飲み込んだ蛇のように波打ち、捉えた人たちから何かを吸い取り始めた。


「あ、ああああ・・・・」


捉えられた人たちは生気を奪われ、まるでミイラのように徐々にやせ細っていった。


「あははは!! やっぱり新鮮な魂は美味だね!!」


やがて腕に捕まっていた人々は、全員残らず黒ずくめの男に吸収され衣服だけが残されていた。


「さあ! まだまだ全然足りないよ!!」


青年は更に腕を伸ばしていく。


「きゃあ!!」


黒い腕が逃げ遅れた女性の脚を掴み、反動で女性は倒れ込んだ。


「や、やめて・・・」


男は女性の生気をみるみる吸い取っていく。


「あ、あああああ・・・・」


女性はみるみるうちに干からびていき黒い霧に浸食され、やがて溶けて腕に吸収されていった。


「ああ~。やっぱり若い女の子の魂は格別だね。たまらない・・・昇天してしまいそうだよ。」


青年は次々と家を破壊し、村人を襲いながら恍惚の表情を浮かべる。


村長は混乱する村を丘の上から見つめていた。


「一体何が起こっているのじゃ・・・」


村長の杖を持つ手が震える。


混沌とした状況の中、青年の青みを帯びた紫色の瞳が丘の上に立ち尽くす村長を捉えた。


突如、村長の背後から青髪の男が話しかける。


「まだ生き残りがいたんだ。」


「ひい!!!」


村長は恐怖のあまり飛び退く。


「そんなに怖がらないでよ。傷つくなあ。」


村長は恐怖で腰が抜けその場に倒れ込む。


「な、何者じゃ!!」


「あはは! そういう反抗的な目、嫌いじゃないよ。」


男は背中の黒い霧の腕でうねったロープのように村長の胸倉を掴み、男の元へ引き寄せた。


「強靭な精神の持ち主は鮮度がいいから大歓迎だよ。」


「男の上に、年齢的にも賞味期限切れなのはちょっと好みじゃないんだけどね~。」


男は不気味に微笑み唇を舐める―――――。


レイオットの人々の笑い声で賑わう、出店が並ぶ石畳の歩道を全身黒に包まれた不愛想な男と、それとは対照的に笑顔で食べ物を頬張る赤髪の少女が並んで歩いていた。


「おい、食べすぎだ。村長が寄越した金、全部使い切るつもりか?」


俺は呆れて頭を掻く。


「ここのたべものおいしい。にけもたべる?」


両手に抱えた、肉や魚介の串物やら果物を加工した甘味やらのうちの一つを俺に差し出してきた。


鮮やかな赤い光沢を帯び、果物とコーティングされた水飴の混ざった甘い匂いが鼻をつく。


「いらん。もう用は済んだ。さっさと帰るぞ。」


ピュラはそっけない俺の態度にむくれる。


「すききらいはよくない。」


俺はため息をつく。


「そういう問題ではない。」


俺は手に持つ麻袋の中を確認する。中には食材や調味料のようなものが入っている。


「これを村長に渡せば終わりだな。」


袋を縛り直し肩に掛け歩き出す。


「ひょっふぉふぁっふぇ。」


後ろでピュラが頬張った口で何か言っている。


「食うか話すかどっちかにしろ。」


俺は心底呆れてピュラを置いて歩き始めたその時だった。


急に得体のしれない焦燥感に駆られた。


胸が締め付けられる感覚。


「何だ、この感覚は・・・」


一筋の汗が頬を伝う。


あれほど抱えていた食料を平らげニケに追いつき、いつの間にか脚に引っ付くピュラの顔を横目で見る。


まだ口に入っているのか、口をもごもご動かしながらきょとんとしてこちらを見上げている。


「嫌な予感がする・・・ピュラ、少し急ぐぞ。村が心配だ。」


