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アニマフィー王国の三獅子

いきなり王太子殿下から命の恩人と言われたけれど、それ私じゃありませんから!

それは3日前の事。


春風がそよぐ気持ちのいい朝。

花に水をあげようと水差しを持って庭に出ると、フードを被ったロングコートの見知らぬ人が立っていた。


「見つけた」


「……どちら様?」


「今、君に命を助けてもらった者だ」


体格でそうかなぁって思ったけど、声で男という事を確信した。それにしても、よく分からない事を言ってるわねぇ。


「今、何て?」


「君は、私の命の恩人だ」




「………は?」



私は、アリーナ。

ここアニマフィー王国は獣人の住む国。

私はこの国の城下町に住んでいる、平民の栗鼠族。


静かな私の生活が、この男の出現でガラリと変わってしまうとは、この時の私は想像も出来なかった。


❅❅❅❅❅❅❅



一昨日も昨日もそして今日も、あの男が朝っぱらからやって来た。


「絶対、違うと思いますよ」


私は相手を見ず、庭の花壇に水やりをしながらぶっきらぼうにそう言った。


「いや、茶色の髪に茶色の瞳。まさしく君だ。君が私の命の恩人なんだ」


3日前から、どういうわけか我が家に、フードを被ったロングコートの男がやってきて、私の事を命の恩人だと言ってくる。

もちろん私は彼を助けた覚えはない。


「本当に私じゃないですってば!」


茶色の髪に茶色の瞳って、結構いますからっ。

隣の家の人もそうだし、今、目の前を偶然たまたま通ってるそこの人もあっちの人もみんなみんなそうですって。

これ、新手のロマンス詐欺かなんか?


「んもうっ、いい加減帰ってください!!」


不毛な会話を終わりにするため家に入ろうと扉を閉めたがなぜか閉まらない。

無理やり扉を閉めようとしたけど、あと少しのところで閉まりきらなかった。

よく見ると、足のつま先で閉じないようにされていた。


「本当に、人、呼びますよ!?」


「それは困るが、閉められるのも困る」


「じゃあ、せめてあなたが何者なのか、そのフードを取って顔を見せて下さい」


「お忍びだからそれもできない」


「お忍び?あなたどこぞのお偉いさんですか?」


私がずいっとフードの男に顔を寄せて言うと、フードの中から光り輝く薄紫色の瞳がちらっと見えた。


うわぁ…、綺麗な瞳。

あれ?どこかで見た事ある様な…。

どこでだっけ?


「お偉い…と言えばそうかもしれないが、私自身は偉くはない」


変な理屈を言うこのフードの男。

背丈はかなり高い。

でも、私に危害を加える気はなさそうで、そんなに威圧感は感じない。

フードの下さえ見えれば、何族かわかるんだけどなぁ…。


「ねぇ、私は見ての通り栗鼠族よ。せめて何族か教えてよ」


「君が望むなら別にいいが、見て逃げ出すのは無しだぞ」


え?そんなに怖い顔なの!?

もしかして蛇族?

顔の一部分が鱗状になってるって聞いたことがある。

それとも熊族?

それにしてはスリムよね…。



「!?」



スルリとフードを後ろに送れば、眩い金色の髪と獅子の耳、そして薄紫色の瞳が現れた。


「……え?………え?………ええぇっ!?」


頼んでないのにコートも脱いでくれて、服を着てても分かる鍛え抜かれた体躯とお尻のあたりから生えた金色の尻尾が現れた。

尻尾はピンッと逆立ってゆらゆら揺れている。

着痩せするタイプなのね…って、そうじゃないわ!


「あ………、あなっ……あなた……、あなた獅子族!?」



獅子族、と言って思い出した。

キッチンに飾ってある、去年16歳で結婚された第三王子夫妻の姿が写った結婚祝いのお皿。

国民全員に配られた物で、大切に飾っといたのだ。


私は慌ててキッチンに行き飾ってあった例のお皿を持ってきて、目の前の男と交互に見比べた。

お皿に映る王子様は、まさに金色の髪の毛に薄紫色の瞳。

そして、目の前にいる男も同じ…。


「それ…、弟だ」


「弟?」


嫌な汗が背中を流れた。


「ルーシェリオ、第三王子」


と言う事は、この人第二王子か、まさかの王太子!?

