『世界に平和を』
「何でも一つだけ願いを叶えてあげましょう」
ヘッテルギウス氏は、目の前の背広の男に言った。
「悪魔!」
男は引き出しから拳銃を取り出し立て続けに引き金を引くが、弾丸は通過するばかり。
「危害を加える気はありません」
ヘッテルギウス氏はにっこり笑ってウインクする。
「今は、サービス期間中でしてね」
呆然としている男の手から、拳銃を取る。
「まあ、宝くじに当たったとでも思って下さい。さ、願い事をどうぞ。何でも良いですよ」
「ま、待て、そんな」
「はいはい……ああ、待ったからと言って、これを願いに数えたりはしませんよ。ああそうだ、願いを叶えたからって、死後の魂を請求したりしませんから。これはあくまでサービスです。出来ればそこのところを他の人に伝えて頂けると有り難いですが」
「本当……なのか?」
「悪魔は嘘で人を騙す事はしませんよ」
地獄の四丁目のバーに、ヘッテルギウス氏はやって来る。
「いらっしゃい――おや、元気ありませんね」
バーテンダーのニスシチが、グラスにカクテルの材料を入れ始める。
「この前の話、覚えてるかい?」
「ええ。願い事、無料提供サービスしたんですよね?」
「やられたよ」
「ありゃりゃ、願い増やされちゃいましたか?」
「いや、そうじゃない」
もう一度ヘッテルギウス氏は溜息をつく。
「世界平和を願われてね。オレは減俸六百六十六ヶ月さ」
「そいつは、困った人間を当ててしまいましたね」
バーテンダーはヘッテルギウス氏の前にネクローニを置く。
「そんな時は飲むのが一番。これは奢りです」
「やりましたね、大統領!」
「ついに平和が訪れましたね!」
「正義はやはり勝つのですね!」
「ああ、そうとも」
大統領は満面の笑みでカメラに視線を向ける。
「今日ここに、私は宣言する」
その顔は、誇りと自信に満ち溢れていた。
「世界を、人類を脅かしていたテロリズムが、ついに地上から消えた! 正義の勝利だ、これは人類始まって以来、延々と続いていた正義と悪の戦いに終止符を打つものだ!」
会場に拍手が鳴り響く。
「人類は、新しい一歩を踏み出したのだ。戦いの時代は終わった。これからは平和な、神に祝福された楽園の、エデンの住人に戻れるのだ!」
その時、カメラがぐいと下を向いた。
「……とと、緩かったかな」
大統領はやけに大きな声で独り言を呟いて、カメラに駆け寄り、三脚のネジを締め直し、録画ボタンを押した。
「『それで大統領?』なんだね? 『今後の方策は?』まずは受賞パレードだよ、トーキョークレーター辺りが良いかな。HAHAHAHAHA!!」
【完】