「むぅ~~?」


状況が理解できていない様子で、呑気に口の中の物を咀嚼している。


直感で危険を感じた俺は、瞬時に片手でピュラを抱える。


「少し飛ばす。しっかりつかまっていろ。」


「うん。」


下半身に意識を集中する。衣服の上からでも分かるほど脚全体の筋肉が肥大し、血管がはち切れんばかりに浮き上がった。


大地を掴むように力を溜め地面を思い切り蹴る。


「ぴゃあ?!」


大きく陥没し土煙を上げる地面とピュラの短い声を一瞬で置き去りにし、凄まじい速度でレイオットを離れた。


村へ着くとピュラをそっと降ろした。


傷だらけの家々や数か所から黒煙が上がる無残な光景を目の当たりにした。


「どういうことだ? 何が起こっている?」


壊れた民家の至る所に衣服だけが残されていた。


俺はそれを拾い上げ、確かめるように撫でた。微かだがぬくもりを感じる。


「村人はどこへ消えた?」


ふとピュラの家の方を見る。


村長が得体の知れない男に捕まっていた。


青髪の男の背中から生える黒い腕を見た時、心臓がひと際大きく鼓動した。


「あれは・・・俺と同じ・・・」


「ピュラ、俺から離れるな。」


横にピュラがいるのが当たり前のように俺は手をだす。


手は握られなかった。


違和感に振り返ると、碧眼を大きく見開きただ茫然と立ち尽くしているピュラの姿があった。


「あ、ああああ・・・・」


ピュラは硬直して動かない。


「どうした?」


俺が尋ねても反応しない。ピュラはまるで何かに怯えるように頭を抱えうずくまる。


「何があったか分からないが、とにかく今は俺から離れるな。いいな?」


俺はできる限り優しく語りかけ、小さな肩に手を回す。


今にも村長を食らおうとしたその時、青年はニケの存在に気付がついた。


「お!! いたいた! 待ってたよ。」


「さーて、お迎えにあがりますかね。」


青年が村の入り口まで出向こうとしたとき、視界に捉えていたニケと少女の姿が消えていた。代わりに黒い霧の残滓が微かに残っていた。


「あれ? どこ行っちゃった?」


青年は村を見渡す。


視界を戻すと、目の前に黒い霧に覆われたニケの姿があった。


「あはっ!! よかった!! お出迎えする手間がはぶけたよ。」


ニケは怯え動けなくなっているピュラを足元に降ろし、左手で庇うようにして男を睨む。


「村人はどうした?」


俺は低い声で聞いた。


「全員美味しくいただきました♪ ここの連中、なかなか美味だったよ♪」


男がニタリと笑う。ピュラはその言葉にビクッと反応し、俺の腰に抱き着き震えている。


「ここに最後のデザートがあるんだ♪」


男が黒いロープ状の霧で胸倉を掴みぶら下げた村長を、ニケに見えるようにわざとらしく目の前に持ってくる。


「貴様、何者だ? 何が目的だ?」


「目的? そりゃあ君だよ、ニケ。」


男は笑いながら答える。


「うちのボスがあんたを探しているもんだからさー。」


「わざわざエスコートしに参上したってわけなんですよ。本来、男はごめんなんだけどね。これも仕事だからさ」


「あ、自己紹介していなかったね。僕はヘリオスだよ。よろしく♪」


「ゼウスの差し金か? 俺の生存はオリンポスの神には知られていないはずだ。」


俺が迷宮から脱出してまだ二週間だ。


そもそも、ゼウスは俺を殺すために迷宮に幽閉したのだ。神々はまさか俺が生きて迷宮を出られるとは思っていまい。


何故俺の存在が感知された?