いやいや、そんな方がこんな所にいるわけないでしょ。


「私は、この国の王太子。レンブラント・アニマフィー」


「………」


やっぱり、この人勘違いしてるんだ。

国の王太子になんて会ったこともないもの。

そんな私が命の恩人なわけない。


「王太子殿下」


「他人行儀だな。レンでいい」


んな呼び方できるわけないでしょうが!


「やっぱり、あなたの命の恩人は、私じゃありません!」


「いや、君だ」


しつこいなぁ~。

睨みを効かせて見てみれば、整った顔が頬をほんのり赤く染めてじーっと見つめ返される。


「君の名前は?」


「?」


「私は名乗ったぞ。次は君の番だ」


「わ、私は……。アリーナよ」


「可愛い名前だ」


「!」


「歳はいくつだ?何人家族?仕事は?」


「#20歳__はたち__#よ。4人家族。お父さんとお母さんは仕事で隣街に行ってて夏まで戻らない。7つ下に弟がいるんだけど、地方の学校に下宿で通っているから今はいないの。仕事は本屋のレジ係って…そんなの聞いてどうすんのよっ!」


「つまり一人暮らしか」


「夏まではね。夏になれば両親も隣町から帰ってくるし、弟だって夏休みは帰省するのよ」


「分かった」


「分かったならさっさと帰って…って、何勝手に人の家に上がってるのよっ」


王太子殿下は勝手に部屋の中に入り込み、小さなテーブルの横にある椅子に腰掛ける。



「忘れたか?私は王太子。その気になれば君を不敬罪で牢屋に入れる事も出来る」


「!!」


「まぁ、それは冗談だがな」


笑顔で冗談と言われても冗談に聞こえなかったけど…。

私は軽く身震いした。


しょうがないので、家にあった紅茶を淹れて差し出す。


「君の淹れるお茶は絶品だね。そうだ、こうしよう。君を、私専属のお茶係に任命する」


「はぁ?」


「本屋のレジ係より給金はいいはずだ。そうだね、1月50万ゴールドでどう?」


ご…ごじゅうまんゴールド!?

本屋の3ヶ月分の給料より多いじゃん。


ゴクッと喉がなる。


「命の恩人の君にならもっとあげたいくらいだけどね」


たしかにいい話だ。

でも……。


「お断りします。お金に釣られた愚かな女に成り下がる気はないわ。命の恩人ってのもまだよくわからないし、絶対お断り!」


「………」


王太子殿下は驚いた様に、薄紫色の瞳を大きく開いて私を見ている。


「これは驚いた。まさか私の命の恩人は心まで綺麗だったのか。この国の未来は明るいな」


そう言った王太子殿下が、とても優しい笑顔で私を見るから、不覚にも胸が高鳴った。


「私の命の恩人は、私が出鱈目を言ってると思っている様だね」


「………」


さっきまでとは少し違う、真剣な眼差しで王太子殿下が話し出した。


「君、番を知ってるかい?」


「そんなの、この国の人なら誰でも知ってるわよっ」


「じゃあ、獅子族が番を見つけるとどうなるか知ってる?」


そう言って、王太子殿下は首に掛けていた丸くて厚みのあるペンダントを持ち上げた。

それはパカッと蓋が開く、いわゆるロケットペンダント。

中には5人家族の肖像画があって、国王陛下と皇后陛下の後ろに3人の王子。

きっと一番大きいのが王太子殿下ね。で、第二王子と、第三王子。

でも……あれ?


「ちなみにそれは去年描いてもらった肖像画だ」


「あれ?王子太子殿下と第二王子だけ瞳の色が茶色っぽい気が…」


「そう。個人差はあるけど、獅子族は生まれた時は茶色い瞳をしている。でも…番に会うと瞳の色が薄紫色に変わるんだ」


「そ、そうなのね…」


「僕の瞳はね。君に出会う3日前まで茶色かったんだよ。あの日、嫌なことがあって朝早く城を抜け出して城下町を散歩してたんだ。朝早いから誰も起きてないと思ってたけど、君が庭に出て花に水を上げていた。その君を見て僕の瞳は変わってしまった」


あの時の事ね。


「番…って事は何となくわかったわ。でも…命の恩人って何?あなた自分で3日前初めて私を見たって言ったわよね。どうやって私が助けたって言うのよ」


「嫌な事があったって言っただろう。一年前、ルーシェリオが結婚したっていうのに、王太子であるお前は21にもなってまだ番に会えないのか…って朝早くから父上に言われたんだ。世継ぎの話もうんざりだった。もう、この世からいなくなってしまってもいいかと思ってフラフラ歩いてた私の前に、君が現れたんだ」


