『寿命売買』
「キル!」
地獄の四丁目のバーのカウンターで、悪魔のヘッテルギウス氏は、ため息混じりに注文を出す。
「はい、どうぞ」
バーテンダーのニスシチは、赤味がかった黄色いカクテルを出す。
「元気がありませんね、お客さん」
「んー、まあ、ちょっとヘマやってなぁ」
ヘッテルギウス氏は、カクテルを一口飲む。
「確か、年末強化月間でしたね」
「死ぬ人数なんて大して変わりゃしないんだから、魂はそう集まるもんじゃないんだよ。それを、あのナベルスの野郎」
「ふうむ」
ニスシチは、グラスを拭きながらしばらくの間黙り込む。
「お客さん」
「なんだ?」
「それって、別に丸ごと一個、魂が手に入れば良いって訳でもないんですよね?」
召喚儀式を行っていた人間の男の前に、ヘッテルギウス氏は現れる。
ヘッテルギウス氏は、床に描かれた魔法陣にちらりと視線を向ける。悪魔拘束用だが、所々に間違いがあるせいで、何の拘束力もない。いわゆる素人サタニストだった。
「――お金がお望みですね、葉臼藤吉さん」
「な、なんで分かった!」
儀礼用のフードで顔は見えないが、男の声は震えている。
「悪魔はそういう事に敏感なものです」
「そうか、だったら、その、使い切れない程の金をよこせ! いっぱいだ!」
「まあ慌てずに」
ヘッテルギウス氏は穏やかに笑って見せる。
「悪魔は神と違って、タダで何かをくれたりはしません。然るべき対価が必要です。逆に言えば、対価さえあれば何だって叶えて差し上げられますよ」
「対価……でも、俺は何もやれるものなんて」
「そうですね、寿命はいかがでしょう。
「じゅっ! ふ、ふざけるな! 命を取られたら金も使えないだろ!」
怒鳴る勢いで、男のフードが跳ね上がる。高校生か大学生か、まだ若い男だった。
「全部とは言っていませんよ。そうですね、等価交換といきましょう」
「どういう事だ?」
「あなたの余命と、今後の収入を交換するんですよ。余命が半分になれば、収入が二倍、四分の一になれば、収入は四倍」
あくまで親切で穏やかそうなヘッテルギウス氏の顔と声は、一般人に疑念を抱かせる事はない。
「年収が三〇〇万なら、余命を半分使うだけで六〇〇万、もう半分使うと千二〇〇万です」
「ちょっと待て、寿命が減るなら、結局貰える金額は一緒じゃないか! 騙そうたってそうはいかないぞ」
「貧しい苦役を長く科せられるのと、短いけれど豊かで幸せな生活を噛みしめるのと、一体どちらが良いとお思いですか? しかも、結局最後に行き着くところは同じですよ」
ヘッテルギウス氏は、ほんの少しだけ悪魔の気配を強める。
「そもそも、何のリスクもなく、ただ良い事ばかり、というような都合の良い取引は、むしろ危険だと思いませんか?」
「それは……んーと、ちょっと待て、考える、しっかり、考える」
「どうぞ、お待ちしますよ」
「――えー、こちらが、世界一の長寿の葉臼藤吉さんです」
レポーターは、葉臼藤吉にマイクを向ける。
「おいくつになられるんですか?」
「一五〇〇歳だ、他に話すことはない」
藤吉はぶすっとした顔で応え、ダンボールハウスに戻って行った。
【完】