プロローグ
自然広がる広大な丘陵の真ん中に、柱から壁の装飾に至るまで全て黄金で建てられた巨大な神殿が建っている。
厳かな雰囲気漂う廊下の端にうっすらと光が漏れる半開きの扉がある。
扉を破り一人の少年が勢いよく広い廊下に投げ出された。
「紋章を持たぬ汚らわしい貴様が何故神殿の者と会話をしている?」
扉の前にはいかにも位の高そうな純白の衣に身を包んだ高身長で金髪の美青年が、まるで腐った生ゴミを見るような眼で少年を見下ろしていた。
「貴様は与えられた部屋でおとなしくしていればよい。神殿の者に近づくことは許していない。何度言えば分かる。」
「・・・・・・」
美しく輝く黒髪。少年でありながらどこか気品すら感じられる整った顔立ち。
まるで浮浪者のようなボロボロの衣服を纏い、穴の開いた靴は片方脱げている。
少年は明らかに場違いな容姿をしていた。
少年は黒ずんだ頬を拭った。埃だらけの衣服が少年の頬を更に汚す。
「紋章を持たぬ貴様は神でもなく、人でもない、汚らわしい存在なのだ。貴様と会話をするだけでも邪気が移る。」
「部屋に戻るがよい。」
「・・・・・・」
少年は金髪の青年を睨み黙って立ち上がる。
「もう一度だけ言う。神殿の者には近づくな。よいな?」
少年は無視するようにそのままその場を離れようとした。
その瞬間、金髪の青年は少年の首を掴み壁に勢いよく叩き付けた。
「うっ!!!!」
少年は衝撃にうめき声をあげる。
「随分と反抗的だな。何か言いたいことでもあるのか?」
「・・・・・こ、こんな、生活が、楽しい、とでも・・・?」
少年はかすれた声で訴える。
青年が更に腕に力を込める。
「・・・・がっ!!!」
「その目。子供の分際で生意気な。このまま死ぬか?私はそれでも構わんのだぞ。」
「ぐ、ううぅ・・・」
首を絞められた少年は歯を食いしばり必死に耐える。
少年を締め上げ骨が軋む音が廊下に響き渡った。
わずかな抵抗も虚しく力尽きた少年は脱力する。
「おやめください!!!」
召使いが叫ぶ。
青年は汚物を払うように少年を投げ捨てる。
「私の血を引いていながら紋章を持たぬとは、汚らわしいにも程がある。本来存在しているだけで害悪の貴様は、神殿に住まわせ学園に通わせてやっている私に感謝こそすれ恨むことなどないはずだが。」
青年は、少年が激しく咳き込んでいるところに追い打ちをかけるように心ない言葉を浴びせた。
「とにかく、貴様に通学以外で神殿を練り歩く許可など出していない。」
「分かったらおとなしく部屋へ戻るがよい。」
青年は咳払いをする少年を一瞥し去っていった。
「大丈夫ですか?!」
召使いが少年に駆け寄る。
少年は反射的に差し伸べられた手を払う。
「・・・・・ありがとう。大丈夫だから。」
少年はやっとの思いで立ち上がり召使いに背を向け歩き出した。
打ち付けられ痛みの走る右腕を押さえながら広い廊下を歩いていると、口の中に痛みが走った。
口元を拭う。ボロボロの袖が赤く滲んだ。
「・・・・・鉄の味がする」
俺はニケ。主神ゼウスと賢者ソフィアの間に生まれた神と人間のハーフだ。
父であるゼウスはユピテリアを治める神々の王、オリンポスの神々を束ねる絶対的権力を有する主神。
今しがた息子を蹴り飛ばして部屋から追い出し、殺そうとした男だ。
ソフィアは人間で、人でありながらこのオリンポス神殿にて神々に神術を指導していたらしい俺の母親だ。
他人事のように言ってしまったのは、母は俺が生まれた直後に亡くなってしまいどんな人物だったのか分からないからだ。
俺の身体には紋章が刻まれていない。
神の血が流れる者はみな体のどこかに必ず紋章が刻まれて生まれてくる。それはハーフであっても例外ではない。
その神の証である紋章を持たない俺は、言ってしまえば神々に認められていないのだ。
そんな俺は、彼らからしたら邪魔なだけなのだろう。
紋章がないというだけで自由な生活はおろか、満足に人と会話する権利すら与えられていない。
神々の俺を見る目は様々だ。
ある者はいら立ちの、ある者は恐怖の、ある者は憐れみの、それぞれ違った反応をする。
相手の顔を見て、それらのどの感情を向けられているのかすぐに分かるようになった。
たった今廊下ですれ違った数人の神々も似たような反応で俺を見ていた。
「たかが紋章がないくらいで・・・」
俺は彼らと視線を合わせないように下を向きながら歩いた。
同じくらいの年齢の子供三人とすれ違う。
同じ学院に通うクラスメイト達だ。
面倒事を避けるため、俺は黙ってその場をやり過ごそうとした。
「お!ニケじゃん!!地下生活は楽しいかー?」
「あれ?そういえば、ニケ君は紋章ないんだっけ。」
「よくそれで学園に来れるよなー。俺なら恥ずかしくて顔出せないよ。」
「あははっ!!俺紋章がない奴見たことないよ!いいなー特別で!」
俺はその言葉にピクリと反応した。
「・・・・・だったら、変わってくれるのか?」
俺は子供たちを睨んだ。
三人は顔を見合わせる。
「・・・・・ぷっ!」
「あっはははは!!!」
「こいつ、なにマジになってんの?からかっただけに決まってるだろ!」
子供たちは大笑いする。
俺は怒りのあまり子供に掴みかかった。
「触んな汚物!!」
横から割って入った男の子は俺を激しく蹴り飛ばした。
掴まれた男の子は服を正しながら俺を見下ろす。
「お前みたいな生ゴミに触られたら汚いだろ。この服、父さんにプレゼントされた物だぞ。どうしてくれるんだ。」
「あ~あ、生ゴミの匂いはキツ過ぎて落ちないからな。」
「早く帰って洗った方がいいんじゃない?」
倒れ込む俺を無視して更に大きい笑い声が響き渡った。
「その辺にしておこうぜ。あまりこいつに関わっているとこっちまで汚れちまうよ。」
「そうだな。空気感染したら大変だ。」
子供たちは腹を抱えて大笑いしながら通り過ぎていった。
「・・・生ゴミが会話なんてできるかよ」
俺は黙って立ち上がり再び歩き出した。
俺に与えられている部屋は地下にある。気休め程度に灯されている松明があるくらいで、薄暗く湿った空気の充満する場所だ。
そんな独房のような生活感のない部屋が嫌いで何回か抜け出している。今回もそうだった。
この神殿では人に会うたびにこんな反応をされる。
もう嫌だ。うんざりだ。
「言われなくたってこんな場所出てってやる。」
神殿の裏口の小さな扉を開く。
外へ出ると土や木々の匂いに包まれた。温かい日差しが降り注いでいる。
オリンポス神殿の北には小さい裏山がある。天気のいい日に山頂から見る景色はとても美しいらしい。
無意識に足は山へ向いた。
しばらく山道を歩いていると、急に視界がぼやけてきた。
金色の瞳から大粒の涙が溢れだす。
「くそっ・・・何でだよ・・・」
俺は溢れる涙を拭い、無我夢中で山を駆け登った。
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