水を得た魚のように、生き生き話す王太子殿下だったので、なかなか話を止められない。

その後も彼は話続ける。


「王太子の私が結婚して世継ぎを設ければこの国は安泰だ。私のその時の喜びは計り知れない!この国は私の命そのもの。私の命とこの国の未来は、君にとよって救われたんだ」


話のスケールが大き過ぎて、どこか遠くの世界の出来事のように感じてしまった。


「これで分かったでしょうか?」


「………はい。番って……重いんですね」


「はい。とっても」


そう言って王太子は満面の笑みを浮かべた。


お花達には申し訳ないけど、あの日水やりをしていた自分に伝えたい。



『花に水をあげるのは朝早すぎない方がいい』


その日はいろんな事が目まぐるしくって、その後の記憶がほとんど無かった。



❅❅❅❅❅❅❅

 

翌日ーー


昨日の事全部夢だったのかな?何て思って出勤前に花に水やりをしに行くと、フードを被ったロングコートの王太子殿下がやって来た。


「こういう派手な登場、辞めてもらえます?」


ーーーいくら体を隠しても馬車で王族ってばれるって!


「乙女の夢…じゃないのか?」

「何がです?」

「王子様が馬車で迎えに来る事」

「それはあくまで夢です。実際やられると困ると身を持って今、体験しました」


家の前に、王家の紋章が入っためちゃくちゃ豪華な馬車がドーンと止まっている。とりあえず目立つから馬車は帰らせるように言うと、直ぐに王太子殿下が御者に伝えてくれて馬車はお城の方に戻って行った。


「君に会えないと辛い」


何をこの男は言っているのか?


「昨日も来ましたよね!?」

「あれからもう何時間も経ってる」

「………」


この重い男…レンブラント王太子殿下に目をつけられてから5日目の朝。私は何とかこの男から逃れて仕事に行かねばと頭をフル回転していた。




コトン…。


当たり前の様に家に入りテーブルの横の椅子に腰掛ける王太子殿下に、とりあえず紅茶を出す。

これに睡眠薬を淹れて飲ませたら仕事行けるかな?何て、これこそ不敬罪…いやいや下手したら暗殺を企てたとか言われて家族共々……。ゔうぅ、考えただけで恐ろしい。


殿下がフードを後ろにやれば、金色の髪の毛と獅子の耳が現れる。そして綺麗な薄紫色の瞳。


「美味しい。やはり、私専属のお茶係にならないか?」

「あのっ!私これから仕事なんです。だからっ」

「だから?」

「さっさと帰ってください」


い、言ってしまった。

どストレートに言ってしまった。


「私もそこで働こうか?」

「!?」


一国の王太子が何を言ってるのよ。


「レジ位なら私も打てるだろう」


本屋でレジ打つ王太子なんて聞いたことがないわよっ!