「なぜこの村を襲った? ゼウスの命令なのか?」


「君の姿が見えなかったからさ、ただ待っているのも退屈だと思ってね。我慢できなかったんだ。ごめんね」


青年は軽くウインクしてみせる。


「どうやらまともな会話ができるような知性ではないらしいな。」


今は疑問に思っても仕方がない。目の前の脅威を拭い去るのが先決だ。


「まあいい。とりあえずお前は俺の敵ってことでいいんだな?」


「敵? まさか! さっきも言っただろう? 僕はあんたをお迎えに参上したんだよ。正直、ぼく自身は良く分かっていないんだけどね~。」


こいつの言うボスとやらが何を企んでいるかは分からないが、到底まともなヤツとは思えない。


「貴様らにその気がなくとも俺の本能が貴様らを敵認定した。迎えに来てもらって悪いが、ここで消えてもらう。」


黒の鼓動(カルディア)≫。


黒霧に身を包み、俺は臨戦態勢に入った。


「いいねえ!! やっぱりオリジナル(・・・・・)は全然質が違うね!!」


叫ぶと同時にヘリオスは掴んでいた村長の生気を吸い始めた。


「が、あああぁぁーー!!!」


村長は激痛に叫ぶ。


「いや。やめて。」


叫び声を聞いた少女が震えながら呟く。脳裏にかつての記憶がよぎる。


男が何かから守るように少女を庇い傷だらけで微笑んでいる。


少女の頬は彼の返り血で汚れていた。


「ピュラ?」


微かにピュラの黒い紋様が赤く光りだす。


「あ、ああああ・・・・」


村長はミイラのように体がしぼみ、やがて黒い液体状になって男の身体に吸収されていく。


大きく見開いた青い瞳が、そのおぞましい光景を捉えてしまった。


瞬間、彼女の頭の中で彼方の記憶が凄まじい速さでフラッシュバックする。


「いやあぁぁぁーーーーーーーーーーー!!!!!!!」


強烈な叫び声と同時に、ピュラの体中の紋様が強く輝きだす。


「はぁ~。美味い。デザートにしてはちょっと質がアレだけど♪」


吸い取った生気の余韻を噛みしめていると、ようやく少女が叫んでいることに気付いた。


「ん?」


少女の身体は衣服を引きちぎり見る見るうちに巨大化していく。


山。


まるで山のような家を一踏みでスクラップにできそうなほどの大きさ。


彼女に刻まれた体中の紋様が、体内を流れる血液のように濃淡の強弱をつけて光り、まるで巨大な魔族のような容姿で直立していた。


健気だった少女と同一人物とは到底思えないほど変わり果てた姿だ。


「ピュラ!!」


俺が呼びかけても反応がない。もはや正気を失い、声は届いていないようだった。


「ちょっと!! まさか巨神族?! 流石にそれは聞いてないなあ。」


ヘリオスは想定外の出来事に一瞬戸惑った様子を見せる。


「せっかくレアな存在に出会ったんだし、どうせならその貴重な生気もいただきますか!!!」


ごちそうを目の前に用意された獣が獲物に飛びかかるように、ヘリオスは飛び上がり全身を黒く染め上げる。


「グオオオオオオオオ!!!!」


巨人は雄叫びをあげると同時に、その大きさからは想像もできない速さで腕を振り下ろした。


「え?」


気付いた時にはもう遅かった。


ヘリオスが家をまるごと覆うほどの巨大な手の陰に収まった瞬間、周囲一帯が凄まじい勢いで粉々になって吹き飛んだ。


衝撃に遅れて破壊音が一気に拡散した。


俺はカルディアで発生させた黒い障壁で衝撃波を免れた。


巨人がゆっくり手を上げると、そこには黒いローブと粉々に砕け散った氷の残骸が無残に散らばっていた。


更なる標的を求め、その大きく透き通るような青い目が俺を捉える。


巨人化したその大きな目は無機質な輝きを放ち、こちらに向かって大きく踏み出した。


巨人が歩くたびに巨大な地震のような強烈な地響きを起こす。


俺は臆することなくピュラに向かって真っすぐ歩いていく。


「過去によほど辛い経験をしたんだな。まだ年端もいかない少女が。」


巨人は激しく何度も俺を打ち付ける。


ただでさえカルディアの力で数多の魔物を取り込み強化された肉体に、更に黒霧に覆われた俺の身体には傷一つ付けることはできなかった。


巨神化した己の攻撃に倒れるどころか平然と話しかけるニケの姿に、巨人の心に恐怖心が芽生えた。


「何があったのかは聞かない。」


「グオオオオオオ!!!!」


巨人は叫び腕を振り上げ、拳を強く握る。


拳に赤黒いオーラを纏う。同時にニケに向かい渾身の一撃を放つ。


激しい衝突音が響き渡った。


「だが、安心していい。もうこれ以上怯える必要はないんだ。」


倒れるべき対象がまだ息をしていることに、優しく語りかけてくるその男に、巨人は動揺し後ずさりした。


大地が激しく揺れ地響きが鳴り響く。


俺はピュラの足元で止まりその顔を見上げる。


黒霧で黒い羽を生成し、ピュラの目線までゆっくり上昇する。


「もう恐れる事はないんだ。お前はもう一人ではない。」


俺はピュラの眉間に手をそっと触れつぶやく。


「俺がずっとそばにいてやる」


『・・・・・俺がずっとそばにいてやる。』


巨人の脳裏に、いつかの記憶が呼び起こされる。癒されるような、心から安心できるような優しい声。


いつか過ごしたであろう遠い過去、かつて噛みしめていたはずの幸せな時間。


『うん。やくそく。でうかりおん。』


どこまでも澄み渡る空のように大きな瞳に、大きな涙の粒がにじみ出る。


やがて涙の粒は溢れだし、ボロボロと零れ落ちる。


巨人の身体は光りだし、まるで浄化されるように少女の姿に戻っていく。


俺は眠りについたピュラを自身のマントで包み、優しく抱えゆっくりと着地した。


「やれやれ、じゃじゃ馬にも程があるぞ。」


疲れ果て眠る少女の長い赤髪を優しく撫でる。


滴る涙を指で軽く拭う。


眠る少女の表情は、いつしかとても穏やかなものに変わっていた。


ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます!


評価およびブックマークありがとうございます!


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