『テレパシー』
フォトスタンドに入れた写真を見つめ、中学生の四谷京作はため息をつく。
写真は、同じクラスの嶋津陽菜が写っていた。
「ああ、いいなぁ、嶋津さん……オレの事どう思ってるのかなぁ、知りたいなぁ、知りたいなぁ、知りたいなぁ」
「方法がないでもありませんよ」
ぼん、と小さな爆発と煙が上がり、モーニング姿の男が現れた。
「うわっ、な、なんだ! オフクロ! オフクロ! 不法侵入者が!」
「落ち着いて、四谷京作君、私は怪しい人間じゃありません」
「嘘つけ! 怪しさ百万超人パワーだろうが!」
「なんですかその単位は。まあいい」
男は深々とお辞儀をする。
「私、悪魔のヘッテルギウスと申します」
「あ、悪魔ぁ?」
「はい」
顔を上げたヘッテルギウス氏の顔は、魂の根源に刻まれた悪魔に関する記憶を呼び覚ます程度に悪魔らしい悪魔のそれになっていた。
「……なんで悪魔が、オレのところに?」
「あなたの強い欲望に導かれて参りました」
「っと待て! 悪魔に頼み事をしたら、魂とか持って行かれるんだろ! 冗談じゃないぞ、なまんだぶなまんだぶなまんだぶ……」
「いえいえ、ほんのお試し程度ですから、何も取りはしませんよ。お試しセットは無料でしょう?」
「その後、セールスの電話が死ぬほどかかって来るだろうが」
「それは無視すれば良いだけの事。本当に取引にならないと思えば、私も諦めます。何しろこの世界は、神が力を持っておりますので、無茶をして目立ってはこちらが危ない」
ヘッテルギウス氏はぶるりと震える。その顔は、悪魔が信用ならないという部分を差し引いても、真実恐れている風だった。
四谷はまじまじとヘッテルギウス氏を見た後、ごくりと唾を呑み込んだ。
「だ、ったら、この写真の子の心が、分かる?」
「ほほう、心を読む力ですか。お安いご用ですが――」
「が、何だ、やっぱり何かあるのか!」
「いえ、心の読み取り深度はいかが致しましょう? 一部分か全てか」
「全部に決まってる!」
「結構」
ヘッテルギウス氏は、人皮紙の契約書を差し出す。
「では、こちらにサインを。契約を意思を持って指で触れるだけでサインとして成立いたします」
契約書には『我が望む条件にて、契約を結ぶ。お試し期間に付き、対価なし、中途破棄可』という一文が、四谷の見た事のない、しかし読める文字で書いてあった。
「よし、分かった、やってやろうじゃないか!」
四谷は契約書に人差し指を付ける。
と、その箇所に「四谷京作」のサインが浮き上がった。
「では、想い人の姿を思い出しながら、名前を口にして下さい。そうすれば、心を読む事が出来ます」
「本当、だろうな」
「もちろん。隅から隅まで余すところなく読む事が出来ます」
「よ、よおし、じゃあ……嶋津、陽菜」
瞬間。
四谷の顔つきががらりと変わった。
「あれ――私?」
「突然ですが、悪魔です」
「は、はぁ」
「四谷京作さんの魂を一万円で売って下さい」
「え? 一万円くれるの?」
「では魂は?」
「いらないよ、どんどん持って行って!」
「デビル・ティップ!」
ヘッテルギウス氏は、上機嫌で注文を出す。
「ご機嫌ですね」
バーテンダーは、頭蓋骨のシェーカーを振る。
「最近ご活躍とか?」
「最近の私は冴えてるのさ、ふふふん」
差し出されたカクテルから、カクテルピンに刺された眼球を取り、口に入れる。
「百パーセントのテレパシーってのは、要するに頭の中をすっかり他人にしちまうこと」
ヘッテルギウス氏は笑って、グラスを空ける。
「他人のものなら魂だって紙幣一枚と交換する。人間てのは、悪魔顔負けじゃないか、怖い怖い」
【完】