「変なこと言ってないで帰ってください。私クビになってしまいます」

「クビになればいい」

「なっ…」


そう言って、が私の手に触れる。

そして優しく私の手を包んで自分の口元まで運んだかと思うと、軽く口づけした。

こういう事に慣れてない私は顔が真っ赤になってしまう。


「仕事であれ、この手が私以外の男を触るのかと思うと虫唾が走る。いっそ本屋を潰してしまおうか、ってね。どう思う?」

「だ、だめに決まってるじゃないですか!」

「なら、転職だ」

「それも嫌です。それにいきなり私が行かなかったら本屋の主人が困ってしまいます」

「主人?男か?」

「…………」

「……男か」


私が答えに詰まってしまうと同時に、王太子殿下の表情に暗い影が落ち、帯刀している剣に手を触れカチャリと音がした。


「潰す」

「ちょ~っと、待った!男、男なんですけど、おじいちゃんですっ。とっても人のいいおじいちゃんなんですっ!」

「………それを早く言え」


ふうっと息を吐く王太子殿下の前で、私は一人ゼェゼェしてしまった。

本当にこの人を誰かなんとかして欲しい…。


「とは言え、さっきも言ったが、不特定多数の男に触れる確率がある様な所に未来の国母を行かせる事は出来ない」

「国母!?」

「転職だ、アリーナ」

「えぇっ!?」

「お前、忘れたか?」

「わ、忘れてませんよ。言う事聞かないと不敬罪で捕まえるって言うんでしょ!」

「優しい私はそんな事はしない」

「?」


王太子殿下は人の良さそうな顔で笑っている。


「君が側にいないと辛いんだ。だからこれはお願いだ。城に来い、アリーナ」


お願いしてる態度じゃない気がするけど…。


「断ったら?」

「君は断れない」

「何で?」


私が尋ねると、胸元から一束の資料を取り出す。


「君の弟。地方の学校に行ってるよね?成績は優秀。君に似て容姿もいい」


スッと、王太子殿下が資料を私の前に差し出す。


「13歳の少年の夢は騎士。いい心掛けだ。だが…、理由はどうあれ学校を中退する様な者に、騎士道があるとは思えないよな」


……忘れてた。

彼は王族で、人の人生を勝手に変えてしまえる程の権力を持っている。つまり…お願いを聞かないと弟の未来はないって言ってるようなものじゃないの!


「……めます」

「え?」

「辞・め・ま・す!」

「君がそう言うなら、転職決定だね」


王太子殿下は満足そうにそう言ってニッコリ微笑んだ。


こうして私は本屋のレジの仕事を辞める事になったのだ。


❅❅❅❅❅❅❅


翌日ーー


「はじめまして。本日より、王太子殿下のお茶係に任命されましたアリーナと言います。よろしくお願いします」


アニマフィー王国の王太子殿下に出会って6日目。

今私は、お城の使用人のお仕着せを着て、たくさんの使用人の前で挨拶をしている。王太子殿下のお願いにより、昨日付で本屋のレジの仕事を辞め、住み込みで王太子殿下のお茶係に転職したのだ。



ふと視線を感じ顔を上げると、みんなが私を驚いた顔で見つめていた。それもそのはず、お城の使用人に栗鼠族なんていない。いるのは肉食系の虎族や狼族に熊族とかばっかりだもの。


決して月50万ゴールドの破格な給金に惹かれた訳じゃない。そりゃ、魅力的な話とは思ったけど。弟の明るい未来のためだ。


それと…、私が側にいないと辛いとか、誰かに頼られるっていうのもの悪くない気がしたから……。


なぜがドキドキする心を落ち着かせるため庭に出る。

お茶係ってだけあって、早速暇になった私は、城の中庭をうろうろしてるうちに道に迷ってしまった。

少し遠くに、見覚えのある金の髪が見えた。

王太子殿下かなと思い近づく。


「?」


私の足音に気づいて振り向くその人は茶色い瞳の獅子。

王太子殿下じゃない。


「やあ、君は兄貴の?」

「は、はい。王太子殿下のお茶係に任命されましたアリーナと申します」

「やだなぁ。そんなに固くならないでよ。もうすぐ僕ら家族になるんだし」


ーーーなりません!


「ねぇ、こんな所まで来て大丈夫?あんまりお城から離れるの良くないと思うよ。…きっと逃げたって思われるぜ」

「え?」


次の瞬間私は大きな何かに包まれて手で目隠しをされる。


「………ほら。捕まえに来た」

「イアン。黙れ」


この声知ってる。怒った様に聞こえるこの声は王太子殿下だ。急いで来たのか少し息切れしてる。

私は目を覆っていた大きな手を外し後ろを向く。


「王太子殿下。どうしたんですか?」

「どうもこうもない。何でこんな所にいる?」

「暇だったので、お城の探索です」

「それなら私が案内する」

「わぉ、お熱いこった。それじゃ俺は失礼するぜ」

「ああ。さっさと行け」


王太子殿下に後ろから抱きしめられた私に、またね、と軽く挨拶をすると獅子の男の人は去っていった。


「今のは?」

「弟のライアンだ。親しい者達はあいつをイアンと呼んでいる」


王太子殿下がそう言った事で、さっきの彼が第二王子だと知った。


「仲が悪いんですか?」

「いいや」

「じゃあ、何であんな威嚇するみたいな話し方をするの?」

「瞳が茶色いからだ」

「?」

「イアンがお前を見て瞳の色を変えたら困る」

「何の心配をしてるの?そんなの有り得ないじゃない。私はあなたの番でしょ?」

「き、君は私を殺す気か?そんな可愛らしい事を言って!」


真っ赤になって慌てる王太子殿下。そんな王太子殿下の言葉を聞いて私まで顔が赤くなってしまった。


「と、とにかく、私以外の男に近づくな」

「はぁ~い」

「まあいい。暇なら散歩に付き合え。その後お茶にしよう」

「はい。了解しました」


えへへ、と笑って答えれば、さっきまでの威嚇する様な殺気はもうなく、優しい笑顔の王太子殿下に戻っていた。


「お前に一つ命令だ」

「はい、何でしょう?」

「レンと呼べ」

「え?」

「王太子殿下は、聞き飽きた」

「でも…ちょっと砕け過ぎじゃありませんか?」

「命令だ」

「……レ……、レン様」

「よろしい。アリーナ、私をこんなにも歓ばせる君に褒美をやろう。何が欲しい?何でも聞いてやろう」

「何でも?」

「ああ。何でも」

「じゃあ……、本屋のレジの仕事に戻っ……!」

私が言い終わる前に王太子殿下が帯刀している剣をヒュン…と抜き、剣先を私の喉元にむけた。


「一緒に死ぬか?」


こ、怖っ。冗談が通じないタイプなのね…。

あまりの怖さにブルブルと震えてしまった。


「冗談でもここから出ていくと言うな。私から逃げるな」


恐ろしくて声が出ない私は首をカクンカクンと縦に降った。


「言っただろう?君が側にいないと辛いんだ」


この時から私はどこかに行く時は、必ず伝えてから行こうと心に誓ったのである。


「そうだ。もう一回言ってくれ」

「?」

「レンって呼んでくれ」

「………レ……レン様」


王太子殿下をレン様と呼べば、とても嬉しそうだった。

私は本当に、とんでもない男の番になってしまったんだなぁ…と痛感した。


カランカランッ…。

ベッドの隅にある小さなベルが鳴った。

ベッドサイドの時計を見ればまだ5時だし、窓際まで行ってカーテンをめくり外を見れば真っ暗。


ーーー呼ぶの早すぎじゃない?


非情にもカランカランっとベルは鳴り続ける。

この忌々しいベルは、レン様がお茶を所望した時に鳴るベル。

基本10時と15時にお茶タイムがあるって聞いてたんだけど、こんなに早い時間に鳴らすって非常識よっ!

私は一人ブツブツ言いながら、厨房に行き紅茶のセットを持つとレン様の部屋に向かった。


ドンッ…。


あまりに苛ついてノックするはずがドアを殴ってしまった。やばい…と焦ったが、部屋の中から、どうぞ、と声がする。


恐る恐るドアを開ければ、白いブラウスに黒のトラウザーズと言うラフな恰好なのに、なぜかかっこよく見えるレン様が窓際のソファーに腰掛けていた。


今更ながら、かっこいいのよね…レン様。

観賞用には最高級品だと思うわ。


「おはよう」

「おはようございます。紅茶をお持ちしました」

「お茶はいい」

「!」


ーーーじゃあ、呼ぶなっての!


「では、他に何か?」

「5時まで待ったんだ。褒めてくれ」

「……はい?」

「君に会いたい気持ちを夜中ずっと堪えていた私を褒めてくれと言っている」


もの凄い事をやってのけたかのようにしているレン様が可愛く見えて、側まで行ってよしよしと頭を撫でてあげれば満足そうだった。


「明日はもう少し早く呼んでもいいだろうか?」

「絶対やめてください。私はあくまでお茶係ですからっ。用がないなら呼ばないでくださいね」

「……なら、早々だが結婚しよう」

「……は?」

「夫婦なら一日中一緒にいられるだろう」


この人、どこまでぶっ飛んでるんだろう?

私の今日はこうやって幕を開けた。




「ちょっと貴方」

「?もしかして…私ですか?」

「そうよ、栗鼠のあなたよ。ちょっといいかしら?」


いきなり私に声をかけてきたのは40歳位の黒い髪の毛に金の瞳。そしてこの長い黒い尻尾…これは黒豹族の女性だ。そしてかなりの美人。

彼女に付いて歩いていけば、随分奥まった所に連れてこられた。


ーーーもしかして新人いじめ!?それともレン様に近づく不届き者って言いに来たとか?


私は何の目的で呼ばれたのか分からず考え込んだ。

黒豹族の女性が気づくと目の前にいて私を拝んでいる。


「ありがとうっ」

「!?」


いきなり拝まれた。何で?


「あなたのおかげで王太子がみるみるやる気を出してくれて助かってるのよ!以前は毎日残業ばかりで一緒に働く文官たちも帰る時間が遅くって可愛そうだったわ。でも、あなたが来てから自分が定時で帰りたいからって王太子頑張っちゃってるの~。もう拝まずにいられないわ!!ねぇ、結婚式はいつのご予定なの?」

「け、結婚だなんて無理ですって」


黒豹族の女性が鼻息荒く言い寄ってくる。

なぜか婚約もすっ飛ばして結婚の話をしてくる彼女。


「何故?王太子の番でしょう?」

「!」

「獅子の番は敬え。それがこの国の法度よ?」


ーーーそんな話初めて聞いたっ!


「昨日あなたがみんなの前で挨拶した時も事前に、未来の国母に失礼の無い様にって王太子が脅してたわよ?だからみんな怯えた顔してあなたの挨拶聞いてたじゃない?」


え?あの時のみんなの視線って、驚いてたんじゃなくってレン様に脅されて怖がってたって事?


「とにかく。王太子があなたに会う時間を作るために執務を必死にこなしてくれてる事に感謝してるって伝えたかったの」


黒豹族の女性はそう言うと私をキュッと抱きしめた。と、同時に背後から聞こえてきたのはあの人の声で……。


「何をしているんですか?」


ーーーやばい!行き先も告げずにこんな所まで来てしまった!


昨日の王子のキレた姿を思い出す。この黒豹族の女性は何も悪い事をしてない。私が庇って挙げないと。


「もう一度聞きます。アリーナ………母上と、何をしてるんですか?」

「……」


ーーー母上?


聞き覚えのある声に振り向けば、やっぱりレン様がいた。

え?今、母上って言ったよね?って事は……。


「皇后…陛下?」

「当ったり!私の名前はミスティアよ。お城へようこそ、アリーナ」


まさかの皇后陛下の登場に唖然とする。


「母上。あなただから許しましたが、アリーナを勝手に連れて行かないで下さい」

「いいでしょ?番のいる場所は匂いでどこにいても分かるんだから」


ーーーそうなの!?


答えの代わりにレン様が優しく微笑む。


ーーーそうなのね…。


不意に皇后陛下が私の耳に囁いて来た。


「私、あなたの気持ちよく理解出来るのよ。だって境遇が同じだもの」

「え?」

「番の愛は、本当に重いわよ。覚悟してね」


美しい皇后陛下の微笑に思わず顔が赤くなってしまい頬を両手で抑える私を、そっとレン様が包み込むように抱きしめた。

何だかこの包まれてる感じ、嫌じゃない…。


「母上。あまり変な事を吹き込まないで下さい」

「変だなんて、私はあなた達がいつ結婚するのかなぁ~…って聞いていたのよ?」

「……そうでしたか。ご心配ありがとうございます」

「アリーナに挨拶も出来たし、私は先に戻るわね」


そう言って皇后陛下はお城の方に戻って行った。


「で、いつにする、アリーナ」

「は?」


急に現実に戻される。

結婚?無理に決まってるわよ。両親にも何にも伝えてないしっ。


「け、結婚は……まだ早いかと……」

「?」

「私達まだ出会ったばかりだし……」

「ああ、悪かった。確かに急だったな」


以外にも物分りのいいレン様。

一応常識は持ち合わせているのね、と安堵したのも一瞬だった。


「まずは、婚約者にならねばな」

「はぃ?」

「では、早速発表しに行こう」

「ちょっと、ま、ま、待ってくださいよ~!レン様っ!!」


足の歩幅があまりにも違いすぎてレン様に追いつけない。

距離がどんどん遠くなってく……。

追いつけないと思ったその時レン様が足を止めて振り向いた。


「おいで、私の愛しい人」


大きく手を広げ私を呼ぶ、薄紫色の瞳の美しい獅子。


もう、どうせ逃げられないなら、この人の愛に落ちてみるのも悪くないのかも。そう思いながレン様のところまで歩いてゆく。


「もう、しょうがないから捕まってあげます」


そう私が言えば、レン様は一瞬とっても驚いた顔をした後、微笑んでこう言った。


「ありがとう。どうせならこのまま結こ…」

「だめです。まずは婚約から」

「……分かったよ」




こうして私は出会って数日の間にレン様の婚約者と。なり、その後も穏やかとは言い難いドタバタの日々ではあるが楽しく暮らしていくことになる。


END





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